第2話

『早く終わったから、先に部屋に行ってご飯の準備してるね!』


 そんなメッセージを受け取ったのは、鹿肉ハンバーグを食べてからひと月以上経った頃。

 できれば一緒になりたいと考えている彼女には、とっくに部屋の合鍵は渡してある。

 今日彼女はまた、有給を取ってハンターの友人の狩りに同行すると言っていた。その狩りが、予定より早くに終わったらしい。


『今日のおかずは、ハンバーグだよ♪楽しみにしててね!』


 だから、続いて受信したこのメッセージには、小躍りして喜んだ。

 今日は何の肉でハンバーグを作ってくれるのだろうか。

 また、鹿肉だろうか。あれはあれで最高だったが、彼女が勧めるのなら他の肉も食べてみたい。

 彼女の友人のハンターから分けて貰える肉であれば、おそらく獣臭さはほとんど無いだろうし、それに彼女が料理すればどんな肉だってそれはきっと、最高のハンバーグになるに違いない。


 だが、いつも以上に張り切って仕事を終わらせて家に帰った俺は、まず違和感に襲われた。


 なんだろう……


 その理由は、リビングに入ってすぐにわかった。いつもケージから飛び出さんばかりの勢いで俺を出迎えてくれるダックスフントとブルテリアの姿が見えないのだ。


「あれ……」


 その時、「おかえりなさい」とキッチンから出てきた彼女が、俺の言いたいことに気づいたのか、こう言った。


「お出迎えが無いと寂しい?でも、ごめんなさい。私がここに来たらケージから飛び出してしまいそうな勢いで飛びかかろうとしてきたから怖くて……申し訳ないけど他の所に行ってもらったの。あなたがいない間にまた噛まれたら大変だから」

「他のところって」

「あっ、いけないっ!焦げちゃう!」


 パタパタと小走りに、彼女はキッチンへと戻っていく。キッチンからは肉の焼けるいい匂いが漂っていた。その匂いに惹かれるようにしてキッチンへ向かった俺は、床の片隅に、固く口を縛ってある大きめの黒いビニール袋を見つけた。


 なんだ、あれ?


「まだ出来ないから、先にシャワーでも……」


 言いかけた彼女が、俺の視線に気づいたのか、イタズラを見つかった子供のような顔をする。


「ケチャップの蓋、開けようとして失敗して思い切り被っちゃって。あれだけベッチョリついちゃったら洗濯しても取れないだろうから、全部捨てようと思ってそこに。ついでに先にシャワーも浴びちゃった」


 ハンバーグのソースに、確かに彼女はいつもケチャップを使っていた。うちのケチャップは瓶タイプだから、なかなか開かなくて思い切りぶちまけてしまったのだろう。

 彼女の言う通り、彼女の顔は化粧をすっかり落としたスッピンだったし、着ている服も家に置いてあるルームウェアだ。


「ね、もうすぐできるから、あなたもシャワー浴びてさっぱりしてきて」


 彼女に促されるようにして、俺はキッチンを後にし、シャワールームへと向かった。

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