姿も心も真っ黒

 宙を舞っていた全ての粒子が収束する。

 その瞬間、収束した場所に新たな魔法少女が誕生した。


 

 上半身には胸元が開いた肌全体に密着しているブラックのスーツ。そこに肩から胸、腰回り、背中に至るまでの各部に禍々しさを放つブラッドレッドの装甲が装着されていてる。 

 肩の装甲の上からブラックの小型シールド、肘にはフィンガーレスのガントレットを装備。

 背中には全体を覆うように装甲が装着され、その上からランドセルを小型化したような下部にスラスターを搭載した長方形の装甲を装備。

 胸には装着された装甲の上から重なるように、排気口が付いたブラックの装甲が装備されている。

 頭部には先端が尖った菱型ひしがたの耳当て、長く伸びた艶めく黒髪は、パープルの髪留めでポニーテールの髪型にまとめられている。


 一方の下半身は動く度にヒラヒラとなびく足先まで伸びたロングスカート。ブラックを基調としながらも、所々に多数の細かな装飾が施されている。

 腰周りの装甲から太もも、臀部をカバーするように足先に向けて装甲が伸びており、どちらもロングスカートと一体化されていて、ロングスカートの下には、膝上から伸びるブラッドレッドのソルレットを履いている。

 


 そのシルエットはまさに黒一色。

 テレビや漫画に登場する正義の魔法少女のイメージとはかけ離れたものだった。

 どちらかと言えば正義の魔法少女ではなく、その対面に出てくる敵に見える。

 

「…………………」


 横にいるペルペルも長い耳を組んで微妙な顔をしている。思ってたのと違う…って感じの顔だ。

 見れば見るほど戦闘に特化しているようなデザイン。これじゃない感が拭えない。


 肝心の美香本人は、部屋にある全身鏡の前に移動して、色々とポーズを取って衣装を確認している。


「なぁ、ペルペル…これってどうなの?」

「ハッキリ言うなら、全くの予想外です…」

「予想外?」

「えぇ…魔法少女の衣装というのは腕輪を使用した本人の心を具現化して作られるのです…ですから美香さんは…」

「真っ黒って事?」

「うーん……」


 つまり美香の心は、この衣装のように真っ黒ということか…

 幼馴染の飲み物に何か盛って寝込みを襲おうとするようなやつだし、俺が知らない間にTシャツや下着を回収するような変態的な所もある。

 思い返してみれば、真っ黒な所しかないような気がしてきた。


「りょーくん!」

「ん?どうした?」


 自分が着ている衣装の確認が終わったのか、美香が俺の名前を呼んだ。

 胸元が空いてるデザインのせいか、美香が前屈みになると谷間が見えて少しエロい。


「りょーくんはこれどう思う?私に似合う?」


  似合うか似合わないかと言われたら似合っている。黒を基調としたデザインが美香本人のスタイルの良さと相まって統一感が出ている。

 

「似合ってる…と思う……」

「そっか!りょーくんが言うなら間違いないね!」


 そう言って美香はいつもの用に抱き着いてきた。

 所々尖ってるし、その格好で迫ってくるのは少々危険な気がするのだが……

 そう思って美香を受け止めた時、違和感に気づいた。


「え………」


 いつもなら真正面かれ突撃してくる美香を受け止めて…というのがいつもの流れだ。

 というか受け止めないで避けたり止めたりすると美香は物凄く怒る。とにかく怒る。只でさえ面倒な女がその十倍は面倒な女にランクアップするのだ。

 家同士が近いのに『今日は泊まる』と聞かなくなる。無理矢理家に帰らせても美香が寝落ちするまで電話を繋ぎっぱなしにしないと許してくれない。

 でも今回は違った。


「んぐっ…!」


 受け止められなかった。

 美香のパワーがいつもと比べ物にならない程強かったのだ。

 俺は勢いそのままに倒されてしまう。美香は馬乗りの状態になり俺の手を上から抑えつけている。

 とりあえず上体を起こそうとするが体が全く動かない。微動だにしないのだ。

 

「あの…み、美香?」


 美香は不思議そうに俺を見つめている。

 いや、これ分かってる。こいつ分かってやってるわ。俺を見る目が徐々に獲物見つけた時の狩人の目になってる。


「美香?一旦離れて…」

「……………………」


 美香は俺の言葉を無視した。

 どれだけ力を入れても状況は変わらない。それどころか俺を抑える美香の力は徐々に強くなる。

 ハァハァと息は荒くなり、獲物を見下ろす目は据わっていく。

 

「み、美香?聞いてる?」

 

 彼女は困惑していた。

 何年も前から自分が恋焦がれる男。

 人の好意に気づけない朴念仁。本当は気づいているが、無駄に貞操観念が硬いせいで自分に手を出さないだけかもしれない。

 そういう事が目的でやっていた訳ではない…が毎日のように年頃の幼馴染が部屋に来て隣に座り密着しているのだ。

 少しくらいそういうアクションや反応があってもおかしくないはず…

 どれだけ焦らせば気が済むのだろう…

 

 押し倒してやりたい。


 そう何度も思った。だが出来なかった。

 理由は簡単。

 中学まで運動部に所属していた彼と、昔からずっと彼に引っ付いていただけの彼女では力の差があり過ぎるのだ。

 仮に押し倒しても押し返されて有耶無耶にされてしまうのは分かっている。

 我慢できなくなり眠らせてしまえば…と考え睡眠薬を仕込んだが、結局突き飛ばされて失敗してしまった。

 彼に突き飛ばされたあと正気に戻った彼女は困惑した。 彼に嫌われると思ったからだ。

 今まで彼に手を出さず我慢してきたのは、力で勝てないという理由もあるが、一番の理由として嫌われたくないという気持ちが強かった。


 彼女と彼は付き合っていない。

 昔からの幼馴染。その関係のままズルズルと今の今まで来てしまった。

 自分は重くない。それは確信している。

 自分は可愛い。 それも確信している。

 告白しても彼は受け入れてくれるはずだ。

 でももし、もしもが無いとも限らない……

 

 彼に拒絶されたら彼女の精神は簡単に壊れてしまうだろう。それだけ彼は彼女の全てなのだ。

 無理矢理自分のものにできない。手篭めにできない。その焦れったさをこの十数年抱えて生きてきたのだ。


 そんな彼を今、押し倒している。

 いつもの彼なら簡単に押し返すはず…だが押し返されることは無い。感覚としてはいつものハグをする時より弱い力なのに。

 もしかしたら彼は起き上がらないのではなく、起き上がれないのではないか…

 彼が押し返そうと抵抗する力は感じる…だがその抵抗すら、自分が少し力を込めるだけで簡単に抑え込むことができた。


 その戸惑いは確信になり、確信は興奮になる。

 

 解ってしまった。

 彼は私に勝てないと言う事を。


「りょーくん…抵抗しないの?ねぇ?」

「くっ………」


 心臓の鼓動がうるさい。

 夢にまで見た景色。

 彼を完全に…完膚なきまでに制圧している…

 

「りょーくん…りょーくん…りょーくん……」

「駄目だって…美香っ……」


 もう私は止められない……

 このままりょーくんを食べてしまおう。

 今の私はりょーくんに全てで勝ってる…

 もう他の女に取られないよう、ずっとついてる必要も無い…だって私から逃げられないんだから…

 取り敢えずキスしよ…舐るように……

 そして私はりょーくんの唇に口を近づけ…


「ストップ!!!!」


 私の目の前に白いゴミみたいなのが飛んできた。

 せっかく良い所だったのに……


「美香」


「………うん…」


 美香は不機嫌そうな渋い顔をしながらも、凌羽から手を離し腹の上から退いた。


「腕輪を外せば変身が解除されます」


 ペルペルが渋い声でそう言った。

 凌羽が美香の腕輪に手を伸ばす。

 美香は少し渋っていたが、最終的には自分から右腕を差し出してきた。

 右腕に付いた腕輪を外した途端、魔法少女の衣装が真っ黒な粒子となってあたり一面に拡散した。


 美香は下を向いて黙っている。

 部屋の中に沈黙が走って、いたたまれない雰囲気なってしまった。

 

「きょ、今日は帰るよ…」


 この雰囲気に我慢ができなくなった故の発言だった。

 真っ黒な魔法少女になった美香には勝てない事は少しの時間で分かった。分からされたのだ。

 ペルペルが途中で助けてくれなければ完全に食われていただろう。それほど先程の美香は怖かった。

 一ヶ月前、襲われそうになった時と比べ物にならない。あれは獲物に目標を定めた獣の目立った。今思い出しても鳥肌が立ちそうだ。


 早めに退散しよう。

 美香から回収した腕輪も持っていこう。俺自身ががある意味で危険になりそうだからな。

 美香は黙っていた。俯いて下を向いていた。

 美香の部屋を出る時、ペルペルが美香に近付いて何か言おうとしていたのが横目に見えた。


 部屋に帰ってから考えた。

 明日美香会ったら最初になんて言おうか…

 スマホを開いても、美香からの電話もメールも来ていない。今日の事は相当参ってしまったのだろうか……

 まぁ、一晩経てばいつも見たく「りょーくん来たよ〜」って家に来るかもしれないしな。

 美香に見つからないよう、腕輪は俺のベットの下に隠しておいた。

 寝る前に頭の中に美香の事が浮かんだが、少し経ったらスヤスヤと眠ってしまった。




 次の日、下半身に重みと違和感を感じて目が覚めた。

 下を見ると、身体に掛けているブランケットが盛り上がっている。

 恐る恐るブランケットの中を覗いてみると…


「あ、りょーくん♡。起きたぁ…」


 真っ黒な衣装に身を包んだ幼馴染が、俺のアレを咥えていた。

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