学校3


 直接触れ合ってスタ吉の可愛らしさを体感したものの、それ以降も陽太はハムスター達には近づかないようにしていた。日直という免罪符がないと母への言い訳が成り立たないと思っていたからである。もう一度スタ吉の頭をなでてやりたかったが、いままで通りクラスメイト達が可愛がるのを遠くから眺めることで自分の欲求を満足させていた。


 しかし、子供というものは、いい意味でも悪い意味でも新鮮な出来事に心を奪われてしまうものなのだろう。二学期が始まって一ヶ月もする頃には、教室で飼っている二匹のハムスターを話題にする人はほとんどいなくなっていた。毎日のように授業で新しいことを習い、毎週のようにアニメのストーリーは進展していき、毎月のように新作のゲームやおもちゃが発売される状況下で、彼らにとってはハムスターのことなんてもはや過去の話に位置づけられていたのかもしれない。

 現に休み時間のたびにケージの中を眺めに集まっていたクラスメイト達も、日に日に減っていき、最近はときどき思い出したかのように様子を見に行く女子が数人いるくらいだった。その際も隅で丸まっているばかりのハム夫より、愛嬌のあるスタ吉のほうが可愛がられていた。

 日直のときのたった一回しか接していないため、教室内で一番ハムスターへの熱が冷めてないのはおそらく陽太だったのだろう。だからこそ、スタ吉に起こった異変にも陽太が一番最初に気づくことができたのかもしれない。


 その日、普段通りに登校し、後ろの棚にランドセルをしまうとき、陽太は違和感を覚えていた。その時間はスタ吉がカラカラと回し車の上を走っていることが多かったのだが、その音が聞こえてこなかったのだ。

 どうしたんだろうと思い、珍しくケージに近づいてみると、陽太は愕然としてしまう。いつも活発なスタ吉がケージの真ん中で横たわっていたのだ。寝ているだけではないのは一目瞭然だった。ハム夫のように丸くなっているわけではなかったし、なによりピクリとも動かないのにその黒い瞳はぱっちりと開かれたままだったのである。


「スタ吉!」


 陽太の声に、クラスメイト達はようやくスタ吉の異常に気づいた。ケージの周りを取り囲み、次々に悲哀の言葉を口にする。


「スタ吉どうしちゃったの?」


「まさか死んじゃったの?」


「嘘……。昨日の放課後は普段と変わらなかったのに……」


「スタ吉、かわいそう……」


「ハム夫も悲しいのかな。いつもより元気なさそうに見えるね」


「当たり前だよ。一緒に暮らしていた家族がこんなことになったら、誰だって悲しいよ」


 クラスがしんみりとした空気に包まれる中、誰かが職員室まで呼びに行ったのだろう。村田先生が神妙な顔つきで教室にやってきた。


「スタ吉の様子がおかしいんだって?」


 村田先生は、スタ吉を自身の手のひらに乗せて容体を確認する。しかし、すぐに小さく首を横に振った。


「……冷たくなってる。残念だけど、スタ吉は死んでしまったみたいだ」


 もうスタ吉の頭をなでてあげることすらできない。その事実に胸が痛んだ陽太は、顔を歪めながら村田先生に尋ねた。


「どうしてですか? 昨日までは元気だったのに……」


「先生も獣医さんじゃないから詳しいことはわからない。だけどね、飼い始める前に簡単に調べたところによると、ハムスターっていうのは体調が悪くても隠そうとすることがあって、昨日まで元気に過ごしていても翌日に突然死んでしまうっていうことも珍しくないそうだ」


「そうなんですか……」


「みんなもつらいかもしれないけど、生き物を飼育する上で、別れというのは避けては通れないものなんだ。そのことを踏まえて、これからは残されたハム夫のことをスタ吉の分まで可愛がってあげてほしい。それから、ちゃんと天国に行けるように、みんなでスタ吉のお墓を作ってあげようね」


 そう言う村田先生の指揮の下、一時間目の授業が始まる前に校庭の花壇の横に小さなお墓を作り、スタ吉の冥福を祈ってみんなで手を合わせることになった。小学生で死というものに立ち会った経験がある人は少数なのだろう。クラスメイト達は誰しもがショックを受けているようで、中には声をあげて泣き出す子もいた。

 陽太だって愛着がわいていたスタ吉が死んでしまったことは悲しい。だけど、それ以上に胸の内側がモヤモヤとしていた。ハムスターへの興味が時間とともに薄れていたはずのクラスメイト達が、自分と同じようにスタ吉の死を嘆いている様子に納得がいかなかったのだ。

 翌日から、クラスメイト達は村田先生の言葉通り、残されたハム夫のことをとても可愛がるようになった。ケージの周りに人が集まる光景は、まるで二学期の初日に戻ったようである。そんなクラスメイト達の動向を遠巻きに見ていた陽太は、一層やりきれない気持ちになっていた。

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