第50話 【遥編】これから先も【最終話】

季節は冬。

夏にあれだけ生い茂っていた草木も今では淋しい。

家の中に居ても冬の空気は入り込み、身体が震えてしまう。玄関が開いている今は尚更で、ようやく入れますと言わんばかりに冷たい空気が雪崩込んでいる。



「行ってらっしゃい。」


「いや、一緒だから。」


玄関口。

遥を見送ろうと玄関に立っていた僕も外に出る。

寒い。本当に寒い。


「寒くない?やっぱり家で良くない?」


コートの前を閉め、マフラーに顔を埋める。

少しでも寒さから身を守るように。


「は?何いってんの。今日行かないと意味ないんだから。早く行くよ。」


隣の遥は寒さなど感じていないよう。

ニットに厚手のカーディガン。短めのスカートにストッキングを履いているが、それで寒さを防げているのだろうか。

子供は風の子。


「寒くないの?」


「寒いに決まってんじゃん。」


…寒いのか。それでもファッションを選ぶJK恐るべし。


「でも、透と居るからあったかいけどね。ほら。」


その言葉と同時に繋がれた手は冷たいけど、自然と僕の心は温かくなる。


「そう、だね。うん。あったかい。」


「でしょ?」


得意げに微笑む遥が可愛い。

…見上げる形になっているのが悔しいけど。


「にしても、今日背高くない?何cmのやつなの?」


「ん?別にそんなに高いの履いてないけど。伸びたんじゃない?」


…え。まだ伸びるの?もう180超えたんじゃないの?

妹の成長が止まらない。


「透、ツリー見えるかな?もし見れなかったら抱っこしてあげる。」


誂うように言う遥。

普段はとても温厚な僕。

怒ることなんてめったにないけど、身長でバカにされるのだけは許せない。


「大丈夫。僕はあと2回も変身を残してるから。」


中3で止まった僕の第二次性徴期はまだ終わってないのだ。その意味がわかるかな?

身長と一緒に頭も後ろに伸びちゃうぞ。


「そ。いいじゃん。」


「…。」

遥のスルースキルが強すぎる。



僕達が目指しているのはいつものショッピングモール。

ただ、今回の目的は買い物ではなくてイルミネーション。

そう、今日はなんとクリスマス。

世の中の恋人達がキリストの降誕を祝ってイチャイチャする日だ。祝うなら家で良くない?


普段なら家に引きこもり、眠りにつく子供たちにプレゼントを渡すサンタの準備をしている僕も、今日は参加する側。


なぜなら。

僕と遥は恋人。

兄妹としての関係に恋人が追加されて早数ヶ月。

遥の要望で、こうして寒空の下イルミネーションを見に歩いている。


視界に入る街の様子もクリスマス一色。

何処かしこもクリスマスクリスマスXmas。

Xの文字がそこかしこに。

流石元最強のSNS。名前を変えてもその存在を見せつけている。このために名前変えたんですか?


商店街を抜けると目指していたショッピングモールはもう目の前。既に色鮮やかなイルミネーションが見えている。


遥とこうして見に来ることはこれまでにもあったけど、どこか気持ちが浮足立っているのが分かる。


「お?透も楽しみ?」


そんな僕の様子に妹は目聡く気づいたみたいで。


「別に楽しみってわけじゃないし。イルミネーションくらい普通だし。」

素直に認めるのが恥ずかしくて否定する。


「ほーん。私は楽しみだけどなー。透と2人で見るの。透は違うかぁ。」


それは、ズルい。


「…楽しみです。」


「うん!楽しみ!」


うん。最高だよね。イルミネーション。



ショッピングモールの一階。

4階まで吹き抜けになっている広場には、見上げるようなクリスマスツリーが鎮座している。

そして、そのツリーを中心に陽が落ちた夜を照らすようにイルミネーションが輝いていた。

周りにいる恋人達も、そのツリーに引き寄せられるように近づきイチャイチャ。カメラをパシャパシャ。


「おー。凄い。」

間近で見ることはあまり無かったので、こうしてツリーの近くまで来てみると圧巻。ピンク色の空気で窒息しそう。


「ホントに。綺麗。」


隣の遥も、眼の前の光景にウットリしているよう。


しばし立ち止まってイルミネーションを眺める。

上に広がる夜空には都会ということもあり星空は少ない。その星たちの代わりをするかのように光り輝くライトに目を奪われる。

燦然と輝くその光を、人工物の電球だ、豆電球を見て何が楽しいのかと言っていた過去の僕に言ってあげたい。

こんなにも綺麗な光景を見ても同じことが言えるのかと。


でも、この光景を楽しめているのは遥が隣りにいるから。

家に引きもりがちな僕をここまで引っ張ってくれたから。

彼女が居てくれるからこそ僕の景色が色付いているから。


「ありがとね。遥。」


「うん?」


「僕一人だったら多分こんなに綺麗な景色知らないままだった。」

見ようとしていなかった景色が沢山あるのだろう。


「遥と来れて良かった。」


「…うん。私も。透と見れて良かった。」



イルミネーションを堪能した僕達は、光り輝くその光景に名残惜しさを残しつつ家路につく。


「はー。ホント綺麗だった!」


遥もとても満足そう。


「だね。」


ずっと繋いでいた手も今では温かく、遥の温もりが伝わってくる。

…僕の手汗が怖くて何度か離そうとしたけれど、叶わなかった。僕の妹は握力も高い。


「また1個、透と思い出作れた。」


「うん。」


「透と、こうしてイルミネーション見に来れる日がくるんだもんね。」


恋人として。が後ろについているのが分かる。

あの日から何度もデートをしていたけど、遥はその1日1日をとても大切にしてくれている。

まるで、いつ失ってもいいように。

心残りを無くすように。


「…僕は、ずっと遥の隣りにいるよ?」


「…うん。」


不安そうな顔を向ける遥。

そんな彼女に寄り添っていくことが僕の幸せって気付いたから。


「だから、もっともっと思い出作ろうよ。ずっと先に見返して、2人で笑お?」


「…。うん…!」


家の近くの坂道を登る。

多分この坂道のように、僕達の未来は険しいのかもしれないけど。2人なら、生きていけるって信じてるから。


握る手に少しだけ力を込める。


「透は、強いね。」


「強くないよ。遥が居てくれるから。」

本当に強くない。

前に進むことを辞めた僕は、まだ泣き虫のままだ。


「…ふふっ。やっぱ私が居ないと透は生きていけないか。」


「そうだね。寂しくて死んじゃうかも。」


「大丈夫。ずっと構ってあげるから。」


「暴力的な奴はNGだからね?」


「…。」


なんで答えないの?



繋がれた手を遥が解く。

一瞬無くなった温もりを求めて彷徨う手を、もう一度、今度は指を絡めて握り直す遥。


「私達の身体の距離は縮まらないかもだけど。」


「…うん。」


「それでも、心だけはずっと透と居るから。」


「うん。僕も、遥と一緒だから。」


「透が誰かを好きになっても離さないから。」


「離れないから。」


「私も誰かを好きになるなんてないから。だから、」


そこで一度息を吸う遥。


「だから、これから先もずっと2人でいよ。」


「うん。よろしくね。」


これから先も。ずっとずっと。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

遥編はこの話で終わりになります。


これから先どうなるか、様々なしがらみの中苦しむかもしれませんが、2人なら大丈夫と信じてます。


ここまでお読み頂いてありがとうございました。

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