第2話 彼女ができました

どうやって家に帰ったんだろう。

あまり記憶がない。

マンションの鍵を開け、フワフワとした気持ちのまま、ソファに体を預け呆けていると、気づけば横に妹が座っていた。


『遠藤 遥』。


同じ高校の1年生であり、生徒会に所属しているザ・優等生だ。後ろにまとめられた色素の薄い髪、母親似の顔立ちは可愛いというより綺麗めである。


身長が170ちょうどの僕より少し、ほんの少し背が高いという、兄の僕からしてみれば悔しいが、世間的にはモデル体型と褒めそやされる彼女は、当然モテる。


「どしたん?透」


「いや、別に。」


遥は僕を名前で呼ぶ。

身長が抜かされた日に名前呼びに変わった。悔しい。

ただ、高校1年生で成長が止まってしまった僕と比べて遥はまだまだ成長中なのか、身体測定の度にイジられる。


「別にって。何かあったって顔してるじゃん。話してみ。」


そして、遥はよく僕に構ってくる。

イジれる要素を常に探っているのか、僕が何かしら学校であった場合には大体感づかれこのように詰められる。

そういったときは、逃げようにも自室まで着いてくるので結局話さざるを得なくなる。

個人情報保護法は我が家には適応されないのだ。


「まぁ、何かはあったけどさ。」


出し渋っていても結局捕まえられるのは目に見えているので、早々に話すことにした。


「うんうん。」


完全に聞くモードになっている。目がキラキラだ。


「えっと、ね。」


「はよ。」


「はい。あの…、彼女が出来ました。」


「え」


「いや、だからかのじょが…」


「は⁉なにそれ!は?」


横にいた妹との距離が急激に詰められる。

制服のネクタイを握りしめて顔を近づけてくるが、きれいなお顔が阿修羅に見える。

近い…。


「近い近い近い怖い」


「なんで急に!なんで!」


「ちょ、落ち着いて。話すから!話すから!」


ネクタイを掴んでいた腕を軽く叩き、どうどうと落ち着かせる。ジョッキーの才能に開花しそう。


「…誰?」


多少は落ち着いたのか、ソファに座り直した遥はジト目でこちらを見る。

ネクタイは離してもらえてない。才能はなかった。


「同じクラスの足立さん…」


「は?なんで?」


遥のジト目がより酷くなった。


「今日、告白されてさ。」


正直に、今日起きたことを話した。

鞄に仕舞っていた手紙も見せる。


「本当なの?」


一応、証拠?の手紙を見せてもなお信じられないのか、遥はそれでも聞いてくる。


「多分、本当みたい。僕が1番信じられないけど。」


遥以上に僕が現状を信じられてない。

もしかしたら、これ全部夢なのかも。


「遥、ちょっと僕のこと叩いてくれない?」


バシン!…バシン!


「痛い。めちゃくちゃ痛い。なんで2回叩くのさ。」


1回で良かったのに。強烈なビンタだし。

しかも遅れて2回目されたし。


「私の分。」


意味がわからない。


「それで。告白されたのは分かったけど、なんで付き合うことにしたの?足立先輩ってあのめちゃくちゃ可愛い先輩だよね?」


なんで、か。遥は僕が対人関係に少し難があることを知っている。その僕が学校でも陽キャでイケイケでリア充な足立さんと付き合うことにした理由が分からないのだろう。


…正直、僕も分からない。


「なんでなんだろうね。足立さんの声が安心できたから、かな。」


告白されたときは正直何がなんだかの状態だったが、それでもあの声だけは覚えている。


「えー、そんな理由で?」


遥的には納得行かないのだろう。僕も話だけ聞けばそう思う。


「…まぁ、透が良いなら分かった。無理しちゃだめだよ?

もし何かあったらすぐ私に言うこと。いい?」


「分かってる。ありがとうね。遥。」


心配性な遥だが、その気持ちがありがたい。学校では冷静沈着な妹が、こんなに心配してくれるのは唯一の家族だからだろう。 

ソファから立ち上がった彼女は1度伸びをして、こちらを向く。


「なんか、期待してた話でもなかったし。どうせすぐ別れるでしょ!透ご飯作って!」


「はあい。」


…すぐ別れるでしょ、か。足立さんの告白で付き合うことになったけど、結局彼女がなんで僕を好きになったとか知らないままだし。彼女次第ですぐ別れることになるのかな。

それは、ちょっと嫌だな。


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自室。


夕食、風呂を済ませた透は自室で携帯を見つめていた。

メッセージアプリには、今日告白された足立さんの表示。


『土曜日、どこかいこうか?』


なるほど。これはデートのお誘いってやつか。

カレカノになったら発生するイベントの1つとは知識にはある。男子側が全額支払うべきか否かでSNS上で一悶着あったやつだ。まぁ払ってもいいんじゃない。分からないけど。

そんなことより、返信をするべきだ。


『大丈夫です。どこか、行きたいところはありますか?』


ここは、足立さんの行きたいところがあるならそこに行くべきだろうという受けのスタイルを選択した。

…デートでどこに行くべきなのか、正直よく分からないです。

返信はすぐに来た。


『おけ、まあぶらぶらするべ』


なんとも適当な。いや、これは適切なという意味で。

そういう選択肢もあるのかと僕は素直に受け入れた。

ぶらぶらを入れ替えたら『らぶらぶ』になるなんて詰まらない事は思ってない。日本語って楽しいね。


『はい。分かりました。よろしくお願いします。』


『(犬の了解スタンプ)』


『あ、あと校則でも禁止されてるからウチ等が付き合ってること他の人には内緒ね!』


『はい』


『(犬のお願いスタンプ)』


というわけで、週末デートすることになった。

確かに、足立さんと付き合ってることが知れ渡ったら色々面倒にはなりそう。主に足立さんの事が好きなチャラ男関連で。

もしかしたらバレることもあるのだろうが、そのときはまた2人で相談して決めよう。

時計を見ると日付を跨ぎそうになっていたため、ベッドに入る。


…犬、好きなのかな。


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翌日。


今日は金曜日。待ちに待った金曜日。

この日のために一週間を頑張ってきたと言っても過言ではない。なんて言ったって2連休の前日だ。

当たり前のことしか頭に浮かばないが、当たり前がどれだけ素敵なことか、それを痛感したのは放課後だった


いつものように自転車を漕ぎ、駐輪場に停め、教室に向かう。


入った教室には、これもまたいつも通りイケジョのグループが盛り上がっているところだった。

ボッチ(認めていないが)の僕には目もくれない面々が、教室に入る僕を見ると、その視線(主に女子グループ)が一身に集まるのを感じた。

慣れない視線が辛く、ただ足立さんもこちらを見ていたので、会釈だけした後、自分の席に向かう。


前の席には二宮さんが既に着席していて、僕を認めると朝の挨拶を交わす。


「おはよう。遠藤くん。今日はいつも通り?なのかな。」


「おはよう。二宮さん。そうだね、多分いつも通りだよ。」


なぜ疑問形なのか。


「ふーん。」


そう言って二宮さんはまた前を向いた。

ふむ。ふーん、には一体何が込められているのだろう。

恐らく良いことではないと直感が告げているので、あまりこれ以上聞くことはできない。

二宮さんも話すことはないといわんばかりに前を向いているので、これでいいのだろう。多分。


いつも通り、置き本を取り出し小説の世界に旅立つことにした。



放課後。


今日は授業もしっかりと頭に入ってきた。

二宮さんが1度当てられたけど、勿論睡眠の彼方。

遅刻してSNSのトレンドに乗ること間違いなしだ。

大抵二宮さんが寝ている場合は後ろの僕にお鉢が回ってくる。なんだろう。二宮さんの後始末に使うのやめてもらってもいいですか。


そんな授業も終わり、帰宅部の面目躍如、帰宅である。

HRが終わってからのイケジョは長い。駄弁ることに人生の楽しさがあるのだろうか。そうであればぜひ一度試してみたいが、友達がいなかった。無念。

カレカノとは、放課後に一緒に帰るという記事があったが、イケジョの中心人物である足立さんは無論、抜けるのが厳しいだろう。

そう理解した僕は、メッセージアプリで足立さんにまた明日ねと連絡し教室を出た。

廊下を進んでいる際に、追いかけてきたのかイケジョの一員である桐生さんから呼び止められた。


「遠藤さ、莉子と付き合ってんの?」


「え?」


「いや、莉子から告白されたんしょ」


突然の質問にあまり頭が追いつかない。

あれ?隠してたんじゃなかったっけ?

いや、同じイケジョメンバーには言ってたのか…?


「あ、う、うん。一応付き合うことになりました。」


しどろもどろになりながら、返答する。


「良かったじゃん!莉子可愛いから遠藤とは釣り合ってないけど、やったね!」


「…そうだね。ありがとう。桐生さん。」


「聞きたかったのそれだけ!んじゃ!」


晴れやかな笑顔を浮かべた桐生さんは、そう言って教室に戻っていった。


「…釣り合って、ないよなぁ」


そんなことは重々承知している。

足立さんと付き合うと決めた時点でこういう事は言われると思っていたけど、案外早いタイミングだった。



帰宅後、遥とご飯を食べ終わり、授業の予習をしていた際にメッセージアプリに通知が来た。


『明日、駅前に12時集合!』


足立さんからだ。




『了解です。明日楽しみにしてます。』




『(犬のOKスタンプ)』

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