第四十一話

「ここのところ今上帝も病がちで。みんな、お前のせいであろう? 清白きよあきよ。お前の中の穢れた血が、清原王きよはらのおおきみにも影響を及ぼし、病に伏せさせるのだ。二人が倒れたと聞いたが、なぜお前はぴんぴんしていて、清原王きよはらのおおきみはまだ床にいる? おかしくはないか? お前、穢れた血で、自分の父親を呪ったのではないか?」


「そんな……!」

 あたしはたまらず口を挟む。


 すると聖子せいこ皇后は今度はあたしに目を向けて、言った。

「……おぬしが宮子みやこか? ……ふん。東宮妃にはの、光子ひかるこがなることに決まっておったのだよ。おぬしはぽっと出て、東宮妃の位を簒奪したのだ。あの女のように」


「宮子を呼んだのはわたしです」

 清白王きよあきおうがあたしをかばうようにして、あたしと聖子皇后の間に立ってそう言う。

「それに、光子ひかるこは、皇太子妃の第一の候補であっただけで、確定していたわけではありません」


 聖子皇后は憎々し気に清白王きよあきおうを見た。

「……ほんとうに、そっくりじゃ。見れば見るほど、あの女に」


 清白王きよあきおう嘉子かこ皇后にそっくりであることは、聖子皇后の恨みを増したのだろう。もしかして、清白王きよあきおうが幼いころは優しくしようとする気持ちがあったのかもしれない。だけど、成長するにつけ、嘉子かこ皇后にそっくりに育つ清白王きよあきおうを見ていたら、もうどうしようもなくなったのかもしれない。


「せっかく、ふじの血を入れて、天皇家を建て直してやろうと思うたのに」

 光子ひかるこは聖子皇后の姪だった。


 聖子皇后は、今回のしゅに加担しているのだろうか。聖子皇后自身が黒幕なのだろうか。清白王きよあきおうが死ぬよう呪ったのだろうか。藤氏繁栄のため? それとも?


「天皇家の力が弱って来たところを、我が父が回復させようとしたのに。わらわはずっと努力してきた。当時皇太子であった清原王きよはらのおおきみの妃となるために。ひいては天皇即位後、天皇の夫人ぶじんとなり皇后となるために。わらわは文字の能力を持って生まれ、文字の力について学びもした。……それなのに」

 聖子皇后は唇を噛んだ。


 この方は、光子ひかるこに自分を重ねているのだろうか。

 恨みを重ねて重ねて。

 さらに、恨みをこんなにも長く抱いたまま生きてきて。

 ……さぞや、苦しかったことだろう。

 自分で自分に呪いをかけているのと、同じだ。解けない呪いだ。


「穢れた血が入っている清白きよあき! お前は皇太子には相応しくない。当然天皇にも相応しくない。わらわの息子、市原王いちはらおうが相応しい……‼」


 市原王のあどけない顔を思い出す。

 清白王を探して、「兄さま」と言っていた、あの愛らしい顔。

 市原王には清白王きよあきおうを退けて、皇太子になろうという意志はないように思えた。

 ふと見ると、高子王女ひめが唇を噛んでいた。

 ああ。

 きっと、市原王が生まれるまでは高子王女ひめに「おぬしが皇太子になるのだ」と囁いていたのだろう。市原王と高子王女ひめは年が離れたきょうだいだ。その年の差の間、高子王女ひめは繰り返し繰り返し、聖子皇后の恨みを聞いていたに違いない。


 皇太子に相応しいのはわたくしです!

 高子王女ひめの叫びが悲しく思い出された。


 聖子皇后は、もう一度繰り返した。

「穢れた血の清白きよあき、皇太子の地位を辞すのです! お前は皇太子にも天皇にも相応しくない‼ 藤の血が入った市原王を皇太子にすべきなのじゃ!」



 その瞬間。

 天が俄かに搔き曇って、暗雲が垂れ込めた。

 耳を刺す、鋭く恐ろしい声が聞える。


大異たいいじゃ! 穢れた血を持った人間が皇太子の地位に在るから、天帝が怒ったのじゃ!」


 勝ち誇ったような聖子皇后の声が、暗くて黒い中に響く。

 黒い空を見ると、大きな黒い鳥が飛んでいた。

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