第十四話 海賊を叩っ斬る

魚と戯れた夜が明けて。


リベルは少女の隣のベッドで目を覚ます。

あの後、こっそりと戻って平然と寝ていたのだ。


当然の事だが、村民は彼女の行動など知るはずがない。

平和な村が、いつも通り平和なままなだけだ。


そう、その筈だった。


リベルは目を覚ました。


優しい日の光に包まれたのでも、隣で寝ていた少女に起こされたわけでもない。

外から響く喧騒に叩き起こされたのだ。


手早く着替えたリベルは、少女とその両親が家にいない事に気付く。

しかし響く声は、祭りの賑わいではない。


悲鳴と怒号が混ざる、戦いの声だ。


扉を開けて外に出る。

そこで発生していたのは、略奪だった。


「奪え奪えェ!邪魔する奴はぶっ殺せェッ!」

「ひいぃっ!た、助けて…………っ!」


反りのある舶刀カットラスを手にした無精ひげの男が仲間に指示を出す。

他の襲撃者は男の指示を聞いてか聞かずか、変わらず略奪に精を出していた。


男の足下では、腰を抜かしている村民。

自身の頭を腕で隠し、どうにか助かろうと命乞いをしている。


村中で同じ構図が発生していた。

唯一、中心地の広場では戦闘が行われているようだ。


人と建物だらけの村の中では、流石に斧は振り回しにくい。

とりあえずリベルは無精髭男を殴り飛ばして、空の果てへの旅をプレゼントした。


途中で数人の賊に地面と熱いベーゼくちづけを交わさせて、彼女は広場へと到達する。


そこには十人ほどの賊と、それに対峙する一人の剣士。

そしてリベルが一晩世話になった、あの家族がいた。


「一人でどうにか出来るとでも思ってんのかァ?」

「黙れ、海賊ごときがっ!貴様らなど、相手にもならんわ!!」


中年の剣士は傭兵、ここいる事を考えると村に縁者がいるのかもしれない。

なんにせよ、偶然居合わせて窮地にある、という事だ。


彼は強がっているが、既に身体中を負傷していて満身創痍。

おそらくは一角ひとかどの傭兵であろうが、数の暴力の前ではこうし切れない。


そして何よりも。


ドォォンッ!!!


耳をつんざく程の轟音。

そして、村の近くに土の柱が噴き上がった。


襲撃者は海賊だ。

沖合の船からの砲撃である。


とはいえ、仲間が略奪中の村に直撃させる気はない。

あくまで示威行為だ。


衝撃に村のあちこちから、更なる悲鳴が上がる。

もはや村民に抵抗する気など欠片も無い。


そして、リベルが世話になった家族もそれは同じだ。


「おとぉさぁん、おかぁさぁん………………っ。」

「大丈夫、大丈夫よ……。」

「お父さんが守ってやるからな。」


母が娘を抱き、二人を父が抱く。

海賊に抗する傭兵を背にする形で、父親は自身の家族を庇っていた。


「ぐぁっ!!!」


傭兵が叫んだ。

二人の海賊に斬りつけられ、胴と首から大量に出血してその場に崩れ落ちる。


村民で最後の抵抗者が倒れた。

海賊は下卑げひた笑みを浮かべながら、家族を守る父親に舶刀カットラスを振り下ろす。


しかし刃は、誰の身体も傷付ける事は無かった。

抵抗者はもう一人、村民以外にいたのだ。


「邪魔。」

「ぶげっ!?」


ただの拳打。

しかしその一撃は、顔面が歪んで首がねじれる程の威力だ。


捻じれた首に引っ張られるように、僅かに宙に浮いた海賊の体が錐揉きりもみ回転する。

首から上が血煙にならなかった事から、リベルは随分と手加減したようだ。


とは言え、そんな攻撃を受けて人体が正常でいられるはずがない。

高速回転した後に大地に転がった男は絶命していた。


「な、なんだ、このガ、ギャッ!?」


至近にいた海賊が驚愕の声を上げる前に、顔に拳がめり込んだ。

かなりの体格差がある男の体を押し返し、その後頭部が大地に叩きつけられる。


人間の頭から発生してはいけない、頭蓋と中身がシェイクされた音が響く。

対して、地面には大きな穴ぼこクレーターが発生した。


「な!?お、お前ら、行け!!」


残る海賊がリベルに襲い掛かる。


彼女と比べれば、圧倒的に体格で勝る海の男たち。

しかし、そんなものは生存とは関係無かった。


「ほっ。」


一瞬で懐に飛び込み、横蹴り一発。


喰らった海賊の体がの字に曲がり、体内で色々なモノが壊れる感触が伝わる。

そして大砲の球の如く、男は射出された。


広場から真っすぐ吹き飛び、海へと突き出す桟橋を超える。

数度海上を跳ね、盛大な飛沫しぶきを上げて人体が滅茶苦茶な回転しながら宙を舞った。


それに驚愕する間もなく、更に二人が同じ運命を辿る。

悲鳴を出す事は無い、認識よりも絶命の方が早いのだ。


広場にいた海賊は瞬く間に粉砕される。

男たちが全員、原型を留めているのはリベルの温情だ。


流石に子供が見ている前で、血と贓物をまき散らすわけにはいかない。

人間があり得ない形で絶命した光景がどうなのかは、彼女の知る所ではなかった。


海賊たちの引き揚げの声がする。

元々長居する気は無かったようだ。


寄せて返す波の如く、略奪品を手にして男達は小舟で帰って行く。

乗員がいなくなった舟を数そう残して。


村の中は嵐が過ぎ去った後のような状況。

人々の泣き声が村中から聞こえていた。


死者負傷者は多く、所々から火も出ている。

リベルは特に表情を変える事無く、淡々と救助を始めた。


無事だった村民を手伝わせて、死者負傷者を広場に集める。

一人数分、瞬く間に蘇生と治癒を行っていく。


一時間もする頃には、全員が家族と抱き合って泣いていた。

村民の誰もが、海賊を撃退した上に人命をことごとく救ったリベルに感謝する。


村の人口は減らなかったが、しかし建物はそうはいかない。

復興にはそれなりに時間が掛かるだろう。


リベルは桟橋へと向かう。

行動に気付いた傭兵が彼女を追って声を掛けた。


「どこへ行かれるつもりです。」

「ちょっと船旅。」


傭兵が引き留めようとする前に、海賊が置き去った小舟に乗る。

そして、水の魔法を発動させた。


舟を進ませる波が生じ、桟橋を離れて彼女は出航する。

波を鋭く切る舳先を沖へ向け、外洋へと去った海賊船を追いかけた。






三本マストで風を掴み、沖合を悠々と船が進む。

略奪品を満載した、海賊たちの母船だ。


十数人の死者など些細な事。

そう言い切れるほどの構成員を持つ、中々の規模の海賊である。


「中々大量じゃねぇか。はっはっは、湿気しけた村にしては貯め込んでやがったな!」


縮れた黒髪と黒髭、海賊船の船長に相応しい頑強な肉体と野獣のような鋭い目。

どこぞの商船から略奪したのであろう、その身なりは賊というには小奇麗だ。


船長は手下が運び込んだ戦利品を見てご満悦。

村の規模に対して物資が多かったのだ。


人間は略奪品には含まれていない。

騒動の種になりやすいモノを、わざわざ船に入れる必要は無いのだ。


必要があれば現地で調達して、その場で消費する。

そもそも人間に関しては、他の海賊や腐敗した領主から買えば良いだけである。


手下たちは早速、略奪品から酒を持ち出して騒いでいた。

それを止めるでもなく、彼も食料の中から腸詰ソーセージを掴み取って齧る。


沖合へ出た彼らが向かうのは、密約を結んでいる領主の土地。

利益の一部を渡す代わりに、領土の一部を根城とする事を認めさせているのだ。


浮かれているとはいえ、操舵手も見張りも自身の仕事をまっとうしていた。

海の上では一蓮托生、油断も隙も全員の生死にかかわるのである。


ゆえに彼らは決して見逃さない。

遠くから自身の船へと高速で向かってくる、一艘の小舟を。


「お頭!小舟がこっちに向かってきてやすっ!」

「んだと?」


見張りの言葉に、船長は望遠鏡を取り出し覗く。


映し出されたのは、舳先へさきが浮き上がる程の速度で海を走る小舟。

そして、それに乗る一人の少女だ。


「報告にあったガキか!お前ら、バカ騒ぎはそこまでだ!配置に付け!!」


船長の言葉に、酒をかっ喰らっていた手下たちは一瞬で素面に戻る。

十分に訓練された兵士の如く、彼らは自身の持ち場へと走った。


彼らの乗る船は三層に分かれている。

最下層は物資を納めている船倉。


第二層は片側三門の大砲を抱える武器庫だ。

そして最上層はマストが立ち、操舵手が舵輪だりんを操る甲板かんぱんである。


いち早く持ち場に到着した砲手が、大砲カルバリン砲に火薬と弾を込める。

真っすぐと突っ込んでくる小舟に照準を合わせ、点火した。


ドォンッ!


砲声と共に、その口から砲炎と鉄の弾が吐き出される。

弾丸は火薬の爆発力を受けて高速で宙を突き進み、低い放物線を描いた。


ドッパァァンッッ!!


海が悲鳴を上げ、水の柱が立ち上がる。

水煙が小舟をかき消した。


「うるさい。」


着弾によって生じた轟音を鬱陶しがりながら、リベルは小舟をなおも進める。


全く怯む事も、速度を落とす事もない彼女。

海賊たちは一切の油断なく、砲弾の雨を降り注がせる。


ドォンッ、ドォンッ、ドォンッ!


片側三門の砲が次々と火を噴く。


ドッ、ドッパッ、ドッパァァンッッ!!


着弾音は重なり、水の柱は壁のようにそそり立つ。

水煙が霧霞の如く、海上を白に染めた。


海賊たちは、水煙の向こう側を見ようと目を凝らす。

彼らの頭にあるのは、木っ端微塵になった小舟の残骸だ。


しかし、その想像は裏切られる。

小舟はまだ海上を突き進んでいたのだ。


「チッ、しぶといな。砲撃、合わせ!確実に当てるぞ!」


二階層の船員のリーダーと思しき男が指示を出した。

三門の砲は照準を合わせ、彼の次の声を待つ。


小舟はなおも直進。

砲撃を回避する、などという事は頭にないようだ。


ならば好都合だ。

敢えて撃たずに引き寄せ、確実に命中させる。


たとえどんな強者であっても、海に沈めば死あるのみ。

砲弾が直撃すれば、それで終わりなのだ。


小舟の速度と進行方向を考え、大砲の射程と着弾の予想を合わせる。

そして、それが重なった。


「撃てェッ!!!」

ドォンッ!!!


三門の砲の斉射せいしゃ

完全に一致した砲声は、海賊たちの練度の表れである。


砲弾は放物線ではなく、真っすぐリベルへと飛来した。

絶対の命中を重視した一斉射撃だ。


大型の軍艦ですら無事では済まない。

小舟などひとたまりもないのは明白である。


「いいね。」


真っすぐ自身へ向かってくる鉄の弾。

常人では見る事すら出来ぬ高速の弾丸を見て、リベルは笑みを浮かべた。


ドッパァァンッッ!!!


着弾音は一つ。

完全に一致したそれは、海に巨大な水柱を生じさせた。


小舟など欠片も残らない。

海賊たちはそう考えていた。


しかし。


「こういうのも楽しい。」


着弾によって生じた水柱。

それに小舟を載せて、リベルは上空に飛びあがっていた。


暫しの滞空の後、重力に従って海の上へと帰還する。

もはや海賊船は目の前だ。


「バ、バカな!?」


必殺の一撃を凌がれた砲手たちは驚愕した。


もはや小舟は、大砲が口を向けられる角度よりも下に在る。

これ以上の砲撃は不可能だ。


「くそ!お前ら、甲板に―――」

ばっがぁぁんっっ!!!


リーダーが指示を出すよりも先に、客人は来訪した。

小舟に乗ったまま、船の側面を備え付けられた大砲を破壊して。


「お邪魔します。」


破壊の勢いで滑り行く小舟から飛び降りて、リベルは言う。

乗り捨てられた相棒小舟は、もう一方の壁を突き破って海へと突っ込んで木片となった。


「ぐっ、うおおぉぉっ!!」


リーダーの咆哮と共に、二階層の海賊たちがリベルへと襲い掛かった。


どずんっ!

ばがんっ!

ずずんっ!


衝撃に船が揺れる。

見張り台に立っていた海賊は、必死に縁に掴まっていた。


甲板に立つ船長は、手下に下層の様子を見に行かせる。

しかし、彼は帰ってこなかった。


断続的に続いていた衝撃が不意に止まる。

先程までの轟音が消え、甲板は不気味な静寂に包まれた。


船体が生じさせる木擦こずれの音と、風になびく帆の音しか聞こえない。

海賊たちは固唾かたずを呑む。


その時。


どぉんっ!!

ばがぁっ!!!!


甲板の一部と、そこに立っていた海賊が吹き飛んだ。


何かが天高く飛び、そして落下する。

それは見張り台にいた海賊の頭を粉砕して、船長の至近に着弾した。


鉄の砲弾だ。

つまり、先程の音は砲撃音である。


大砲は備え付け。

真上を撃てるようには出来ていない。


それが甲板を破壊したという事は。

第二層の状況は悲惨なものとなっているのは明白だ。


「よいしょっ。」


破壊された場所からリベルが顔を出す。


その手には黒く長い鉄の塊、大砲の砲身だ。

備え付けられていたそれを力任せに引き千切ったのである。


そしてそれは赤に染まり、ぼたぼたと赤い滴を垂らしていた。

先程まで生じていた轟音の正体は、彼女の手に握られているものであった。


甲板に登ったリベルは、用済みになった大砲を。

無造作に投擲とうてきした。


どぱんっ!


舵輪を握っていた海賊に直撃し、舵輪と彼の上半身が消えてなくなった。

大砲の勢いは消えず、そのまま背後のマストに突き刺さる。


「なっ!?くっ、お前ら、ぶっ殺せ!!!!」


衝撃的な光景にも怯まず、船長は手下に指示を出す。


ここは海の上、逃げる場所などどこにもない。

目の前の襲撃者を排除する以外に、状況を打開するすべは無いのだ。


一斉に襲い掛かる海賊たち。

応戦するリベルに、村で見せた温情は何処にもなかった。


「ほいほいっ。」


斧がぐるぐると回り、石突に付けられた細い飾り布が軌跡を残す。

人体がバターの如く、容易に斬られて転がった。


「良い気になるな!水の槍アクアランチア!!」


船長が声を張る。


掲げた手の先には、マストの三分の一程度の長さの巨大な水の槍が出現していた。

渾身の力を込め、やり投げの要領でリベルへ向けて投擲する。


ボッパァァンッ!!!!


船の甲板を削り、船縁ふなべりを吹き飛ばした。


「へ、へへっ、どうだコノ野郎!」


槍が削った場所に、リベルの姿は無い。


それに粉砕されたのか、それとも海に落ちたのか。

どちらにしろ勝利だ。


そう、彼と手下は一瞬だけ考えた。


「あ、ぎぁっ。」


甲板に立っていた海賊の一人が、短い声を残して消える。

彼が立っていた場所には、人間がギリギリ通るような穴が生じていた。


「ひっ。」

「やめ。」

「がっ。」


次々と海賊が消えていく。

そして何の対応も出来ぬまま、船長は手下全てを失った。


甲板の大穴からリベルが現れる。

先程までの現象は彼女によるものだ。


「テメェ!うちの可愛い手下どもを、よくも!!!」


船長は舶刀カットラスをリベルへ向ける。


背後には、先程撃ち放った水の槍が四本。

彼は魔法にもけた、一角ひとかどの魔法使いでもあるのだ。


「うんうん、良いね。」


リベルは斧を出現させる。

四本の水の槍が、彼女へと襲い掛かった。


どっぱぁぁんっ!!!


剛撃一閃。

振られた刃が、容易く槍を打ち砕く。


そして斬撃の波は、槍の射手にも襲い掛かった。


「クソッ!!!」


自身の運命を悟って、忌々し気に短く一言。

それが彼の最期の言葉だった。


ずばりっ


船長の体が両断される。

それから少し遅れて、彼の背後にあったメインマストが真っ二つになった。


大木が倒れるようにマストはその頭を海へと倒す。

盛大な水音を最後に、船上に静寂が訪れる。


「おわり。ふぃー。」


わざとらしく腕で額を拭うが、やはり汗は掻いていない。


「さてさて。」


船はボロボロ、しかし何とか海を走る事は出来るだろう。


どこかの浜にでも座礁させるか。

そう考えていた、その時だった。


ズドォォォォン!!!


途轍もない衝撃が、船体を横滑りさせた。

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