第7話 簡易調整

昨晩は期待の余り少し呑みすぎてしまったようだ。おかげで、それなりの二日酔いである。本来ならば自然に任せて回復させるのだが、今日はそんな事も言っていられない。早速、魔法を使ってこの不愉快な気分を解消する。何せこれからの何年間、魔使具で苦労するかどうかの大事な節目に当たりそうな日なのである。後悔のない万全の態勢で臨みたい。


昨日、思いもよらず巡りあった魔使具屋での簡易調整。いったいどんな事になるのだろうか。期待と不安を胸にザーレント通りの「ガドゼラン魔使具店」へと足早に向かう。


昨日は夕闇の下りる頃に尋ねたのでいまひとつわからなかったが、明るいところで見ると、いや、ほんとに商売をやる気があるのかという店構えである。むしろ、ある意味すがすがしい。


客を拒んでいるといっても過言ではない重厚な扉を開けると、昨日接客してくれた娘が早速出迎えてくれた。


「あ~、来てくれたんですね。良かったぁ~。気を悪くしたんじゃないかって、心配してたんですよ~」


若者らしい、屈託のない笑顔が心地よい。


「いや、本日はどうぞよろしくお願いします。それで簡易調整をしてくれる方は……」


はやる気持ちを押し殺しているのが自分でも分かる。あ~、早く簡易調整してくれ~。


床を踏みしめる重苦しい響きと共にこの家の主人、頑固職人を絵に描いたような髭面のオヤジが奥からあらわれる。こちらが会釈をするのを一瞥し、作業場と思しき方に向かって、


「おおい、ネリフォン! 簡易調整だ」


低く威厳のある声が、店の奥へと突き通る。


こんな親方の下で働こうなんていうのは、一体どんな奴なんだろう? まぁ、このオヤジに負けず劣らずゴッツイ感じの奴なのかなぁ。


「はーい、ただいま」


聞こえてきたのは意外にも大変澄んだ美声であり、奥からそそくさと出て来たのは、接客の娘と大して変わらぬ年齢の若者であった。線も細く、あの親方にぶん殴られでもしたら、通りを越して向かいの店まで吹っ飛びそうである。


「あ~、いらっしゃませ。昨日は不在にしておりまして失礼致しました。簡易調整をさせていただく、ネリフォンと申します」


物腰も柔らかで、嫌味のないたたずまいである。これまた逆の意味でパンチを食らわされた感があった。


店舗の裏庭にある調整場に通され簡易調整が始まった。調整の仕方は或る種の企業秘密となっており、表からは見えない場所で行われるのが習わしである。そして調整を受ける者も、その様子を他言しないというのが暗黙の了解となっていた。


もし他に漏らした事がわかると、どこの魔使具屋でも相手にされなくなるのがわかっているので、殆どの者は滅多な事では口外しない。


今回、調整する魔使具は「射光機」と呼ばれる、まぁ簡単に言えば暗闇で使うライトのようなもの。大きさは様々であるが、近くダンジョン探索の依頼が入っているので、その時の事も考え携帯できる小型の物を選んだ。


またこれは偶然なのだが、職人の腕をはかる時、射光機はうってつけの魔使具なのである。いっけん光を放つだけの単純な魔使具だけに、その調整結果は職人の腕に左右されやすい。


一般人が使うスイッチ付きの射光機は、2~3段階の決められた強さの光を発し、射光のピントも長短2種類程度にしか調整出来ない。しかし魔法使いは魔力をコントロールする事が出来るので、射光機の性能ギリギリの弱い光から最大限の強い光までを無段階に調整出来る。また照らす距離も射光機の性能をフルに活用できるのだ。


しかしそれを迅速かつ滑らかに行うためには調整が欠かせない。それぞれの魔法使いによって、魔力の流れには個性があるので、魔使具とぴったりシンクロさせるのは意外と難しいものなのだ。


調整場の窓を暗幕で覆い、射光機とボクの魔力のすり合わせが始まる。


実のところ、ボクは少し心配になっていた。人を見た目で判断するのは良くないが、このネリフォンという若い魔使具職人、若干の頼りなさというか、いかにも青二才という雰囲気を醸し出している。


もしかしたらこの若者、実はここに弟子入りしたばかりであり、本来なら2~3週間もしたら、あの頑固オヤジに嫌気がさして、夜逃げでもしているのではないだろうか。


大丈夫かなぁ……。


しかしその心配も、昨日同様ボクの杞憂に終わった。


まず職人が魔法使いの魔力の流れを測定し、とりあえずそれに合わせた調整をする。大抵の場合、一度目の調整では満足には程遠い。いわば調整のための叩き台を作るようなレベルにしかならないのが普通である。


しかし彼の調整した射光機を使ってみると”全く使えないって事はないかな”といえるレベルまでいきなり出来ているのである。こんな事は今までの人生で数えるほどであった。しかもその時の職人たちは、若くても中堅どころである。


こちらもなめられてはいけないので、驚きを悟られないように淡々と注文を出していく。ネリフォンはこちらの言う事を使い古した布のように、あっという間に吸い込んで的確に調整を進めていった。


大抵はこちらの言った事の半分もわかってくれれば上出来であり、その繰り返しで調整を完了させていくものなので本当に驚きである。


そしてボクが予想していたより、ずっと短い時間で調整が終わった。しかもその出来が尋常ではないのである。通常、魔使具の本調整は、荒調整、中調整、微調整、最終調整の四段階で行われ、中調整に一番時間がかかる。それゆえ、簡易調整はせいぜい中調整の最初の段階辺りまでで完了するのが普通なのだ。


しかし今ボクの手にある射光機は、微調整の初めくらいの状態にはなっている。下手な職人であれば、これで本調整完了とのたまう場合も珍しい事ではない。


当初、彼を見くびっていた自分の愚かさに大反省である。

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