第22話人前で泣くのは恥ずべきことだ。

「3の15キロ太って小太りになるが一番良い気がしますが、実は私は太らない体質なのです。」

レイモンドは本気で生まれ変わる気があるのだろうか。

王宮の残飯でも食べあさってでも小太りになってみせるくらいの決意表明を私は期待していた。


「レイモンド、私はすでにあなたの人生が詰んでいることに気がついてしまいました。貴族令嬢の前で自分は太らない体質などというのはデリカシーに欠けるにも程があります。おそらく、あなたと食事をする際には貴族令嬢はあなたに合わせて食事を食べたでしょう。細いウエストこそ美しいと思われる令嬢達の社会で、まともに食事をしていたら美しさを保てません。あなたとの食事以外では彼女達は食事を抜いたり吐いているかもしれませんよ。あなたは自己評価が高すぎて、自分が弄んだ令嬢達に良い夢を見させてやったと思っているかもしれません。しかし、相手側からしたらとてつもなく恨まれています。王族にしては粗野な振る舞いも、自分の魅力の一つだと勘違いしてますね。手の届かないような品位のある振る舞いを心がけたほうが良いですよ。弄ばれたと気づいた貴族令嬢が後であなたとの思い出を振り返った時に、なんであの程度の男に夢中になっていたのかと憤慨すること間違いなしです。いつか、恨みに駆られなりふり構わずあなたとの関係を暴露したり、あなたを刺しに来たりする令嬢が現れるでしょう。」

帝国の貴族に比べて、サム国の貴族は王族であるレイモンドを含め厳しい教育を受けていない。

帝国の貴族は皮肉をこめた言動が多いのに対し、サム国の貴族は意外とストレートにものを言う。

私はサム国の人々のそんなところが好きだが、言動にデリカシーが足りないのは決して良いことではない。


「安心してください、エレノア。私は令嬢達とは食事をしたりはしません。それよりも、エレノアも食事を抜いたりするのですか?育ち盛りなのに心配です。」

食事も一緒にしないような令嬢達と関係を持っていることを恥ずかし気もなく伝えてくる彼の価値観は私には理解できなかった。


「ベットでの会話しかしていないのなら、レイモンドはすでに墓場に足を突っ込んでいます。私は夕食を茹でたブロッコリーにすることで対応しています。お優しい侯爵夫人からは心配されましたが、ブロッコリーの栄養価を説明することで納得して頂けました。それから育ち盛りなのに心配と言いながら私の未成熟な胸に視線を送りましたね、とても不快でした。アラン皇帝陛下の密偵がどこであなたの言動や行動をチェックしているか分かりません。サム国が帝国領となった時に領主になるためには品位ある行動を心がけてください。視線もとても見られていますよ。」


「エレノア、私の視線を不快に感じたのなら謝ります。それからサム国が帝国領にならずに王国として継続する道はないのでしょうか?私はあなたの言う通り自分はサム国の国王になるつもりでした。それ以外の選択肢の話を当然のように話されて実はかなり戸惑っています。」

レイモンドは王族にしては現在臣下という立場の私の話をよく聞いたり、謝ろうとしてきたりする。

彼は戸惑っているようだが、国王にならない人生も歩める力があるのは間違いない。


「帝国領にならずにサム国として生き残るのは非常に難しいと思います。レイモンドは私の魅了の力を利用して、なんとかできないかとか考えていますか?だとしたら、その期待には応えられません。先程お会いしたダンテ補佐官も明らかにずば抜けた知能を持っていて魅了の力が効く相手ではありませんでした。帝国は帝国領にした元他国から身分関係なく能力主義で優秀な人材を集めています。おそらくそれらの人材に対して私の魅了の力はかかりません。」

レイモンドが子供の私を繋ぎ止めようと必死なのは、私の魅了の力を過剰評価しているからだ。


「エレノア、私はあなたを利用したくて一緒にいたがっているのではありませんよ。そこだけは誤解しないでください。あと私の何が不快かも遠慮なく言って頂いて大丈夫です。あなたにとって魅了の力は嬉しいものではなく、持ちたくなかった能力だということも理解しています。」

私は自分が魅了の力を持ったことで悩んでいたことを、言い当てられて思わず泣きそうになったのを堪えた。

魅了の力を持つことの悩みなどに共感してくれる人間など現れないと思っていたからだ。


「エレノアは決して涙は見せてくれないのですね。涙は女の武器だと思うのですが。」

レイモンドが私の頬に触れようとして、その手を引っ込めた。

私が彼に触れられるのが不快だと言ったからだろう。


「帝国貴族は決して人前で涙を見せてはいけないと教えられています。それに泣いて相手を困らせて気を引くのは、安い女のすることです。そんなことで人の気持ちを得ることは絶対にしたくありません。」

私は野良猫だけれど、帝国貴族の価値観を持った野良猫なのだ。

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