第1話 失恋

 二十三歳の冬、俺は失恋した。


 当時俺はカメラマンの仕事をしていた。写真を撮るのが好きで、カメラマンになるのは幼い頃からの夢だった。

 上京して、学校を出て、会社に入り、ようやく仕事として写真を撮ることが出来るようになった頃、プライベートで撮った写真を公開しているSNSに、互いにフォローしていないユーザーから一通のDMが届いた。

 どうせ迷惑メールだろう。

 そう思いながら、ゴミ箱へ移す前に中身を確認する。

 仕事の依頼は会社のホームページを通してもらうようにしているが、たまにSNSからDMを使って依頼してくる人がいる。今までもホームページを通す手間を省く人からくる依頼は、大体、ろくな内容じゃなかった。無料で撮ってくれだとか、突然、明日撮影してくれだとか。大体は定型文で断って終わる内容だ。

 しかしそんな中でも、本当に稀に興味をそそる依頼がくる。そんな時は前向きなメッセージを添えて、会社のホームページを案内していた。

 今回届いたDMは、迷惑メールじゃないが喜ぶ内容でもなかった。送り主は高校時代の同級生、内容は同窓会の案内だ。

 正直、俺は同窓会とかそういったことは苦手だ。

 都内に出てから一、二年は、数少ない俺の連絡先を知っていた同級生が声をかけてくれたが、それも断り続けているうちに声はかからなくなった。二十三歳になった今、同窓会の存在も忘れていた。今ではもう、俺の連絡先を知っているクラスメイトにはいないはずだ。

 しかし最近はSNSを通じて昔仲良かった人と再会が叶う便利な時代で、会社のHPに所属カメラマンとして名前が出ている自分を見つけるのは容易いだろう。さらにアピールのためにこのSNSがプロフィールから繋がっているのだから連絡とろうと思えば出来る。

 

 今回の同窓会で珍しく声がかかった理由は、DMの内容を見ればすぐにわかった。DMには同窓会の知らせと共に、ある人物の結婚祝いについての案内が入っていたからだ。

 

 結婚するのは津々井諒。

 

 諒はクラス、いや、クラスどころか校外でも有名だった。学生モデルをしていたからだ。見た目が良い、性格もいい、友達も多い、いわゆるモテ男。

 そんな諒は学校生活でよく俺のそばにいた。

 自分で言うのもなんだが、当時から俺は写真にしか興味がなく、愛想も悪く、クラスの人とのかかわりも消極的だった。それなのに、なぜか学校の休み時間になると諒は俺の席に来て、どうでもいい話をしていく。恐らく、俺が学生時代一番一緒にいた相手だった。

 人気者の行動は目で追う人が多い。きっと諒の事を思い出すついでに、よく一緒にいた俺の事を気にしてくれたのだろう。




「諒が結婚するって」

「あぁ、知ってる。同窓会で結婚祝いもするんだろ。諒におめでとうって伝えて」

「瀬ノ尾、本っ当に同窓会来ないのか? お前、諒と仲良かっただろ」

「行かない」


 同窓会の招待に断りの返事をした数日後、送り主の同級生から電話で話そうと再びDMがきた。正直、気は進まなかったが、無下にするのも良くないと連絡先を教えて今に至る。

耳では電話の声を聞きながら、手は仕事で撮った写真の加工作業を止めずにいる。早くこの会話を終わらせたかった。

 しかしなかなか電話は終わらない。イヤホンから聞こえる声からは、かたくなに拒み続ける俺への不満が濃くなるばかりだった。


「悪いけど、本当に仕事が忙しい」


 なかなか引かない相手に断りの言葉を返し続けてようやく諦めてもらった時には、通話開始から一時間以上経過していた。丁寧に謝りなんとか穏便に終えた。

 終わってほっとしたのと同時に、つい深いため息をこぼしてしまう。まるで一仕事終えたかのように疲れたからだ。

 仕事が忙しいのは嘘じゃない。同窓会に参加するためには地元へ帰る必要があるけれど、今住んでいる都内から田舎に帰るにはそれなりに時間がかかる。会社に入って見習いから始めた写真の仕事は、最近、徐々に自分への指名が増えてきた。今は出来る限りの依頼を引き受けて固定客を増やしたい。時間が惜しくて、仕事を休んでまで田舎に帰る気にはなれなかった。


 それに俺には同窓会にいきたくない理由が他にもあった。

 机の引き出しをあけるとすぐに顔を出す。分厚い封筒。何度も開いているせいで、いい加減くたびれている。封筒の中から写真の束を取り出して、一枚、一枚、順番に見ていく。

 

 この作業を、俺はもう、何年、何回繰り返しているだろう。

 写真には、諒、ただ一人だけが写っている。

 

 高校のころから、俺は諒が好きだった。数年会っていない今でも、写真を見て会いたいと思ってしまうのだから今でも好きなのだろう。しかし諒は結婚する。

 届いたDMには結婚式の余興で使うから写真を撮って欲しいと個人的な頼まれごともあった。祝福の言葉といっしょに同窓会の写真を映像で流すらしい。

 

 好きな相手の幸せは喜ぶべきだろう。自分の中で過去になっていれば、俺だって今回の同窓会に行けたかもしれない。しかし俺は『行く』と答えることは出来なかった。

 まだ、過去の事として処理出来ていなかった。このDMを見て確かにショックを受けていた。純粋に諒の幸せを喜べない状態で祝うことなどできない。どれだけ取り繕っても、きっと顔に出してしまう。

 

 諒から直接、結婚の報告は来ていなかった。連絡手段を残してないのだから当然と言えば当然だが。諒は俺の性格をよく知っている。多分、俺が結婚祝いに行かなくても怒りはしない。それでも僅かな申し訳なさを抱えながら、結局俺は、同窓会にも諒の結婚式にも参加しなかった。

 

 最後の一枚の写真を見終わると写真の束を封筒に戻した。そして引き出しにしまった。

 もう、そのうち過去になるでは駄目だ。忘れなくてはいけない。

 俺はその日から封筒だけをしまったその引き出しを開いていない。

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