第四話

 あたしはイケメンの屋敷にいる。

 神社のような雰囲気を持った大きな日本家屋だった。平安時代の寝殿造りに似た屋敷。


 ここは日本にとてもよく似ているけれど、日本じゃない。

たちばなの始祖の血を引く娘よ」

 だけど、言語は日本語に聞こえる。発音やイントネーションが少し違う気がするけれど、すっと頭の中に入ってくる。

「あの……ここはどこですか? あたしはどうして、ここにいるんですか?」

「わたしの妃となるために」

 よかった。どうやら、あたしの言葉は通じているみたい――じゃなくて! 妃って。


「あのう、妃って何でしょう? そもそも、年齢合わないと思うんです。あたし、妃っていう年齢じゃないと思います」

 あたしがそう言うと、イケメンはにこりと笑って――至近距離でこんな美人の「にこり」を見る日が来ようとは! ――「鏡を見るがいい」と言った。

 イケメンが目で合図すると、側に控えていた女官が神社のご神体になりそうな立派な鏡を持って来たので、覗き込む。

 そこに映っていたのは、三十歳のあたしじゃなかった。


「え⁉」

 若い! すごく若い! どう見ても十代のあたし!

「願いを叶えようと言ったぞ?」

「え? じゃあ、あたし、十六歳なの?」

「そう願ったであろう?」

「うん」まあ、そうだけど。

「ちょうどいい」

「え?」

「ここでは十六歳になったら成人と見なされ、婚姻が可能となる」

 イケメンはにっこりと笑う。

「え? 婚姻?」

「そう。わたしの妃となるのだ」


 ああ、なんだかもうキャパオーバーなんですけど。

 外見は確かに十六歳かもしれないけど、中身はしっかり三十歳だから、なんだか急にそんなこと言われても「イケメンと結婚! ラッキー!」とは少しも思えないのである。

「あの、事情を説明してくれますか?」



 ここは、あたしがいた世界の平行世界だった。日本とよく似たもとくに。日本と同じような条件下にありながらも、異なる発展を遂げた世界だ。


 緑は豊かで花が咲き乱れ、澄んだ空気と清らかな水を湛えた世界。科学技術ではなく、別の尺度で発展していった世界。時は緩やかに流れ、静けさが在り衣擦れの音さえ聞こえる世界――祖母に聞かされた、古きよき日本そのものだった。

 ただ、でも、日本と同じ――ではなく、決定的に違うことがあった。それは魔法ともとれる、不思議な能力が存在する世界であること。

 この世界は、文字を操る能力が存在し、その力でもって独自の発展をしてきたのだ。


「この筆が?」

「そう。己の筆で文字を書くことで、様々なことをすことが出来る」

 あたしがこの世界に来たとき持っていた筆は、文字の能力を発動させられるもののみが持つことが出来る、特別な筆だった。その筆で文字を書くと、魔法みたいな力が使えるらしい。

「そして、ヒメシャラがそなたの象徴花しょうちょうかとなる。能力があるものだけが持てるのだ」

 あたしはさきほど、幾つも幾つも舞っていたヒメシャラを思い出した。


 イケメンはいつの間にかヒメシャラの花を手に持っていて、それをあたしの髪に飾った。

「ヒメシャラは謙虚、そして愛らしさを表す。そなたにぴったりだ――下の名前を教えてくれないか?」

宮子みやこです。橘宮子。あなたは?」

 超絶イケメンに「愛らしさ」を表すヒメシャラがぴったりだと言われ、心臓が爆発しそうになりながら、中身は大人なんだから! と思い、動揺を隠して聞く。

「わたしは清白きよあき清白きよあきおうと言う。今上帝の長男で、皇太子の立場にある」

「皇太子さま!」

 ああ、確かにこの方は王子さまだ! と妙に納得する。


清白きよあき、と呼んでくれると嬉しい……」

「はい、清白きよあきおう。……清白王きよあきおう? 大丈夫ですか?」

 清白王きよあきおうの顔が真っ青になり、今にも倒れそうに見えた。

「問題ない――いや、問題しかないのだが。宮子どの」

 清白王きよあきおうがあたしの目をじっと見る。

「はい」

「世界を渡って来てくれて、嬉しい――わたしを、この世界を……どうか救けて欲しい」

清白王きよあきおう!」


 清白王きよあきおうはそのまま崩れ落ち、側に控えていた人たちが慌てて彼を抱き上げ、御寝所へと連れて行った。

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