第29話チンピラのお兄さんにしか見えません。

レイモンドと婚約破棄の猶予期間としての1年がすぎた。

今日は彼に会ったら、私は婚約を破棄して欲しいと申し出るつもりだ。


アカデミーの授業後フィリップ王子が私を邸宅まで送ってくださると言ったので、断るのも失礼に当たるかと思い馬車までエスコートをしてもらった。

彼の手に添えた私の手が緊張でかすかに震えているのが分かる。


馬車で彼と2人きりになっても大丈夫だろうか、ちゃんと自分は臣下であって彼に想いを寄せて良い立場ではないことを繰り返し自分に言い聞かせている。

だけれどもプラチナブロンドから覗く彼の海色の瞳を見ると、胸が高まってしまうのだ。


全ては10歳の時にレイモンドから不快な対応を受けた後、親切で優しく純真な美しいフィリップ王子に会い一目惚れしてしまったせいだ。

自分はあの初対面の時でさえ、彼に好意を持った自分が怖くなって走って横を通り過ぎるという失礼な行動をしている。

あれだけ失礼な対応や挙動不審な行動をしても、フィリップ王子は相変わらず私に親切にしてくれる。


馬車で邸宅まで30分はかかる。

私は彼と2人の空間にそれだけいたら、挙動不審になっておかしな感情に縛られるかもしれない。

間違っても好かれたいなどと考え、魅了の力を使わないようにしないとならない。

突然彼の前に跪いて騎士の誓いをたてたという前科があるのだから、おかしな行動を起こさないようにも注意しなければならない。


突然、フィリップ王子の手に添えていた手を掴まれた。

アカデミーに新手のチンピラが潜んでいたのだろうか、あまりの不躾な行為に驚いて振り返ると怒った顔をしたレイモンドがいた。

「エレノア、お疲れ様です。今から、街に出かけませんか?フィリップ、いつも私の婚約者がお世話になっているようですね。あなたに教えられるようなことは、私にも教えられるのでエレノアにはあまり構わなくて良いですよ。他の困っている生徒を助けてあげてくださいね。」

私の手を引いてレイモンドは自分に引き寄せる。

私が触れられるのは嫌だと言ったことを、また忘れている。


「兄上はアカデミーにいた経験がありませんよね。王宮の家庭教師は王族の視点でしか物事を教えません。ここでは王族に仕える臣下としての学びがあるのです。エレノア、困ったことがあったらいつでも僕を頼ってくださいね。」

上品に微笑んで優雅に去っていくフィリップ王子は誰がどう見ても王族のオーラがある。


「あの、今日は街で何かあるのですか?特にお祭りの日でもありませんよね。もしかして、今日が審判の日だから最後に変わった自分をアピールしようとしていますか?それで、そんなチンピラのような格好をしているのでしょうか?レイモンドは元々王家の紋章がついた礼服を着ていなければ、チンピラのお兄さんだと勘違いされてもおかしくない方でしたよ。」


礼服ではなく、カジュアルな格好をしているレイモンドはとても似合っていた。

街でナンパをしたら女性がついていってしまいそうな、危険な雰囲気を纏ったカッコ良いチンピラにしか見えない。

フィリップ王子が同じ格好をしていたら、不似合いだろうし王族がお忍びで街を視察に来ていると周りは思うだろう。


「馬車に乗ってください。」

私は突然レイモンドに軽々とお姫様抱っこをされ、馬車に乗せられた。

レイモンドは王太子としてアカデミーにいるような後継者達には顔が知られているので疑われないが、他所だったら誘拐犯だと勘違いされてもおかしくはない。

馬車に乗るとすぐに馬車は街のある方向に発進した。

この余裕のない早い動きも、誘拐犯と誤解されかねない。


「エレノアが考えているような邪な気持ちで、あなたを街へと連れていくのではありません。一度、何でもない日の民の暮らしをあなたと視察するべきだと思ったのです。普段は貴族としか接しませんが、サム国は多くの平民によって支えられています。彼らの普段の暮らしぶりを実際に知ることは大切なことです。」

レイモンドが私に真剣な瞳で訴えてくる。


「分かりました。レイモンドの言う通りですね。私もお祭りの時に街に行ったきりなので、普段の人々の生活を見るのはこれが初めてです。」


レイモンドの海色の瞳を見ると少し動揺が見られて、彼が嘘をついているのが丸わかりになる。

今日が私が彼と婚約解消をするか決めて良い日なのだからだろう。

思えば私に彼を暗殺するというカードがあるとはいえ、王族である彼が貴族令嬢に過ぎない私に婚約継続するかの判断を委ねてくれている。

出会った日に私を服従させようとした彼とは違い、私と対等な関係を築きたいという気持ちが伝わってくる。


アゼンタイン侯爵家はドレスなどを買う時も、デザイナーやお店の方が邸宅に来るので街に行く機会はほとんどなかった。

孤児院にいた1年間は結構うろついていたが、サム国がいかに裕福な国で活気がある場所かが分かる素敵なところで胸が高鳴ったのを覚えている。

だから、私は何でもない日の街を歩くのも人々のたくさんの幸せに出会えて好きだ。


「お祭りは誰と行ったのですか?その前になぜフィリップがエレノアを呼び捨てにしているのですか?」

矢継ぎ早に質問をしてくるレイモンドに私はため息が漏れた。

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