第35話 桐生さんに伝えたい

放課後。



イケメン近藤くん達とお昼を食べるという素敵経験をした僕は、帰宅部活動に勤しんでいた。つまり帰宅していた。

イケメンのイケメン力に触れ、情けなくも涙を流したのだ。

正直めちゃくちゃ恥ずかしい。

早く帰って家の掃除をしたい。


前の席で未だ冬眠中の二宮さんに心の中で挨拶をして、教室を出た。廊下を進み昇降口まで辿り着いた僕は、上履きを履き替え、澄み渡る青空に晒され…、


「遠藤。ちょっといい?」


桐生さんに呼び止められた。

…デジャヴ。


「あ、はい。」


昇降口から少し離れた場所、かつての告白の場所である体育館裏に移動する。

腕を組みながらこちらを睥睨する桐生さん。

プレッシャーがすごい。

桐生さんのにらみつけるで、僕の防御力はマイナスまで到達している。

元々の実数値が5しかないのだ、たいあたりでもひんしになります。


「健太くんと、最近仲良いみたいじゃん?」


…なるほど。

僕が最近、イケジョグループと接点があることについての文句を言いに来たのか。確かに、修学旅行から近藤くん達と話す機会が増えてはいる。

極めつけに今日のお昼だ。

莉子さんからのお誘いなんて聞いたことがないし…。


桐生さんは釘を刺しに来たのだろう。

浮かれてんじゃねぇぞ、と。

まさしく釘パンチ。


「うん。仲が良い、かは分からないけど、少し話すよ。」


当たり障りのない返答をする。

なんせ、こちらは逃げるしか技がないのだ。黒いまなざしを使われているので、逃げられない上に技もない。

…要するに詰みです。


「そ?仲良さそうに見えるけど。正直、遠藤のことあんま知らんし。ウチ等とつるむつもりなら辞めといたほうがいいっしょ。」


「そう、だね。うん。分かってる。」


…分かってる。そもそもイケジョグループに参加しようなんて思ってない。ボッチ(仮)の僕には荷が重いし…。


男子勢の優しさに救われているが、基本的に相容れない立場とは理解してる。

…それは僕が一番理解している。胸が痛いや。


「あー、ごめん。こんなこと言うつもりはなかったんよ。聞きたいことがあって。」


自然と出てくる言葉で結構なダメージ受けましたけど…。


「莉子とさ、より戻したん?」


…まあそうだよね。


莉子さんと話した時、告白は彼女達との中で決まった罰ゲームだとも聞いているから、桐生さんが知っていてもおかしくはなかった。


「付き合ってるわけじゃないよ。友だちだから。」


僕と莉子さんの関係は、友だち。色々な出来事を経て、今はこの関係に落ち着いている。


「へー。付き合ってるわけじゃないんだ?」


…少しだけ、心がザワついた。


「…うん。」


「早く付き合ってくんない?」


…え?


「えっと…。どういう…?」


え、なに。くっつけさせたいの?


「別に、ただ早く付き合ってほしいんよね。押し倒してでもいいから、ちゃちゃっとしてくんない?」


…。


「ごめん。」


「まあ、無理か。でも莉子は遠藤のこと好きっぽいし、いけるんじゃない?莉子済ませてなさそうだし。遠藤も嬉しいっしょ。」


…。


彼女の言葉に、僕の中の靄が形作られていく。

我慢することは出来なかった。


「…違うから。そんなんじゃないんだ。足立さんとは、そんなんじゃない。」


「は?好きでし…」


「僕と足立さんの関係はそうじゃない!

2人で、2人で傷ついてここまで来たんだ!ようやく来れたんだ!彼女がどれだけ辛かったのかも知らないで!」


自分でも驚くくらいの声量。こんなに叫んだのは初めてかもしれない。声も裏返る。だけど…。


「ようやく前に進めてるんだ!

冗談でも…!僕と、…莉子さんの繋がりを馬鹿にするな!」


言い切ると同時に、桐生さんに放った言葉が頭の中で反響する。…ヤバい。これ完全に詰んだかもしれない。


「…。」


押し黙る桐生さん。

頭の中では、僕をどうやって処そうか考えているのだろうか。…いや。伝えたいことを伝えたんだ。後悔はない。

…でも。あまり痛いのはやめてほしい。


「じゃあ、ウチは…。」


呟く桐生さん。


「ウチの気持ちは…!」


少し目を潤ませながら、彼女は。


「健太くんと莉子が付き合えばまだ良かった!莉子には勝てないんだなって…!それを解らせてくれたら良かった!…なんでこうなってんの…。まだ健太くんは莉子のことが好き…。」


「…。」


「莉子が誰かと付き合わないと、ウチは先進めないんだって…。」


「…。」


「健太くんは、ウチのこと見てくれないから…。」


本心を聞いた気がした。

桐生さんは近藤くんのことが好き。

近藤くんは莉子さんのことが好き。

そして、莉子さんは…。


気持ちが一方通行で、お互いが向き合うことのない関係。

彼女は、ずっと無理してたのかもしれない。

莉子さんのことを見続ける近藤くんの側にいることに。

莉子さんは言っていた、桐生さんに煽られたって、多分それは彼女の精一杯の反抗。

言葉で武装する彼女の抵抗。


整理すれば簡単な話。好きだと伝えれば済む話。

でも、そんなこと出来てたらこんなに悩まない。苦しまない。人間関係を半ば捨ててきた僕でも分かる。


ずっと、耐え続けてきたんだろう。

僕という存在が、桐生さんの中でどうでもいいからこそ、こうして本心を少し聞けたのかもしれない。


なら、どうでもいい存在なら…。


「…。前に進むのが難しいのは分かるよ。」


取り繕う必要のない程度の僕なら。


「一人で抱える辛さも。たぶん分かる。」


伝えたい。人の優しさを。受け止めてくれる人がいることを。


「でも。その不満を、どうしようもない気持ちを悪意でぶつけるのは、辛いんじゃないかな。桐生さん自身がまた苦しむんじゃないかなって。」


少しずつ、少しずつ。進んでいけば良い。止まることが悪いことだなんて思わない。


「だから、誰かに打ち明けた方が良いなんて言わないけど、少しずつ吐き出していくのも悪くないんじゃないかな。今村さんも、莉子さんも…きっと聞いてくれると思うから。」


「…。」


「僕も、話を聞くくらいなら役に立てるから。」


…こんな言葉だけで気持ちの整理がつくとは思わない。

結局は桐生さん次第。それでも、伝えたかった。

言い終えた僕の目に映るのは、涙を堪える桐生さんだった。


「…うるさい。馬鹿。あっち向け。」




沈黙。

うん。出しゃばりすぎましたよね。


「…マジウザい。」


「…すみません。」


「莉子に惚れられてるからって調子のんな、雑魚。」


棘が痛すぎる。


「ほんとキモイわ。なに説教垂れてくれてんの?何様。」


「…ごめんなさい。」


痛い痛い、謝りますから。土下座の準備に取り掛かる。


「…。」



再びの沈黙。

言葉の弾丸をリロードしているのだろうか。

もうライフは残ってないので、早急に土下座しよう。


「誠に、申し訳ご…」


「知ってたから。」


「え?」


「知ってた。駄目だって。こんなんじゃ健太くんに見て貰うことも出来ないって。」


呟く桐生さん。


「…莉子に突っかかったのも、そう。」


「うん…。」


「我慢できなかったから。健太くんの気持ちわかってて、遠藤の所に行くのが。」


…。そうだよね。普通、近藤くん1択ですもんね。


「でも、遠藤のこと少しは見直したわ。ウザいけど。

…整理なんて出来ないけど、やっぱり健太くんが好きだから。それ頑張るわ。やれるだけやってみる。」


「うん。」


桐生さんは…。


「莉子にも、謝る。」


少し吹っ切れた顔をしていた気がする。




「引き止めてごめん。ウチもうちょっと此処いっから、もういいよ。」


「…うん。分かった。それじゃ。」


桐生さんと別れる。



昇降口に向かおうとした時、


「とおる。」


…あれ。気のせいかな。莉子さんの声が聞こえた気がする。


「とおる。」


「足立さん…。」


…居ますよね。なんで居るんです?


「一緒に帰ろ?」


「はい。」


もしかしてだけど、聞かれてたよね…?


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莉子さんとの帰り道。




聞かなければならない。

一体どこから聞いていたのかを。

もし最初からだったら?恥ずかしくて死にます。


「えっと…。足立さん?」


「…。」


反応がない。


「足立さん?」


「…。」


反応がない。いや、声は聞こえているはずなのに。


「…2人きりだけど?」


…なるほど。そうでしたね。


「莉子さん。」


「ん。なに?」


とんでもなく恥ずかしいが、今はそれよりも。


「どこから、聞いていたんでしょうか…?」


「んー。栞に叫んでいるところ?」


…あぁ。一番聞かれたくなかったところじゃないか。

あれは、紛れもない本心だけど。それを本人に聞かれるのは…。


「嬉しかった。ありがとね?とおる。」


「い、いえ、どういたしまして…。」


「探しててさ。とおるの声がした気がして、体育館裏行ったの。」


「うん。」


「栞のことも、ありがと。」


「いや、僕はなにも…。」


本当に何もしてないから。


「ううん。ありがと。これだけ受け取って?だめ?」


駄目じゃないです。その言い方はズルいと思います。


「…。はい。」


「ふふっ。やっぱとおるで良かった。」


「うん?」


「好きになったのが、とおるで良かったなって。」


聞き返したんじゃないです…。2回も言わないで…。


「ありがとう。莉子さん。」


「僕と莉子さんの繋がり、だっけ?いいじゃん?」


…もうやめて。耐えられないです。

黙ってしまった僕に微笑む莉子さん。


「とおる?」


「…はい。」


若干拗ねたような返事になったのは仕方ないと思う。


「好きだよ。」


…本当にズルい。彼女の笑顔はとても眩しかった。

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