第14話

メロディラインの轟音に目玉の奥が持っていかれそうになりつつ、電線を跳ねるように駆けていく。

数十メートル下で地べたを高速スピードで飛ばしているつもりの鉄の獣よりも、ずっと軽くより速く。

かなり苦戦をようして、駆けていく。

恐怖を思い出すと、重力という常識を引き出しから取り出してしまい思うように走れなくなってしまった。

落ちたら、死ぬかも、なんて考え出したら電線に飛び乗れなくもなった。

どうにかして乗って、ママーあのお兄ちゃん電線に乗ってるよ、的な声がして急に恥ずかしくなって顔を隠しながら逃げ出したりもした。

体が風に煽られ揺れ、それが怖くなり途中で電柱にしがみついたりもした。

ラブホテル街は見ていられなくなり、目を瞑って疾走した。

途中親切な人面植物に、障害物や行き先を教えてもらいながら。

とにかく、身と心のある不自由さを思い出した彼は、帰路を急いだ。

姉のことを一心に想いながら。


ようやっと舞い戻った教団施設は、出て行った時よりも不気味だった。

おどろおどろしい膿みを、中にたっぷり詰め込んだ腫れ物みたいに見えた。

木造五階建てという風貌は、いつ崩れてもおかしくない危うさを持ち、逃げ出したい衝動に駆られた。

けれど彼は姉の病室へと急いだ。


つい先刻までは忘れていた。

とてつもなく大切な肉親の元に。

名前も顔も忘れてしまっていた。

怒りと悲しみが泉のように腹の底から、湧いてくるほど大切な肉親の元に。

息を切らしながら、余命わずかな姉が居る病室へと足を速めた。

姉は、自分をどう思っていたのだろうか。

虚ろに慣れ親しんだ、影の固まりのような弟のことを。

聞いてみたい、けれど聞くのが怖い。

まともな会話ができるのかどうかも、分からない。

思わず竦んだ。

 戦いた。


仲の良い三人家族だった。

父は彼が生まれた年事故で死んだ。

親族もなく本当に三人だけの家族だったが、幸せだった。

けれど母がそれを破壊しつくした。

宗教に入信してからは、まともではなかった。

姉はとんときつい顔で毎日を過ごしていた。

近所や周囲の視線が痛かった。

母は何度か、病院と警察の厄介にもなった。

教団に母は壊されたのだ。

それを皮切りに彼は学校に行けなくなった。

行けば好奇の目で見られ、心ない罵声を浴びるはめになるからだ。

自然と友人はいなくなった。

別段彼は気にもしなかった、けれど姉の気の張りつめかたが尋常ではなくなっていて。

千里眼を開眼し始めて。

崩壊が近いことを知って。

なるべく母と姉のそばに居ようと思ったのだ。

それくらいしかできないと。

社会に属せ無くなっても構わない。

自分の人生を棒に振っても良い。

だからどうしても、繋ぎ止めておきたかった。

家族という形を、守りたかった。

けれど。

なにもできなかった。

結局逃げた。

忘れた。

怖かったからだ。

巨大な組織が、教団が、得体の知れない落ちた神が。

なにもできなかった。

情けない。

だから忘れた。

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