第6話

疲れを忘れ乾きを忘れ飢えを忘れ駆け抜け、歓楽街の中心から南へ。

再度大通りを渡ると、今度は天高くそびえる鉄の白い壁に行く手を阻まれる。

彼はそれを普段より少しだけ筋肉を意識し、電線から飛び上がった。

十メートルほど高低差はあったが、身の自由な彼にはあまり関係のない距離だった。

重力を無視しきり、いつもの調子で壁の天辺に足を下ろすと、完全な線引きが施された場所を一望できた。

うち捨てられた昔は栄えていたはずの、隔離された駅前廃墟だ。

電車が線路から脱線し、砂利に寝そべっている駅。

大きなバスのロータリー。

駅前に伸びたショッピングモール。

それらすべてが綺麗に整った廃墟一角。

黄色い世界から一辺、辺りは静寂の白が広がっていた。

この辺りの雲は黄より白、が主体となって空を覆っている。

よくできているし、よく似合っている。

巨大なビルが背中を向けた、背の側の光景。

栄えしものの、最果てのような真白な世界が広がっている。

そしてこの閉ざされた廃墟には棲む者がいる。

町側にある駅のホームの屋根に飛び移り、住人がいつもの態で佇んでいるのをみつけてしまった。

バス亭に佇むそれは、細身で顔も体も控えめで小柄な、夏のセーラー服を纏った少女だった。

腰まで長い黒髪は怪しい緑を放ち光り風で揺れ、白い世界をおすまし顔で見つめている。

街で快楽に耽る女とは違い、たおやかさが漂っている。

けれどそれは、おぞましいほど危険な一面を隠す衣だ。

白くて細い、触れれば折れてしまいそうな手には黒光る無骨な鎖が握られていた。

鎖の先はギロチンの刃だ。

ごろりと転がり、刃こぼれ一つないまま操られる彼女の獲物。

それをを平気で振り回し彼女は、彼女と似た出で立ちの少女と争い続ける。

鋼鉄の壁で四方を囲まれた、廃墟で少女たちは戦闘を繰り返す。

つまるとこ戦闘少女だ。

風の噂では、軍事開発の副産物。

扱いきれずに廃墟に棄てられた、らしい。

もしくは実験場として四方を囲って、寵愛しているのかもしれないとのことだが。

気を遣って周囲を見渡せば、廃墟は不自然に崩壊していた。

アスファルトはめくれ、外灯は折れ曲がり地面とキスをしている。

噂の半分は本当なのかもしれない。

どちらにしても、彼にはどうでも良いことだった。

本当なら好き好んで彼女たちになど会いたくはなかった。

けれど、姉の指示に背く気はないく。

彼は仕方がなくこの二週間、廃墟に通い詰めていた。


「あらこんにちはなの」


染み一つ無い、美しい白い肌で覆われた顔を向けられる。

桜色の口元を少しだけ微笑ませ友好を気取る。

黒目がちな眼孔には、漆黒が渦巻いているようだった。

小鳥のさえずりのようだったが、根の底に得体の知れない暴力感が蹲っているようで。

いつだって信用できない、そんな気配を全身から放っていた。

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