第6話 宝物を増やしていく

 思い返せば、俺が諒と話すようになったのも写真がきっかけだ。


 あれは高校一年、確か秋頃。高校生向けの公募企画があった。テーマは自分の通う学校の紹介。

 俺がいたクラスはクラス一丸で何かをやりたがる人が多く、案の定誰かがそれに応募しないかと言いだしてすぐに話は盛り上がった。

 俺はクラスのそんな空気が苦手だった。誰かが話を持ってくるたびに、自分に重要な役が来ないように出来るだけ静かに過ごして存在を消していた。

 しかしこの企画は学校を新聞という媒体で紹介する必要があった。そんな理由から、クラスで唯一写真部に所属していた俺がカメラ係になってしまったのだ。

 次にモデルは誰にするという話になったが、みんなが当たり前のようにモデル経験のある諒を指名した。

 本人も特に断ることなく順調に話し合いが進もうとしている流れを、一人の反対意見がとめる。意見を言ったのは俺だった。


『学校紹介でモデルが目立っても意味ないだろ。何より似合わねぇ。津々井がモデルなら俺は撮らないから別の人にカメラ頼んで』


 確かそんな感じの事を言った。そもそもモデルがいるのか? という疑問もあった。意外な意見に驚いたのか諒は目を丸くしているし、教室の空気も凍った。

 当時から写真を撮るのが好きだった俺はこだわりも強かった。これが今のように仕事ならこだわりも飲み込んで取り掛かるだろう。しかしその時は学生だ。撮るなら公募のテーマに沿いたかったし、ただでさえ乗り気じゃない計画に疑問を残したまま協力する気はなかった。


『確かに。テーマは学校の紹介だから瀬野尾の意見に俺も賛成』


 教室の空気が重くなったところに助け舟を出してくれたのは、意外にも俺がモデルを断った諒だった。みんな、本人が納得しているならそれ以上不満はないと思ったのか、一瞬重くなったクラスの空気は和らいで、それならどうするかと再び話し合いに戻った。


『なぁ、俺を撮るならどんな風に撮るの?』


 その日の放課後、一人で昇降口まで歩いている俺に諒が声をかけた。

 諒と一対一で話したのは確かこの日が初めてだったが、俺はそれよりも前から諒の事を見ていた。

 写真部だった俺は、放課後校内をぶらぶらと歩いては、気になったものを写真に収めていた。そして、ふと校庭を見た時、サッカー部が試合形式で練習をしていた。その中で目に入ったのは、汗にまみれてボールを蹴る諒の姿だった。

 ボールを追う諒は、周囲を鋭い目で観察して声を張りあげていた。普段は優しい声色で話すのに、苛立ちすら現れている。

 そんな真剣な姿を見ていたら、いつの間にか自分の胸が高鳴っていた。

 普段、誰に対しても気さくに接している諒も確かに格好いいが、どこか違和感があった。きっとそれだけじゃない。もっと諒の素に近い表情を知りたい。

 

 今思えば、この時もう、俺は諒に一目ぼれしていたのかもしれない。

 

 俺は一枚だけ、遠くから諒の写真を撮った。

 その日から、俺が部活中にサッカー部を見る時間が増えた。

 諒をもっと写真に残したい。しかし撮るなら許可をもらわなければいけない。人を撮るときは必ずそうしていた。勝手に撮ってしまったのは、この間の諒の写真が初めてだった。

 諒の周りには常に人がいた。周りを囲む人達の中に割り込んでいき、写真を撮らせてくれと頼む勇気は俺にはなかった。




『夕暮れの空を背景に、笑っていない津々井の写真が撮りたい』


 廊下での諒の問いに、確か俺はこう答えたと思う。

 諒は快く引き受けてくれた。後日そのシチュエーションで写真を撮り、諒に写真を渡すと「大切にする」と喜んでくれた。

 俺は喜ぶ諒を見てほっとしつつも、きっとこれは気まぐれだ。撮影も会話もこれきりで終わる、そう思っていた。

 

 しかし諒はその後も、休み時間に俺のところに来ては、「次どんな写真撮る?」なんて声をかけた。

 最初こそ何のつもりだろうと警戒したが、そのまま関係は続き、いつの間にか諒は俺の事をセノと呼び、俺も諒と下の名前で呼ぶようになった。

 休み時間にシチュエーションを相談しては、休日に撮影する。

 俺にとって、諒との撮影ごっこは楽しい時間だった。諒も撮影を楽しんでいたと思う。そう、俺はただぼやいただけなのに、それいいね、と冬の海に入ってしまうくらいには。

 そんな撮影ごっこは、俺達が高校を卒業するまで続いた。

 

 諒と一緒に行動する時間が増えて、今まで遠くから見ていたぼんやりとした人物像が、少しずつはっきりしてきた。

 とにかく人付き合いが上手い諒は、誰かが計画を立てて誘いの声がかかると、即答で参加を決めるフットワークの軽さがあった。たまにはやりたくないこともあるようで、その時は相手の気分を害さないように断る術を持ち合わせていた。

 そんな諒のそばにいたから、瀬ノ尾も少しは見習えばいいのにと誰かが俺に言った気がするが、あいにくそんな事はする気は起きず、俺の敵を作りやすい性格は変わらなかった。


 諒の周りには常に人にがいるから、そばにいるのが辛い時もあった。

 誰にでも優しくして楽しそうに話す、そんな諒と付き合いたい女子はたくさんいた。俺はとてもじゃないが、そこに割り込んでいける気がしなかった。


 二人で写真を撮っている時間が一番幸せだったが、カメラ越しに見る諒に、何度、触れたくなったか、何度、キスをしたくなったか――。

 でも、諒が自分だけに笑いかける日は来ない。

 気持ちは全部、心の奥にしまい込んだ。俺が出来るのは、卒業するまで諒の姿をたくさん写真に残して、自分の宝物を増やすことだった。


 そう、卒業するまでだ。

 それ以上は、自分が諒に抱いた気持ちを、我慢出来る気がしなかったからだ。

 県外に出れば諒と会わなくなる。そうすれば自分の思いも消えていく。距離さえ置いてしまえば触れたい気持ちだって収まるはずだ。

 誰かに笑いかける顔を見て苦しむことも、もうきっとない。

 毎日学校で一緒に過ごすことが当たり前になっていた諒がいなくなれば寂しくなるが、それにもすぐに慣れるはずだった。

 実際、都内に出た後は寂しかった。しかし片思いから距離を置いたことによる解放感もあって、さまざまな感情が自分の中で入り乱れていた。自分の気持ちがわからなくなることもあった。

 それでも俺は、きっとこれで良かったのだと自分に言い聞かせて、写真に没頭出来る環境に集中して生きてきた。

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