第25話私のことは本当に好きにはならないのですか?

「その通りです。確かにカルマン公爵邸は高い塀に囲まれていて帝国の要塞と呼ばれていました。私は逃げ出したいと思っても、とても逃げられないとその塀を見ては絶望していました。刑務所にするには向いている造りはしていますね。しかしながら、母親の実家を刑務所にするなんてアラン皇帝陛下はやはり恐ろしい男です。アーデン侯爵令嬢のような女神のような方ならば、慈悲深く彼の側にいられるのでしょうね。」


私の帝国での悪夢のような日々を終わらせてくれた、エレナ・アーデンのことを考えると胸が熱くなり私は思わず胸に手を置いた。


「エレノアはアーデン侯爵令嬢のことが好きなのですか?もしかして、そちらの方なのですか?」

レイモンドが私の様子を見るなり、少し驚いた顔をして尋ねてくる。

帝国の貴族は表情管理を厳しくて徹底しているのに、サム国の貴族は王族である彼でさえ表情が豊かだ。

サム国のそんなところも、私は気に入っている。


「レイモンド、そちらの方という言い方は適切ではありませんよ。言葉遣いも注意してくださいね。もしかして私があなたを好きにならないから、きっと私は女が好きなんだとでも思っていますか?だとしたら自意識過剰が過ぎますよ。実は、私を助け出してサム国まで逃してくれたのがアーデン侯爵令嬢なのです。彼女は私と初めて会った日の夜に私を誘拐してくれました。多くのリスクを負いながらも初対面の私を助けてくれて、私がサム国で生きるための道も用意しておいてくれました。私は彼女の提案を全く聞き入れず、孤児院に行くという決断をしたので嫌われたかと思ってました。でも、彼女はまだ私のことを気にかけてくれていたのですね。」

私はダンテ様からの伝言で彼女が私に帝国に戻ってくるよう言ってくれたことを思い出して思わず笑みが溢れた。


「明らかに恋をしている顔をしてますよエレノア。フィリップを好きだと言われるよりはマシですが、やはり嫌です。隣にいる素敵な美男子の私を見てください。アーデン侯爵令嬢はどんな提案をしてきたのですか?帝国の建国祭で彼女を見かけましたが、エレノアの言うような女神のような優しい人間には見えませんでした。確かに見惚れる程美しい方でしたが、気位の高さや性格のキツさが顔に出ていて近寄り難いと感じました。」

私の顔を覗き込みながら手を振ってくる彼は確かに美しい。

彼の海色の瞳には確かに恋する乙女のような顔をした私が映っていた。


「レイモンドは人を見る目がないですね。彼女はとても優しい人ですよ。彼女は私の適職として暗殺ギルドに入るか、サム国の伯爵令嬢になるかの選択肢を用意してくれていました。私の目の色で正体がバレるかもしれないと、目の色を変える道具まで準備してくれていたのです。それらを生意気にも全て断り、孤児院に行くと言った私を微笑みながら送り出してくれました。今、思うと彼女の提案にのっていれば、レイモンドに婚約者指名されるという罰ゲームからは逃れられていたかもしれませんね。」

彼女の提案にのっていたら、今の大切な人々には会えなかった。

だから、今の選択で正解なのかもしれない。


「罰ゲームだなんて酷いです。私と一緒になって良かったと思わせて見せます。私のこと本当に好きにはならないのですか?少しの望みもないのですか?」

彼が寂しそうな瞳で私を見つめてくる。

感情を少しは隠したらどうかと提案したくなるが、8歳も年上の彼が私に縋るような視線を向けてくるのを少し愛おしいと感じてしまった。


「好きにはなりませんが、好きなところはありますよ。怒らないところです。私はレイモンドにとても失礼なことをたくさん言っています。それらを怒らずに聞いてくれているので私はあなたといると話しやすくて、秘密をたくさん話してしまっていますね。」

私の言葉に彼の海色の瞳から寂しさが消えていく、この分かりやすさは愛おしい。

そんなことを思っていたら、不意に彼に抱きしめられた。

彼に触れられるのは嫌だと言ったのに、忘れてしまったのだろうか。

でも以前は不快で仕方がなかったのに、海風で少し寒かったからか暖かくて気持ちが良かった。

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