第34話 歴史に挟む栞


「おーい。お主のことじゃぞー」


いつの間にか目の前に立っていた女性は折り曲げた中指に力を溜めていた。


「あ?」


気づいた時には遅かった。


乾いた音を響かせたと思ったら額に痛みが走った。


「いきなり何するんですか!」

「あっはっはっ! そんな顔するでない。せっかくの美形が台無しじゃぞ?」


会って早々デコピンされるとは。


何なんだこの人。


「『放界の導き手コネクタ』。『魔大戦』においてガブリエルらと共に魔王ゼフィールを討伐した五大賢者の一人、ダニエラ・デクストラじゃよ」

「ダ、ダニエラ・デクストラですって?!」


俺が驚くよりも先にフランが声を上げた。


口をあんぐり開け、それはまあ酷い面をしている。


ヒロインが絶対しないような、すごく残念な感じだ。


「なんじゃその馬鹿面は」

「だ、だってガブリエル様がゼフィールの討伐したのって二千年も前の話だよ?! 生きているはずないし!」

「わはは! 何かと思えばそんなことで驚いておるのか」

「そ、そんなことって」

「レコーダーの一族は元々長寿なのじゃよ。些細なことじゃ」


いやいや。


その話が本当ならゆうに二千年を生きているってことだぞ。些細なものか。


「まあ働きすぎたのは事実じゃ。いい加減監視も飽きてきたところじゃし、そろそろ現役を引退しようと思っていての」


ダニエラの視線の先にはシルヴァーナがいた。


あからさまに嫌そうな顔をしている。


「何か言いたそうじゃな」

「まさかとは思いますが、そんな理由で私にレコーダーの仕事を押し付けているわけではないですよね?」

「ただ眺めておるのも退屈なんじゃもーん」

「分かりました。では、次期族長の件は丁重に辞退いたします。『星屑の栞レコード・マーカー』も本日付で脱退しますので悪しからず」


シルヴァーナの吐き捨てるように漏らす一言にダニエラの表情が一変する。


「じょ、冗談じゃってからに! 真に受けるでないわ!」

「知りませんよ。私はヴィンセントさんたちについて行きますので金輪際会うことはないでしょう」

「た、頼む! 妾を見捨てないでくれ! 妾にはお主の手料理が必要なんじゃあ〜!」


ダニエラは大量の涙を流しシルヴァーナの太ももに縋りつく。


「レコード・マーカー?」

「『星屑の栞レコード・マーカー』は私の所属するギルドの事です。ギルドといっても族長と私だけですが」

「へ〜。ノームズにもギルドなんてあるんだ。外界と隔絶された国だからそういうのはないと思ってたわ」

「完全に隔離された国ではありますが外の情報が入ってこないわけではありませんからね。それはそうと」


シルヴァーナは太ももに抱きつくダニエラに視線を落とす。


「私の必要性は料理ただ一点のみなのですね」

「そ、そんなことはないぞ! 書類の整理や衣服のちょいす、日々の買い物やエレメントたちのめんてなんす! それから入浴の世話や寝付くまで歌ってくれる天上の子守唄まで多岐にわたる! どうじゃ! 数え上げればキリがない!」


シルヴァーナは心地良さそうに頷きながら聞いている。


「お主はなくてはならない存在なのじゃあ〜!」


膝から崩れシルヴァーナに泣きつくダニエラの顔は涙でぐっしょりだ。


「分かれば良いのです」


ダニエラの頭を撫でているシルヴァーナはなんとも幸せそうだ。


立場が完全に逆転している。


っていうかこの人、シルヴァーナに風呂の世話までさせてるの?


少し。もとい、かなり興味がある。


その辺のところをもう少し深く・・・


「あとで話があるから」


振り返るとフランの周りに白い炎が燃え上がってた。


「き、気のせいだって! 断じてやましいことなんて想像してない!」

「してんじゃないのよ!!」


大きく乾いた音が響くと同時に頬に激痛が走った。


「痛い・・・」

「自業自得よ」


今日はなんかいつもより多い気が・・・


はぁ。どうしてこいつはいつもいつも俺の妄想を察知できるんだ。


まさか俺の知らない新種の魔法じゃないだろうな。


こういう抜けた奴ほど覚醒したりするからな。


実際この白い炎だって見たことも聞いたこともない魔法だ。


「おお。その炎、懐かしいのぅ」

「この魔法をご存知なんですか?」

「隣で飽きるくらい見たからのぅ。なにしろ純潔の魔導士・ラファエルの得意魔法じゃからな」


・・・ちょっと待て。


それってフランには五大賢者の一人、ラファエルと同じ素質があるってこと?


嘘だろ。フランだぞ。


無型魔導士インフィニット=ガブリエル・グラント。

純潔の白魔導士ホーリー・グラウンド=ラファエル・ラドフォード。

泡沫の水鞠スプレッド・レイン=アリエル・アダムス。

翡翠の光風ゴッド・ブレス=ヌリエル・ノルドヴィスト。


「そして、放界の導き手コネクタこと妾、ダニエラ・デクストラ。この五人が魔大戦を終わらせた。知っての通りこの話は物語として現代にまで語り継がれておるのじゃが、言うてみればそれもレコーダーである妾の仕事の一環じゃ」


カッコいい!


いいなぁ。羨ましい。


俺もいつかこんな異名で呼ばれてみたいもんだ。


「なんか目が輝いてるね」

「そうか?」

「うん。子供かっていうくらいピカピカ」


男なら一度は通り名に憧れるってもんさ。


「先程から聞くそのレコーダーとは一体どんなものなのですか?」

「この世界の記録を任された役割を持つ者の事をそう呼ぶのじゃよ。初代レコーダーは妾で、妾が勝手に呼んどるだけなんじゃがな。まったくガブリエルのヤツも人使いが荒くてかなわん」

「この世界の記録?」

「うむ。妾は頼まれたのじゃよ。この世界に流れるマナの流動と、その調整を。まあ神話も記録も全てはゼフィールの監視のためなのじゃが」


またさらっと言うなぁ。


「約二千年間、ただ一人黙々と作業しておったのじゃが、幸いシルヴァーナと出会い孤独ではなくなった。この縁に運命を感じた妾は覚悟を決め『星屑の栞レコード・マーカー』を創設したのじゃ」

の間違いですよね。族長は変人変態ですから」

「うるさいわ! 妾にはお主がおるから結果おーらいなんじゃ!」


長寿であるレコーダーのダニエラはガブリエルに世界の記録を任された。


調整。それはつまりこの世界のマナの管理を頼まれたということだ。


例えるならそれは、無限に積まれた本の1ページごとに栞を挟んでいくようなもの。


決して飛ばすことなどできない、気が遠くなるほど地道な作業。


読まなければいけない本の数と厚さは未知数。


終わりの見えない持久戦。『虚構の狭間ヴォイド・ベルト』の比ではない。


マナの細かな状態を観察するのはたとえS級魔導士でも容易ではないはずだ。


そもそも得意とする魔導士自体が少ない。


その複雑さ故に少し観察するだけでも精神が崩壊するレベルなのに、それを世界規模で観察するだけでなく干渉し調整までするなんていうのは、明らかに個人の能力の範疇を超えている。


想像しただけでも吐き気を催す。


五大賢者・・・


異次元の存在だ。


そんな途方もない作業を二千年も続けてきたダニエラの魔導士としての素質は言うまでもないけど、どうしてギルドなのだろうか?


ダニエラは作業していた長机に座り、ぼんやりと光る世界地図を指差した。


「これを見よ」

「これは・・・」


そこに広がる光の地図に映し出された光景に息を呑んだ。

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