第22話 ごめんね

修学旅行1日目のノルマを消化した生徒達はバスに送られ、宿泊する旅館の各部屋に移動していた。


「お!結構広いじゃんここ!」


部屋のテーブルに備え付けられたお茶を淹れる。


「ちょい!健太も浴衣着るっしょ⁉」


「まだ着ないって。飯までは体操服って言われただろ。」


はぁ。お茶が美味しい。


「かー!まじかー、女子の浴衣も見れねぇのかー、萎えるわー…。」


お、お茶菓子もあるじゃない。頂きましょう。


「風呂上がりに見ればいい。」


「それな!いや、ホントそれだわ!分かってんじゃん!」


「うむ。」


ふむ。生八ツ橋も、京都で食べると尚更美味しい気がする。


「やっべ。テンション上がってきたわ!な!遠藤クン!」


「そうですね…。」


見つけられてしまった…。

僕のことは座敷童とでも思って頂ければ良いんですけど。

見つけると不幸になっちゃうぞ。


「飯まで少し時間あるしな。俺達もお茶飲むか。」


イケメン近藤くんがそう言うが、既に3人のお茶も用意している。こちとら遥のお世話で鍛えられているのだ。

舐めてもらっちゃ困ります。


…僕だけお茶淹れるのは少し気まずいし。


3人分の湯呑みにお茶を淹れた僕は、それぞれの近い場所に置く。おもてなしの心だ、粗茶ですが。


「ぷはぁ!生き返るわぁ!」


あれ?お茶淹れたよね?ビール飲んでるの?


「何言ってんだ。ありがとな、遠藤。」


軽いツッコミをチャラ男にする近藤くんから、サラッとイケメンスマイルをプレゼントされた。

ホワイトデーは過ぎてるからお返し期待されても無理だよ?まあ、近藤くんにとってはバレンタインも日常だよね。


「うむ。」


田村くんは…。新聞持ってたら完璧だ。



各部屋に荷物を置くだけの時間だが、夕食まで待機なのでまだ時間には余裕がある。

お茶を飲み、茶菓子を食べた後はそれぞれ体操服に着替える。

着替え途中、これまでのテンションを大分落とした様子でチャラ男が呟く。


「でもさ、足立まだ元気ねぇよな。」


「確かに、な。調子悪いとかじゃない?」


近藤くんは少し歯切れ悪くチャラ男に答える。

なにか知っているのだろうか。


「うーん。あの肘は結構いつも通りだったんだよなぁ。」


なるほど。チャラ男は足立さんの攻撃力で普段の調子を測っているようだ。

Мなの?


「まあ、旅行中には元気出すんじゃないか。俺達が騒いでもあんまり良くないって。それより、ほら飯行こうぜ。」


近藤くんが多少強引に流れを切る。

その動作には、いつもの自然なイケメン力があまり感じられなかった。

僕のイケメンスカウターの性能が上がってきている…。



生徒全員を収容できる宴会場へと入る僕達。

他の班もあらかた揃っており、あまり時間を置かず食事が始まった。

お膳に綺麗に配置された食事に舌鼓を打っていると、隣の二宮さんが控えめに肩を叩いてきた。


「うん?」


「…ご飯おかわりしたいです。」


少し恥ずかしげなご様子。

そうだった。二宮さんは貪食属性を持っているのだった。

ホントに、どうしたらこの小さな身体にそこまで入るのだろう。神秘だ。

ご飯の入ったお櫃は僕のそばにある。

茶碗を受け取り、本当によく食べる子ねぇと日本昔ばなしに出るように盛り付け、パンパンと形を整える。はい、どうぞ。


強めに肩を叩かれた。



食事後、時間を置かずお風呂の時間になっていた。

タオルや着替えを携え、浴場に向かう。

大浴場とは言っても、普段から長風呂するタイプではない僕は、ささっと身体を洗い、10秒お湯に浸かると満足して風呂を後にした。

早く部屋に戻ろう。イケジョ達が戻ってくる前には寝るのだ。彼らも寝ている僕を起こそうとは思わないはず。

…分かってる。枕投げする予定もあるだろうし、僕は布団だけで十分だ。なんなら1度や2度踏まれたくらいじゃどうってことないからさ。


持参した寝間着ではなく、浴衣に袖を通した僕はやってるー?とばかりに浴場の暖簾を潜って広間に出る。

ここに来る前に自販機があったのは覚えているので、ジュースでも買おう。


目指していた自販機に着くと、そこには先客がいた。

自販機を前にして、何やら困っている様子。

それなら待ちますと、僕は後ろ3メートルの距離で待機。

どうも、お釣り返却のバーを何度も引いているみたい。


はーん。もしかしてお釣り帰ってこなくなったのね。辛い。


それなら僕も別の自販機を探そうかしら、と思った矢先、振り返った彼女とバッチリ目があってしまった。


足立さんだった。


目と目が合う〜瞬間す、、いや失恋済みですから。

まさか後ろに僕が並んでいるとは思わなかった足立さんは、とても驚いた様子で固まっている。


…そんな声を失うくらい驚かれるのか。なんかごめんなさい。


「…。」


「…。」


口を開きかけては噤む、酷く困惑した表情の足立さん。

少しの間沈黙が流れたが、その沈黙を振り切るように足立さんは自販機の前から移動し、女子部屋に通じる階段に足をかけた。


…話しかければ良かったのかな。


一瞬心に浮かんだ気持ちを沈め、半ば寝ぼけていたのか自販機にお金を入れようとしたその時、足立さんに浴衣の裾を掴まれた。


「えっ?」


「それっ、壊れてるから…。お金入れても戻ってこないヤツ。」


あ、なるほど。お釣りが帰ってこないんじゃなくて、そもそも駄目なパターンなのか。いや、それよりも。


「あ、ありがとね。ごめん。」


「いや、ウチこそごめん。話しかけて。」


お互いに謝罪を投げ合う形になってしまった。


…うん。彼女にとって僕は、嘘告して騙していた相手になる。遥にもあれほどキツく言われたのだ。多少の罪悪感を感じているのだろう。


まあ、思い出すのは辛いが騙された僕も僕だ。

苦かった思い出の1つとして奥に閉まっていれば良い

なのに、彼女はとても思い詰めたような顔で僕を見つめる。


その表情がとても辛そうで。


「大丈夫?足立さん。」


そう、声を掛けていた。


僕の声に目を見開き、再度俯く足立さん。

数秒の時間が流れ、顔を上げた彼女の頬には大粒の涙が流れていた。


「…なんで、優しくするの。ウチ、遠藤のこと沢山苦しめたのに…。なんで…。」


「それは…。」


『ゆっくりでいいからね。』


頭に残るあの言葉。

苦い記憶で上書きされ尽くされたその一番底。あの言葉だけは、嘘だと思えなかったから。


「…遠藤。…ごめんね。騙してごめんね。辛い思いさせて、否定もできなくて、自分のことばっかりで、ごめんね…。」


ああ、彼女も苦しかったのかもしれない。

まだまだ知らないことが沢山あるけれど。

彼女のその言葉は、黒く濁っていた心の内側にほんの少しだけ明るさを照らしてくれた。


「僕も、逃げ出してごめんね。」


涙を流し尽くしていたかのように見えた彼女は、僕の謝罪にまた涙腺が決壊した。


「…うぅ。ありがと。もう大丈夫。ホントにごめん。」


もう何度目分からない謝罪を受け取る。


「うん。大丈夫。」


そろそろ近藤くん達も風呂から上がっているかも。

僕も早く戻らないと。


「じゃ、またね。足立さん。」


そう告げ、部屋へと戻ろうとした僕を足立さんの声が呼び止めた。


「遠藤…!明後日、明後日の何処か…ウチに時間くれないかな。」


明後日は自由行動の日。

半ば強引ではあったが、二宮さんと約束ことになっているはず。


「明後日は、一緒に回る人が一応居て…。」


断るための嘘ではない。…いやほんとに。


「そっか…。うん。でも、もし時間があったら…駅に!京都駅に来て欲しい!ずっと待ってるから…!」


縋るように。


「行けるとしても遅くなるかもだし…。」


「ずっと待ってる。」


「…うん。」


「じゃ、ね。」


「うん。」


足立さんと別れる。

泣き腫らした顔のまま突き進んでいく彼女は、少しだけ覇気が戻っているように見えた。


戻ろ。


想定したよりもずっと遅くなった帰還。

部屋のドアを開けた僕の顔面に、枕がぶち当たった。


「遠藤クンおっせ!枕投げしようぜ!」


少しは浸らせてほしい。

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