第7話 ななつ星③

「こちらをどうぞ」


目の前に置かれたグラスには、ほんのりと琥珀がかった液体が注がれていた。グラスの縁に雪のような塩の結晶が薄く積っている。

梅酒が甘く香り、良い匂いがする。

その酒の味を知りたいという欲求に尊は勝てなかった。

体調のことも一瞬忘れて、グラスを手に取った。


ゆっくりと、口を付ける。

途端、不思議なほど鮮やかに――頭の中に様々なイメージが浮かんでいく。

海の波の音、キンと冷えた清らかな水の流れ。柔らかな春の陽射しと、清浄な空気。

とても清らかな感じがした。

体の中に清流が流れていくような。

あ、と思わず声が出る。


「宮水……灘の酒?」


男が一瞬、驚いた顔をした。


「どこのお酒か、分かるんですか?」

「いや、一度、灘の美味しいお酒を呑んだ事があるだけで――詳しくは、ないんだ……けど……」

「――お客様?」


急に舌がもつれた。


「は……なん、だ、これ」

「どうかしましたか」


体が痺れる。自由が利かない。

訳が分からなくて目の前の男を縋るように見ると――

男は微笑んでいた。


「……思った以上に効き目があるな」

「!!」


ザッと体中の血の気が引くような感覚。


何だ、意味が分からない。

一服盛られた?

何で?

分からない、でも逃げなければ。


尊は慌てて椅子から立ち上がろうとしたが、力が入らず、床に崩れ落ちた。

男がカウンターから出て傍に立っていた。


「あんた……何を、した?」

「言っただろう。その客にふさわしい一杯を提供するのがモットーだって」


言葉遣いもまるで違う。一瞬で、危険な匂いがする人間になった。


「大丈夫だ。眠っていればすぐに終わる」


優し気な声が頭上から降ってくる。

腕を取られた。

意識が遠くなる。

抱き上げられるような感覚があったが、それきり尊の意識は途絶えた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る