第11話 写真撮影㈠

 諒には仕事の話題が出た時に社名だけは口頭で教えていた。初対面のような話し方だが、知らずにかけてきているとは思えない。依頼時に書いてあった名前、まことは、読み違いか。この電話番号は自宅用だろうか? 振り込みは依頼番号を入力してもらっているから偽名には気がつかなかった。

 

「はい。このたびはご依頼ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 一体どういうつもりなのかはわからないが、諒に合わせて自分も他人のようにふるまうことにした。

 依頼の前金は既にもらっている。もちろん断ることだって出来るが、それよりも諒がこんな行動をとった理由が知りたかった。

 また会うきっかけを作ってしまったが、今回は仕事だといえば自分への言い訳になるだろうか。

 それでも当日までは、待ち合わせの場所に別人が来ることを願っていた。



 しかし約束の日、時間通りに待ち合わせの場所へ来たのは、やはり諒本人だった。

「今日はよろしくお願いします」から始まり、お互い他人のように接している。

 内心では他人を装う諒にモヤモヤするし、一体、何の茶番だと聞きたくはなるが、仕事中という今の状態がそうさせているのか、案外冷静な自分がいた。



 今日の予定、まずはカフェで昼飯を食べながらの撮影だ。店には事前に連絡を入れて許可をとってある。


「オーディション、緊張しますか?」

「そうですね。久しぶりなので」

「初めてではないんですね」

「十代のころ、少しモデルをしていました」

「へぇ、凄い」


 この話は知っている。高校生の頃、都内へモデルの仕事をしてくるといって会えない休日があった。

そういえば、モデルはいつまで続けていたのだろうか。大人になってたまたまファッション誌を読んだ時に、どの雑誌にも諒の姿はなかった。


「今回は、モデルのオーディションを?」

「そうです。ファッションではなく生活雑誌ですが……あ、ご飯食べましょうか」

「そうですね。途中で何枚かシャッター切ると思いますが気にしないでください」


 会話をしながら、食事をしながら諒の写真を撮る。さすが芸能活動を経験している人間だ。撮影となれば普段より見られることに意識を向けているのだろう。どこを切り取っても自然な姿なのにしっかり絵になる。


 昼食の後は公園や住宅街で、散歩をしながらの撮影だった。

 ここでも出来る限り会話はする。日常写真の希望がある時は、相手の自然な姿を引き出すためにそうするカメラマンは多い。

 こちらを見ながら話していた諒の体が、がくっと揺れる。木の根につまずいたらしい。

 諒本人は驚いた後、恥ずかしそうに笑った。

 俺はその転んだ姿と照れ笑いする顔をしっかり写真に残した。それは今回の依頼の中で『自然体の写真を撮りたいので、もし自分が何か仕出かしてもありのままの姿で撮ってください』という希望があったからだ。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫です。……撮りました?」

「はい、しっかりと」


 諒は俺の返事に満足そうに微笑む。

 いまだに今日、偽名を使ってまで俺を呼んだ理由はわからない。ただ、この撮影は高校生の頃にした撮影ごっこをした時のようで少し懐かしかった。もちろんその時は、お互いにもっと砕けた会話をしながらだったが。



 今日は天気もよく、暑さも夏に近づいてきていた。散歩をしていると汗をかくが、良い風が吹いているからか辛くない。海から近いこの公園、風にのって鼻に届く磯の香がぼんやりと地元を思い出させる。

 しばらく撮影をした後、諒にそろそろ休憩をしようと提案して、場所は公園の奥の人が少ないところにあるベンチを選んだ。


「写真、結構枚数ありますよ。どれを使うか選んでもらう時間も欲しいので、撮影は後一時間くらいでどうでしょうか?」


 休憩のうちに、ノートパソコンで今まで撮った写真をチェックしていた。

 一日付き添うと言っても仕事は仕事、終了時刻は決まっている。事前の打ち合わせでは18時に解散することになっていた。


「わかりました。それで大丈夫です」

「では、残りの時間もよろしくお願いします」


 日が落ちてきて、吹く風から太陽の暖かさが消えて、冷えを含んだ夜の風へと変わっていく。

 今度は公園の先にある海沿いを歩きながら、撮影を続けた。


「今回、どうしてオーディションを受けることにしたんですか?」

「うーん、そうですね。最近、自分の環境が大きく変わったので、気持ちを切り替えたくて」

「気持ちですか?」

「はい。俺、結構格好つけてしまうんですよ。こういう自分を求めているんだろうなって思うと答えようとする」


 そう話す諒の顔は僅かに強張っている。緊張しているのだろうか。俺はその表情もしっかり写真に残した。


「そうなんですか」

「えぇ。そのことに苦痛はなかったんですが、ある時、人前でそういう気持ちが一切ない状態でいられる時があって。凄く楽だったんですよね」

「素でいることが楽だと気がついたと」

「そうなんです。それで、今回は昔と違って飾らない姿でオーディションを受けてみたいなって、需要あるかわからないですけどね。受けるのはただなので」

「オーディション、受かるといいですね」

「そうですね。昔、無理に笑わなくても格好いいって言ってくれた友達がいるんで、その言葉を信じてみます」


 それは昔、俺が言った言葉だった。

 いまだに今日の依頼がどういう意図なのかはわからない。しかしこれがただの撮影で終わらない気がして、自分にも僅かな緊張が走った。

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