凡庸な言葉を君に

藤和

第1話 居留地での出会い

 日暮れ時の横浜。居留地へと向かう道を三人の男が歩いていた。

 先導しているのは洋服姿の男で、その後に付いているのは着物姿の男がふたりだ。着物姿の男のうち片方は背が低く、もう片方の男は背の低い男の肘に手を掛け、もう片方の手に三味線を持って目を閉じたまま歩いている。

 背の低い男が手を掛けてきている男に声を掛ける。

菖一しょういち、大丈夫か?」

 ちらりと視線を送られても、菖一と呼ばれた男は目を開かない。その代わりに口を開いた。

「私は緑丸みどりまるさんがきちんと歩いていてくれれば大丈夫です。

それより、恵次郎けいじろうさんからはぐれないようにしてください」

「あいよ」

 緑丸と呼ばれた男は、少し前を歩いている洋服姿の男に目をやる。その男が恵次郎だ。

 居留地に入り、周囲を歩く異人から不思議そうな目で見られる。そんな視線を投げかけられながら、恵次郎が緑丸に訊ねた。

「それにしても兄さん、今回の仕事を受けてもよかったのか?」

「よかったかってのは?」

「今回兄さんに浪花節なにわぶしを披露してくれと言った異人達は、物珍しさだけで依頼してきてる。それでもよかったのかということだ」

 どうやら恵次郎は、緑丸が見世物のように扱われるのが嫌なようだった。けれども、緑丸は朗らかに笑って返す。

「きっかけは物珍しさでもいいさ。

聞いてみたいっていうやつは無碍にはできないし」

 そう言う緑丸の言葉に、恵次郎は複雑そうだ。緑丸は菖一の方をちらりと見てさらに言う。

「それに、俺には菖一が付いてる。

東京で何人もの浪花節語りを弾き殺したっていう菖一がいれば上手くやれるさ」

 すると、菖一が軽く緑丸の肘を握って口を開く。

「私の三味線ばかりに頼らないでくださいまし。緑丸さんもちゃんとうまく唸るんですよ」

「わかってるって」

 そんな話をしながら歩いていると、突然恵次郎が立ち止まった。

「ここだ」

 恵次郎が指さしているのは、いかにも異人が住んでいるといったようすの大きな洋館だ。その洋館の扉を叩き少し待つ。すると、きっちりとした洋服を着た異人が出てきて話し掛けてきた。

 異人は、外国語で話し掛けてきているので緑丸にも菖一にもなにを言っているのかわからない。やりとりをしているのは普段から通訳の仕事をしている恵次郎だ。

 恵次郎が異人と少しやりとりをした後、緑丸と菖一に言う。

「中のホールで客が待ってるそうだ。行こう」

「ホールってなんだ?」

「広間のことだ」

 洋館の中を案内される間、緑丸は物珍しそうにきょろきょろと周りを見回している。すると、菖一が緑丸の肘を抓った。

「緑丸さん。珍しいのはわかりますが恵次郎さんとはぐれないようにして下さい。

私もここに来るのははじめてなので、恵次郎さんと緑丸さん頼みなんですからね」

「おう、すまねぇ」

 しばらく洋館の中を歩き、異人に通された広間には十数人ほどの異人が椅子に座って待っていた。緑丸達が広間に入ると、異人達は一斉に緑丸達に視線を向けた。

 恵次郎が案内をしてきた異人とやりとりをして、大勢の異人の前に緑丸と菖一を立たせる。それから、異人達に向かって緑丸と菖一のことを差しながらなにかを言った。なにを言っているのかはやはり緑丸にはわからない。けれども、言葉の中に緑丸と菖一の名前が入っていたので、異人達に自分たちを紹介しているのだろう。

 恵次郎が短く話をした後、緑丸と菖一に言う。

「それじゃあ、早速浪花節をやってくれ」

「おうよ」

 そのやりとりを聞いた菖一はこくりと頷いて緑丸の肘から手を離す。それから緑丸から斜め後ろに三歩離れた位置に立つ。それを確認した緑丸は、その場にあぐらをかいて座り込む。菖一も三味線を構えて正座で座った。

 そのようすを見てか、異人達が驚きの声を上げる。これがそんなに驚くことなのだろうかと思いながら、緑丸は浪花節の口上を口にする。それから、菖一がぴんと張った三味線の音を鳴らしはじめた。

 三味線の音に合わせ、緑丸は浪花節を唸る。今やっているのは悲恋物のうちのひとつ。緑丸が得意とするものだ。

 浪花節を聴いている異人達は、嫌そうな声を上げたり溜息をついたりしている。それでも、緑丸は気にせずに唸り続けた。

 一節唸り終わり、菖一の三味線が区切りをつける。今日披露するのはここまでとなっていたので、緑丸が立ち上がる。菖一も同時に立ち上がり、ふたりで軽く一礼をした。

 その姿を見て、異人達は渋い顔をしている。その渋い顔をしている異人達を見て、壁際に寄っていた恵次郎も渋い顔をしている。

 やはり、浪花節は異人向けではなかったかと緑丸は思う。

 わかっていたのだ。異人が好む歌と浪花節はあまりにも違いすぎる。今日呼ばれたのは、ほんとうに興味本位でのことだったのだということが。けれども、心のどこかで異人にも浪花節が通じるのではないかと、そんな思いを抱いていたのだ。

 けれども、それはただの幻想だった。緑丸がそう思ったその時。異人のひとりが立ち上がって手を叩きはじめた。

 驚いて思わずそちらの方を見る。立ち上がって手を叩いている異人は、大声でなにかを言っている。それを見て他の異人は訝しそうな顔をしているし、恵次郎は呆気にとられている。

 一体なにを言っているのか気になった緑丸は、恵次郎に声を掛ける。

「恵次郎。あいつはなんて言ってるんだ?」

 その問いに、恵次郎は戸惑いながら緑丸に言う。

「色々言ってはいるが、要約すると、すばらしい。だそうだ」

「まじでか」

 まさか、ほんとうに浪花節がわかる異人がいただなんて。緑丸が思わず驚いていると、菖一がつんとした態度でこう言う。

「緑丸さんの浪花節がわからないやつの方がおかしいんです。あの異人は当然の反応ですよ」

「お前も言うな」

 そうこうしている間にも、立ち上がった異人が緑丸の方に歩み寄ってきて話し掛けてくる。他の異人が不審そうな顔をしているのも意に介していないようだった。

 外国語で色々話し掛けられても、緑丸には何もわからない。わかるのは、この異人が喜んで興奮しているということだけだ。

 恵次郎が慌てたようすで、外国語で異人に話し掛け落ち着かせている。それから、また外国語で異人に話し掛けてやりとりをする。

 いったいどんな話をしているのだろう。緑丸が不思議そうに見ていると、恵次郎が真面目な顔をして緑丸にこう言った。

「この異人が、兄さんを自宅に招いてもっと浪花節を聴きたいと言っている」

「えっ? もっと聴きたいって」

 まさかそこまで気に入るとは思っていなかった。思わず戸惑う緑丸に、菖一が近づいてきて訊ねる。

「どうなさるんです? 私は構いませんが」

 菖一が構わないと言っているのを聞いて、緑丸は異人の方を向いて言う。

「わかった。寄席のない日なら行ける。

ただ、お代は払ってもらう」

 その言葉を恵次郎が外国語に訳して異人に伝えると、異人は緑丸の手を取って上下に振る。うれしそうに笑って、また緑丸に話し掛けてくる。その言葉を恵次郎が訳す。

「その日がわかったら教えて欲しいそうだ」

 期待に満ちた目で見てくる異人に、緑丸はにっこりと笑って頷く。すると異人は、またぎゅうと緑丸の手を握った。

 こんなに浪花節で喜んでくれる人は、日本人でも滅多にいない。それを思い返して、緑丸はそこはかとなくこそばゆい心地になった。

 ふと、菖一が恵次郎に声を掛ける。

「それでは、仕事は終わりましたしお代をいただいてお暇しましょう。ほぼほぼ不評だったようですが、もらうものはもらいませんと」

「ああ、そうだな」

 恵次郎が緑丸の手を握っていた異人に声を掛け、手を離してもらう。それから、この洋館に呼んだ異人に声を掛け広間を後にした。


 洋館からの帰り道、陽はすっかり落ちて周囲は暗くなっていた。ガス灯が所々にあるとはいえ、様子が変わってしまっていて帰り道がわからない。

「兄さん、道を覚えてるか?」

「お前がわかんなきゃわかんねぇよ」

 恵次郎と緑丸でそう言っていると、菖一がすたすたと歩きはじめてこう言った。

「道は私が覚えています。

暗くなっただけで道がわからなくなるなんて、目開きは不便ですね」

 菖一の言葉に、緑丸と恵次郎は苦笑いするしかなかった。


 あの洋館で浪花節を披露した数日後、あの時浪花節を自宅で聴かせて欲しいと言ってきた異人の家へと緑丸達は訪れた。

 あの異人の家の住所は、メモ書きで渡されていたけれども、当然それを緑丸が読めるわけはないし、行ったとして言葉が通じるわけでもない。なので、今回も恵次郎が同伴した。もちろん、浪花節には欠かせない曲師である菖一も一緒だ。

 先日の洋館よりも幾分こぢんまりした洋館の扉を恵次郎が叩く。すると、すぐさまにあの時の異人が扉を開けた。

 異人が恵次郎に話し掛ける。すると、恵次郎がはにかんだ。そのようすを見た緑丸が恵次郎に訊ねる。

「恵次郎、こいつはなんて言ってるんだ?」

「今日が楽しみで夜も眠れなかったって」

「お、おう。そうか」

 それを聞いて、緑丸もはにかむ。緑丸の肘を掴んでいる菖一も、珍しくくすくすと笑っていた。

 異人に洋館の中を案内され、通されたのは食台とおぼしき台に椅子が据えられている広い部屋だ。異人の言葉を、恵次郎が訳す。

「この部屋は食堂だそうだ。この部屋がこの家で一番広いらしい」

 わざわざ一番広い部屋を選んだのかと緑丸は少し照れくさく思い、少し身を揺する。すると、菖一が澄ました声でこう言った。

「緑丸さんを呼ぶんですから、それくらいは当然でしょう」

 その言葉に、緑丸は窘めるように菖一に言う。

「あのな菖一、俺がいくらこの辺の寄席で一番人気の真打ちだからって、そんなの異人にはわかんないんだ。

それなのにこんなふうにもてなしてくれたんだから、少しはありがたがれ」

「それについては少々反省いたします。

ただ、緑丸さんは自分の価値をもっと自覚してください」

 緑丸と菖一のやりとりを不思議そうに見ている異人に、恵次郎が外国語で話し掛ける。すると、異人はにっこりと笑った。

 そんな異人に、緑丸が問いかける。

「それで、今日はどんだけ浪花節を聴きたいんだ?」

 緑丸の言葉を恵次郎が訳す前に、異人が手を大きく振って言葉を返してくる。それを聞いた恵次郎が驚いた顔をして、緑丸に言葉を伝える。

「お代ははずむから、たくさん聴かせて欲しいそうだ」

 恵次郎の言葉に、緑丸はにっこりと笑う。

「そっか、それじゃあこっちもやれるだけやるか」

 上機嫌な緑丸の肘を抓り、菖一が釘を刺すように言う。

「三節ほどにしましょう。

浪花節は一節が長いですし、際限なくやっていると喉に負担がかかります。明日以降の寄席よせに影響を出すわけにはいきません」

「うーん、それもそうなんだけど……」

「緑丸さんは寄席が本分です。忘れないでください」

「おう、わかったよ」

 ふたりでやりとりをしている間、異人はまだかまだかといった顔で見てきている。そんな期待に満ちた顔で見られたら、緑丸としても早く披露したくなるというものだ。

「よし、じゃあ三節ほどやるってことで」

「わかりました」

 緑丸は食堂の広く開いている場所に菖一を連れて移動し、座り込む。その間に、恵次郎が異人に話し掛けて説明をしているようだった。

 恵次郎が異人への言葉を切って、ふたりがこちらを向いたところで緑丸は口上をはじめる。それから、菖一のぴんと張った三味線の音を合図に唸りはじめた。

 緩急をつけ、時には語りをいれ、時には声色を変え悲恋物を唸る。そのさまを、異人はじっと真剣な表情で見ていた。時折、手を握ったり頷いたり、かなり聴き入っているようだった。

 そうして、三節ほど唸ったところで、菖一の三味線が終わりを告げる。

「さて、今日のところはここまでだ。

満足してくれたかい?」

 そう言いながら緑丸が立ち上がり、菖一も合わせて立ち上がる。すると、異人も立ち上がって拍手をした。また、あの時のように声を上げている。

 緑丸が菖一と一緒に異人の元に行くと、恵次郎が満足そうにこう伝えてくる。

「今回もすばらしかったと言っている。

できればもっと聴きたいくらいらしい」

 その言葉に、緑丸はうれしそうに菖一の袖を引っ張る。すると、菖一はにべもなくこう答えた。

「今日はここまでです」

 喜んでいる異人に、もっと浪花節を聴かせたいと緑丸は思ったようだけれども、曲師である菖一がここまでと言うのなら、ここまでなのだ。残念だけれども。

 恵次郎が外国語で異人に話し掛けると、異人は少ししょんぼりした顔をしてから、恵次郎に言葉を返している。それを聞いた恵次郎は軽く頭を下げて緑丸達に異人の言葉を訳して聞かせる。

「これで終わりなのは残念だそうだ。

それで、よかったらおやつでも食べて休んでいったらどうかと言っている」

 それを聞いて、緑丸はぱっと表情を明るくする。

「食べていく! どんなおやつなんだ?」

 その言葉を恵次郎が異人に伝えると、異人は緑丸に言葉をかけてから食堂を出て行った。

「プリンというものを用意しているらしい。

これからお茶と一緒に用意してくるから、椅子に座って待っていてくれと言っていた」

 その言葉に、菖一は少し難しい顔をする。

「椅子に座る、ですか。慣れないですが、好意はありがたく受け取っておきましょう」

 菖一は恵次郎の方を向いたまま、手を宙でさまよわせる。そして、椅子の背もたれに手があたったところで、椅子の形を確認するように手で触って、椅子を引いて腰掛けた。緑丸もその隣の椅子に腰掛ける。

 そのまましばらく待っていると、異人がお盆の上に洋風の急須と茶碗、それに白い湯飲みのようなものと匙を乗せて戻ってきた。

 異人が緑丸達に話し掛けながら、湯飲みのようなものと茶碗を目の前に置いていく。茶碗の中には急須から赤く、甘い香りのお茶が注がれた。それを見て緑丸が不思議そうな顔をする。

「なんだ、ほうじ茶にしちゃ色が濃いな」

 菖一も不思議そうな声を出す。

「ほうじ茶なのですか? それにしてはぶどうのような香りがしますが。

それに、甘い卵のような匂いもします」

 緑丸達の疑問を、恵次郎が異人に伝える。異人がすぐさまに言葉を返して、それを恵次郎が緑丸達に伝える。

「このお茶は英吉利イギリスでよく飲まれているものだそうだ。あと、この湯飲みのようなものに入っているのがプリンだそうだ」

「へぇ、これがプリンってやつか」

 緑丸がしげしげとそれを見て。それから、異人の方を見てにっと笑う。

「ところで、浪花節は気に入ったか?」

 それを恵次郎が異人に伝えると、異人はなにやら恵次郎に訊ねているようだった。ふたりでしばらくやりとりをした後、異人がはっきりと、緑丸にもわかる言葉でこう言った。

「カッコイイ!」

 まさか、日本語でわざわざ伝えてくれるなんて。そこまで気に入ってくれたのだと、緑丸はうれしくなる。何度もカッコイイと言う異人の言葉に、緑丸は照れてしまう。しばらくそうしていたら、異人がお茶とプリンを指してなにかを語りかけてきた。

「そろそろ、おやつをいただこうだそうだ」

 恵次郎がそう伝えてきたので、緑丸は早速匙を手に取る。それから、菖一にこう言った。

「匙はプリンの右にある」

「ありがとうございます」

 菖一も手探りで匙の位置を確認する。それからお茶の入った茶碗に手を伸ばす。

「随分熱いですね」

 なんとか掴める場所を手探りで探して、把手を見つけた菖一はそこをつまんで茶碗を口に運ぶ。

「こんなに熱いのに渋くなくて甘いなんて。いったいどんなお茶なんでしょう」

 それを聞いて、緑丸も茶碗に手を伸ばす。「あっつ! こんな熱いの?」

 これはまだ飲めないと判断したのか、緑丸はまた匙を手に取って、おそるおそるプリンを口に運ぶ。すると、甘い卵の中にほんのり苦味があって、はじめて味わう味だけれどもおいしかった。

 咄嗟に恵次郎の方を向いてこう問いかける。

「おい、あいつの言葉でうまいってなんて言うんだ」

 恵次郎はすぐさまに返す。

「ヤミーだ」

 それを聞いた緑丸は、何度もヤミーといいながらプリンを食べる。恵次郎も、プリンを食べて頷いている。どうやらおいしいようだ。

一方の菖一は、プリンを食べて複雑な顔をしている。

「なんだか、甘い茶碗蒸しみたいで据わりが悪いですねぇ」

 異国のものに馴染みが薄い菖一が、そういった反応をしてしまうのは仕方ないと恵次郎は思ったのだろう。とりあえず、この言葉は訳さないという判断をしたようだ。

 プリンとお茶を食べて喜ぶ緑丸を見て、異人はにこにことしている。そんななか、緑丸が異人にこう訊ねた。

「そういえば、お前らの国の歌ってどんななんだ?」

 きょとんとした顔の異人に、恵次郎が訳して聞かせる。すると、異人はにっこりと笑って歌いはじめた。

 それは、緑丸が初めて聞く旋律のもので、思わず驚いた。

 異人が短い歌を歌い終わった後、緑丸が食いつくように身を乗り出してこう言った。

「俺に、お前達の歌を教えてくれ!」

 その言葉に、菖一はもちろん恵次郎も驚いた。驚きのまま恵次郎が異人にその言葉を伝えると、異人はうれしそうに言葉を返す。

「それなら、これからも浪花節を聴かせて欲しいと言っている」

 恵次郎の言葉に、緑丸は興奮気味に言う。

「それで教えてくれるなら、いくらでも聞かせるさ」

 緑丸のそのようすを見て、恵次郎が困惑したようすで菖一の方を見る。

「菖一、いいのか?」

 恵次郎の問いに、菖一は澄ました顔で返す。

「浪花節の役に立つなら、異国の歌を学ぶのもいいでしょう。それになにより」

「なにより?」

「緑丸さんが楽しそうです」

 気がつけば、緑丸と異人は恵次郎を介さずに言葉を交わしあっていた。きっと、ふたりともお互いの言っていることはわかっていない。それでもこうなってしまうほど、お互いに歌と浪花節を求めているのだ。

 この日をきっかけに、緑丸はこの異人の元で異国の歌を教わることになった。もちろん、その見返りとして浪花節を披露している。

 異人の方としては、浪花節を聴く見返りに、歌を教えているという感覚だろう。

 緑丸は何度も異人の家に通った。そうしている内に、緑丸と異人はすっかり友人同士になってしまった。

 出会ってから一年ほど。緑丸達は明らかに他の異人と区別して、その異人を名前で呼ぶようになっていた。

 その異人の名前はバイオレット。彼が居留地にいる英吉利人の中でも変わり者だと知ったのは、緑丸がバイオレットの家に通うようになってから、そんなに経たないうちのことだった。

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