第27話 自宅に帰るまでが修学旅行

足立さんとの和解?を終えた僕達は旅館に戻っていた。


辿り着いた時刻は18時20分。

しっかりと怒られました。


旅館のフロントで絞られた僕達は、部屋に向かうために廊下を歩いていた。


「あんな怒る必要ある?ちょっと遅れただけじゃんね?」


足立さんがご立腹です。


「まあまあ。仕方ないよ。」


「遠藤も怒って良いんだよ!」


ぷんすか怒っている足立さんが可愛かったので大丈夫。

歩いている内に彼女の怒りゲージも収まったのか、今度はもじもじとこちらを伺うような空気を出していた。


「…る。」


「?」


「とおるって呼んでもいい?」


初めて同級生に名前で呼ばれた。

嬉しい、というより足立さんから名前で呼ばれるのは少し気恥ずかしい…。


「う、うん。大丈夫だよ。」


「…ありがと。とおる。」


…。


なんだろう。この沈黙は。とてつもなく恥ずかしい。


「とおるも、ウチのこと名前で呼んでもいいけど。」


僕が?足立さんのことを?


「…それはまだちょっとハードルが高いかと。」


「いや?」


嫌じゃないです。


「嫌じゃないです。」


「じゃ、ほら。」


催促する足立さん。絶対僕のこと誂っている。


「えっと…。莉子、さん…。」

なんだこれ。なんなんだこれ。


「ん。いいね。」


足立さん的には良かったらしいが、僕的には恥ずかしさが天元突破している。


「えっと、やっぱりこれ少し恥ずかしいんだけど。」


「え…。」


途端に寂しそうな顔をする足立さん。ホント?狙ってない?

それでも、希望はなるべく受け付けるのが僕。


「じゃあ、さ。2人のときだけじゃ駄目かな。」

教室の中で彼女を名前呼びしてる人なんてイケジョ(女子)以外見たことがない。


「んー。分かった。じゃあ2人のときは名前で呼んで。」


にっこりと微笑むその笑顔に負けてしまった。


女子部屋は2階なので、階段の下で別れる。


「ん。じゃあ後でね。とおる。バイバイ。」


手を振りながら階段を上がっていく莉子さん。

うん。慣れる気がしない。毎日100回唱えようかな…。


部屋に戻った僕を迎えたのは、近藤くん達。


「遠藤クンやるじゃん!自由行動はしゃぎ回った感じ?流石だわ!キテるね!」


何もキテない。

それより、莉子さん…と一緒にいたのは気付いてないのか。良かった。

チャラ男に陽気な挨拶を交わされ、荷物を置いた僕は体操服に着替える。


「遠藤。」


ちょっ、ちょっと待って。まだ着替えてます。


「うん?なに?」


「どうだった?」


体操服のジッパーを上げ、近藤くんと目を合わせる。

とても不安げな顔をしていた。


「うん。大丈夫だったよ。」


「…そっか。」


「うん。」


言葉は少ない。ただ、様子から察したのだろう。僕の肩を組んだ近藤くんは少しだけ明るさを帯びた口調で言った。


「羨ましい奴だわ。爆発しろ。」


いや、そちらこそ爆発して。


「うむ。」


…田村くんも肩組まないで。



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修学旅行最終日。



京都駅での点呼も取り終わり、新幹線に乗り込む生徒達。

短いようで中身の濃すぎた旅行を振り返る。

ほんとに、色々あったなあ。

今まさに目の前でも起こっていた。


「二宮。その席替われる?」


「ごめん。無理なんだ。」


大怪獣バトルが繰り広げられていた。

莉子さんと二宮さんがどうしてもこの座席に座りたいらしい。あ、なら僕がチャラ男と座りましょうか。…違いますよね。すいません。


「とおる、ウチと隣で良くない?」


「えっと…。」


「ん!?今遠藤クンのこと名前で呼んでなかった!?」


チャラ男も参戦してきた。

そんな挑戦者チャラ男の意見など莉子さんには興味がないらしく。


「は?いいじゃん。友だちなんだし。」


バッサリと切り捨てる。


「そっか…。おし!なら透っち!俺も呼ぶわ!透っちも名前で呼んでいいかんね!」


ごめん、チャラ男。名前知らないんだ。本当に知らない。


「おーい。席つけー。出るぞー。」


混沌とした空気も、老教師の一声で収まる。

結局、座席戦争に負けた莉子さんは、新幹線が出るとチャラ男に指示を出す。


「早く座席回転させるよ。」


「らじゃ。」


再び対面する4人。

行きの新幹線では僕と莉子さんの間にあった気まずさは、今度は二宮さんとの間に発生していた。

なんなら気まずさというより、一触即発の空気だった。

…下手なことをするなよ。チャラ男。ここはステイだ。


「あ。俺木刀買ったんよ。黒いやつ。見る?」


見ない。


約3時間の帰路を終え、修学旅行生達は学校最寄りの駅で旅行の思い出をつまみに会話に花を咲かせていた。

早く帰りましょと、旅行バッグを背負った僕は、莉子さんに声を掛けられる。


「とおる!」


「うん。」


「また、連絡しても良い?」


「勿論。」


「ん。じゃね。」


イケジョグループに戻っていく莉子さん。

これから打ち上げがあるのだろう。

カラオケを連呼するチャラ男を尻目に、家路に着いた。


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マンションの鍵を開け、部屋に入る。

4日ぶりの我が家はいつも通り僕を迎えてくれた。


「ただいま。」


「おかえり。透。」


久しぶりに見る気がする遥も普段通りで。


「ただいま。遥。」


「お腹すいた。ご飯作れる?」


「うん。待ってて。」


靴を脱ぎ、自室に向かう僕は後ろから抱きしめられた。


「遥?」


「喋らなくて良いから。」


あ、はい。


「頑張った?」


「…。うん。」

何を、とは聞かない。


「そっか。お疲れ。透。」


「ありがと。」


少しの間、遥に抱きしめられる。

…。もうそろそろ良いんじゃない?


「あの、そろそろ部屋入りたいんだけど。」


「あと30分。」


長いから。

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