第2話:人んちの前に制服JKが座り込んでいた!

◇◇◇



「夜になってもこの暑さ……まったくうだるぜほいほほーいっと」


 熱帯夜の町に、オレの軽薄さと暑苦しさがこもった声が吸い込まれる。

 郊外にある住処への帰り道は道沿いに小さな畑と家屋が建ち並んでいる小道。

 言っちゃあなんだが、夜中に「明日は明日の風が吹く!!」なんてデカデカとプリントされた半袖にハーフパンツ姿+サングラスの夜遊び若者の声は近所迷惑だろう。


 だが、誰も窓を開けてキレてくるようなことはなかった。

 それほど外はゆだりそうに暑くじっとりしていて、一寸でも冷房の効いた部屋から出たくないと思わせる。


 早く帰ってキンキンに冷えた飲み物でも煽りながら涼みたい!

 手持ちのコンビニ袋に投入された缶がまだかまだかと待ち構えているのだ!


 そんで眠くなったらさっさとお布団にダイブして、次の日を迎える。平日だろうが関係ない。大学生の俺は既に一際長い夏休みへ突入済みなのだから。


「さようならめんどくさい日常! こんにちは待ち遠しき自由の日々よ!」


 少しだけ酔いが残った身体を揺らしながら外灯の少ない道をテクテクフラフラ進んでいると、愛すべき見慣れたオンボロアパートが見えてきた。家賃がとても安価なオレの城(誇張)への階段を上るとギシギシと軋む音がする。いつもどおりなのだが、大分スリリングだ。


 壊れる前に大家さんに教えてはいるものの、一向に修理される気配がない。ま、めんどくさがる気持ちはわかるけど、階段が壊れて事故る前になんとかして欲しい。


 そんな割とどーでもいいことを考えていると、人間大のシルエットが目に入った。そいつは皆月晴兎の名前が入った表札もない、オレの部屋の前にいる。

 ホラー映画の人型怪異が呪い殺しにきたかと一瞬ビクッとなったが、


「……あん?」


 ぼんやりとした備え付けの外灯の下で目をこらすと、それは井戸に落とされた女の亡霊――ではなく体育座りでうずくまっている制服姿の女の子だった。


 だからといって事態が好転するわけじゃない。考えようによっては怪異を遥かに超える現実的な厄介ごとかもしれない。


 相手にバレないよう距離をとったまま、オレは様子を覗ってみた。


 女の子の顔は膝に埋まっているのであまり見えないが、背中にかかる長さの艶やかな黒い髪の子だ。


全体的にスレンダーでしなやかそうな肢体は運動をよくする人のソレで、妙に色気(えろす)を感じるのは胸・尻・太腿辺りの肉付きの良さからか。夜中のボロアパートに不釣合いすぎるセーラー服+スカートで、覗いている肌は小麦色。まさか水兵さんなんてことはないだろうが、どこぞの南国少女だと紹介されたら信じてもいいかもしれない。


 脇に置いてあるのは……合宿や修学旅行に持っていくようなドラム缶バッグだ。パンパンではないにせよ、多少の膨らみが保たれているのでそこそこ物が入っているもよう。


 よし、まとめてみよう。

 もし警察に通報するならこんな感じか。


『助けてポリス! ウチのオンボロアパート(オレの部屋)前に小麦色の肌をした妙にえっちな南国制服少女(おそらくJK)が座り込んでて困ってんだ!!』


 通報を受けた警察は、すぐさまオレん家(ち)前にさっそう登場。

 イカついゴリラみたいな警察官が任意という名の聴取にオレを連れていき、同行した婦警さんが女の子に寄り添い「もう大丈夫。反吐が出る変態ゲス野郎はもういないわ」と慰めて――。


 ははっ、我ながらなんて危険すぎる通報妄想なんだ。


 これでは怪しまれるのは百パーセント中の百パーセント、オレ自身だろう。

 あの制服少女が少しでもオレを陥れる嘘でも吐いた日にや、清廉潔白な一大学生男子はあっという間に性犯罪者扱いされるに違いない。


 ないわー、それはないわー。

 元々警察に頼る気なんかミジンコレベルにしか無かったが、今となっては完全に無の彼方へと消しとんだわ。

 

 脳内でそう結論付けた時、たまたま少女が頭を上げる。そのキリッとした目の縁には雫の欠片が輝いて見えた。

 

「泣いて……?」


 思わず反応してしまった際に力が入ったのか、触れていた階段のボロい手すりを構成する細い柱の一部がゴキン! と鈍い音をたてて折れてしまった。咄嗟に床に手をついたまではよかったが、コンビニ袋の中身である酒缶がガンガンガラン! と派手に転がり落ちていく。

 

 静かな建物内に盛大に響いたその音を聞きつけて、少女がこちらへと向いた。


 そのアクシデントによって、ハッキリとオレの瞳に彼女が映った。

 同時にオレが隠れて様子を覗う意味も消失する。


 ――――おいおいマジかよ。


「……そんなところで何してるのよ、晴兎」

「こっちの台詞だそれは」


 オレの名前をハッキリと呼ぶクールな声。

 泣いていたことを悟られまいと、ぐしぐしと制服で目元をぬぐってから一瞬で切り替わった美人なおすまし顔にチャームポイントの涙ぼくろ。

 

 どれもこれもが、見覚えがありすぎる程に知っているヤツの顔だった。


「まさかとは思うが、今日は遊びに来る日だったか?」


 一人暮らしの大学生の部屋なんぞ、友人知人にとっては格好の溜まり場だ。事前連絡もなしに立ち寄るヤツに心当たりがなくもないが……それがコスプレではなくガチの現役JK様となれば一人しかいない。


 とにかくだ。

 誰かに見られてオレが社会的に不利になる前に、コイツを移動させなければ。


「こんな暑いところで立ち話もなんだから、中に入るか」

「久しぶりに会った従姉妹相手には名前も呼んでくれないのかしら? まさか忘れちゃったわけじゃないわよね」


 忘れるはずがない。忘れられるわけもがない。

 オレに対しては基本強気で勝気な、気の置けなさすぎるクールな従姉妹様の名前なのだから。


「わかったわかった。わかったからそう責めるように睨むなよ真理那!」


 汐凪 真理那。

 それがオレの部屋の前に座りこんでいた、従姉妹の名前。


「睨んでるように見えるのはあなたにやましい事があるからかしら。主に女性関係だったりして……? ねえ、どうなの、晴兎」


 ゆっくりと歩み寄ってきた真理那の手が伸びて、パーの形でオレの前に差し出される。ふいにその動作――シークレットハンドシェイクなるものを懐かしく思いながら、オレは同じ形で出した手のひらをゆっくりと重ねあわせた。

 

「生憎、そんなやましい事が思い当たるほど爛れた関係は作れてないぞ。つか、わかってて訊いてるだろお前」


 そんなオレの言葉に『ええ、そうね』と応えるように、真理那は静かに微笑みながらまるで恋人繋ぎをするかのように、オレの手をキュッと握りこんでいた。


「そんな晴兎に報告したいことがあるの」

「おお、言ってみ」







「家出してきちゃった」








 オレの口から大分マヌケな「は?」の音が零れ、ハンドシェイクは逃がさないように強くなっていた。



 ◇◇◇


 「……で、だ。お前はなんで学校の制服なんか着てんだ? 新手の男性向けコスプレサービスでも始めたのか?」


 質問した直後、大きめのドラム缶バッグがオレの顔面にメショッとめりこんだ。

 今のはこうされても文句は言えない質問の類いだったので、特に腹は立たない。というか、それよりも先にテキパキと部屋の掃除をしている真理那が気になって仕方ないのだ。


 玄関前に座り込んでいた真理那を部屋に招いた直後、彼女は不愉快さとドン引き具合を微塵も隠そうとしないしかめっ面で室内をぐるっと一瞥した。

 端的に言って一人暮らしをしている大学生(♂)の部屋が綺麗に整っているなんていうのは幻想か、よほどのキレイ好きでなければありえないものだ。


 一家三人で暮らせそうなスペースがあるボロアパートの部屋は元々のボロさに拍車をかけて、中々の小汚さを演出している。


 取りこんでそのまま無造作に放置してあった洗濯物。

 雑に積んで今にも崩れそうな本や雑誌の山。

 テーブルの上には片づけないでそのままにしたペットボトルやインスタント食品の容器が残っている他、台所には黒いゴミ袋がパンパンなまま転がってる上に、小さなバケツ型ゴミ箱は丸まったティッシュでこんもりだ。


 結果、その惨状を目の当たりにした真理那の第一声は「お邪魔します」といった入室の挨拶ではなく「よくこんな部屋に普通に人を招き入れたわね、恥ずかしくないの?」という含みがたっぷりの、


『……きたなっ』


 という短くも的確な、身体の芯まで冷え冷えとする一言だった。


 言ったら言ったで、実家のある九州から東京まで移動してきた疲れがあったはずの真理那は、「コレはしないとダメね」と呟きながら掃除を始めたのである。


 ドスンバタンとゴミや汚れ物を一旦ひとまとめにして玄関辺りに寄せたあと、掃除機をマックスパワーでかけまくり、気になるところは雑巾で拭きまくる。ココが隣人のいないボロアパートでなければ大迷惑な掃除タイムは、迅速かつ確実にオレの見慣れた景色をピカピカにしていった。


「いやー助かるわ、明日になったら掃除しようと思ってたとこでなぁ。でも軽くで十分だからそんな真剣にやらなくてもいいんだぞー」

「私が我慢できないだけだから。それに……こうしてると楽しくなってくるものよ」


「掃除がか? 変わってるな」

「そうでもないわ。誰だって部屋が綺麗になるのは気持ちがいいし……それから、こういうのも発見できるものね?」


 手伝うと邪魔になるとわかっているオレが綺麗になったリビングで小さく座っていると、真理那が雑誌を顔の前に広げてみせてくる。

 まさしく、人様に見せられないアダルトなページが満載のお宝――エロ本だった。


「こういう本をその辺に出しっぱなしにするのはいかがなものかしら」

「そう言いながらエロ本をパラパラめくってんなよJK」


 従姉妹JKに性癖チェックされてるようでソワソワしちゃうぞ。


 内外問わずに真面目な態度で生活してるであろう真理那が、見慣れてるはずもないエロ本を興味津々でめくってる様子なんて見たら同級生に激震が走るのではなかろうか。


「うっわ……巨乳ばっかりね。あ、でもこっちはちっちゃいわ。え、なに、もしかしなくても節操なしなの? こっちは姉物だし、あっちは妹物だし、金髪ギャルもあるし、それに制服着てるのもひとつやふたつじゃ……」

「真理那よ。大きいとか小さいとかな、そんなに大事なことじゃねえんだわ」

「じゃあ何が大事なの?」

「そりゃお前、やっぱエロかわいさと感度――――」

「………………はぁ?」


 三桁字数に匹敵する侮蔑がこもった「はぁ?」だな、おい。


 いとこ同士のトークとしてはとても他人に聞かせられない類のものだが、オレと真理那に限ってはこんなの大したことじゃない。日常茶飯事は言い過ぎだが、よく発生する定番話の一部みたいなもんだ。

 

 この従姉妹のヒエラルキーではオレは下の方らしく、生意気な態度を取られたことは一度や二度では足りない。別段疎ましいものでもないため、好きにさせているオレもオレではあるかもだが。

 ……無自覚なだけで実は真理那の敬いゼロの態度が癖になってたりしてな。ハッハッハッハ。


「捨てるなら紐でしばって玄関口にまとめるわよ」

「少し惜しいから適当に避けといてくれ。目に入るのが嫌なら押入れにでも押し込んどくからさ」

「まあ、あなたの物だから好きにすればいいけど……次に私の視界に入ったら部屋から消えてるかもね」


 やれやれといった感じでエロ本の山を抱えようとする真理那だったが、不意にその身体が前方へとよろけた。

 原因は本の持ちすぎ+躓きのコンボ。


「おい!?」


 ビックリしたオレは反射的に支えに行ったのだが、この反射的行動が次のアクシデントを招いた。よろけた真理那はコケそうになったもののすぐに体勢を立て直しており、オレが慌てて伸ばした腕やら慌てて近づいた身体が真理那の背面に衝突してしまう。


「ちょ、ちょっと!?」

「げ」 


 ドーン! と勢いよくぶつかったオレは前のめりに倒れ、相手ごとまとめて床に倒れていく。受け身をとりつつそのままゴロゴロと転がるオレ。なんとか真理那がどこかにぶつからないようガッチリガードしたつもりだったが……。

 何の悪戯か。

 伝わってきたのはむにむにぽよよんとした明らかに男にはない柔らかいふわふわな感触だった。


「ひャあ!?」

「いっだあ!?」

「なんばしよっとねこんばかちん!!」


 悲鳴と同時に暴れた真理那のエルボーがオレのテンプルにゴキン! 

 目の前にチカチカと星が飛んだ。くっそ痛い。


「どさくさに紛れて人の体を好きにしようなんてこんケダモン! どうせなら男らしく正々堂々正面からかかってくる方がまだ可愛げがあるがね! いくら私があんたに対して許容範囲が人一倍デカいゆうても限度があるわ! (小声で)そ、そりゃあ家出してきた私には身体で返す事しかできないゆうても、もうちょっと手順と雰囲気ってものがあるじゃろ(ぶつぶつぶつ)」

「誤解すんじゃねえ! オレは襲いかかろうとしたんじゃなくて、コケそうなお前を助けようとしたんだよ! だが偶然とはいえパーソナルスペースを限界突破したのは謝るすまん!!」


 土下座せん勢いで頭を下げるオレ。これで少しは反省の意が伝わったかと思いきや、じと目の真理那はいまいち信用ならないといったご様子のままである。


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