第11話 聖域と怪談


俺たちは今、ゲイル渓谷という谷にいる。


ゲイル山脈の裏側にあたるこの渓谷は深く、時折吹き抜ける風が結構冷たい。


目的はこの先にあるのだが、思ったより道のりは長そうだ。


【B級クエスト『大聖域セラフィックフォース』の調査・報告】。


俺とフランにとってギルドを結成して受注する初めてのクエストだ。


世界各地には『聖域』と呼ばれるパワースポットのような場所が点在していて、その規模は様々だ。


そのパワースポットの中でも特にマナの質や濃度が濃いエリアを『大聖域セラフィックフォース』という。


大聖域セラフィックフォース』と大それた名前が付いているが、他の『聖域』との違いは『大聖典』の存在だろう。


『大聖典』は五大賢者の魔導書であり、なんでも魔王ゼフィールのマナが封印されているらしい。


本当かどうかは怪しいが古文書にはそう記されていた。


『大聖典』は『大聖域セラフィックフォース』の最深部に安置されているらしく、その魔導書に異変がないかを調査してその結果を報告するのが今回の仕事だ。


実際に『大聖域セラフィックフォース』に入ったことはないが、それくらいなら俺たちだけでも十分やりきれるだろうと判断してクエストを受けることにした。


しかし、それでも場合によっては受けないつもりいた。


理由はただ一つ。


「ふんふふ〜ん♪ 絶好のクエスト日和だねっ♪」

「あのな。遠足じゃないんだぞ」

「え?」


今知ったみたいな顔をするな。


「まさか本気で遠足だと思っていないだろうな?」

「そ、そんなことないって! 私だってちゃんと緊張感を持ってるよ!」

「なら、その手に持つ魔力布マジカルレースは何なんだ?」

「これはほら! 景色が良かったら記念に写しておこうと思って♪」


この通り、お遊び気分の危険なヤツがいるからである。


しかもこの子、ギルドを結成したばかりだというのにクエストの詳細を見ず真っ先にSクラスに行こうとしたのだ。


後先考えないにも程がある。


魔力布は一見するとレース素材でできた単なる布なのだが、魔力を込め編まれた特殊な布で、一定時間かざすと目の前に映るものを模写してくれるという代物だ。


この類のアイテムは観光用として使用されるのが一般的だ。


「あのな、のほほんとしている間に魔物に襲われたらどうするつもりだ?」

「そこはヴィンセントが助けてくれるから大丈夫!」

「そんなに頼られても困るんだが・・・」

「謙遜しちゃって〜。『G』ランクなんだから心配無用よ。あはは!」

「それ、嫌味にしか聞こえないからな」


他力本願もここまでくると清々しい。


「まぁ金目当てじゃないだけまだマシか」

「え・・・?」


なにその目。


フランはわざとらしく空に向かって口笛を吹いている。


「ふざけるな! どうして好き好んでお前に貢がなくちゃいけないんだ?!」

「いや〜、あなたがいればすぐに有名になれるしお金も稼げるし、一石二鳥かなって。そしたら二人でどこか島国でゆっくり過ごせるな〜。なんて」

「やっぱり不純な理由か! 妙にギルドに拘ってたからおかしいと思ったんだ!」

「ごめんごめん冗談だって!」

「やってられない。解散だ解散」

「え〜! それは勘弁してよぉ〜!」


誠意が全く感じられない。


フランのやつ、性格が歪んでいるとしか思えない。


やっぱり同行を断っておくべきだったか・・・


「はぁ。こいつの相手は思った以上に疲れるな。これじゃまるでワガママな子供を相手にしているみたいだ」

「うふふ。いずれわたくしたちの子を育てる前の予行練習と思えばちょうどいいですわね♪」

「そうだなー・・・」


どこかで聞き覚えのある声。


「ってローズ?!」

「あら! 驚かれたお顔も素敵ですわ♪」


ローズはこれ見よがしに腕を絡めてくる。


「・・・・・・」


それと同時に背後に感じるものすごい殺気。


「どうしてあんたがここにいるのよバトルメイジ」

「あら。それは同じギルドの仲間に失礼ではなくて? とんがりメイジさん♪」

「とんがりメイジ言うなっ! っていうかいつから仲間になったのよ?」

「わたくしはギルドでメンバーたちと今後について話していたのですが、あなた方がギルド結成の手続きを済ませて出て行くのが見えましたので、受付にわたくしの名前も追加して頂いただけですわ」

「あんた、狙っていたわね?」

「人聞きの悪い。たまたまですわ。たまたま♪」


確信犯だな。


というかギルドのメンバーになるのってそんな適当でいいの?


「それにしても『大賢者の系譜グランドウィザーズ』って、ギルド名にしては誇張しすぎではありません? ま、分かりやすいとんがりメイジさんの考えそうな事ですけれど」

「うっさい。本当のことだからいいの。ガブリエルの子孫・大賢者ヴィンセント。そして超人無敵のA級ハイ・ウィザードのこの私、フランチェスカ・フェルノスカイがいるんだから!」


ポージングが痛すぎる。あと自分で超人無敵言うな。


恥ずかしいから早くその手を下ろしなさい。


「ちょい待て。俺はヴェルブレイズ家の人間であってガブリエルの子孫じゃないんだぞ。何回言えば分かるんだ。大賢者でもない」

「細かいなー。同じような力持ってるんだからいーじゃん」


雑。


「そうですわね。そもそもエレメントはマナの保有量は桁違いですが魔法は一切使用できない特性。あなた様のマナ保有量もずば抜けているという意味では似ていますが、一度でも魔法を使用した以上はエレメントでないことは明白ですわ」

「そうだとしたらこのアザは何なんだ? どう見てもエレメントのそれだぞ。それも『G』なんて人をバカにしたような」

「まあまあ。何者でもいいではありませんか。そのアザも味があっていいと思います。わたくしとあなたの愛の前では些事に過ぎませんわ♪」


フランといいローズといい、そういう部分を深く追求してこないのは優しさか無意識か。


でも、二人のおかげで必要以上に神経すり減らさずに済んでいるのは事実。


二人には感謝しないといけないな。


それはともかくローズさん・・・


さっきから当たってるんですって。


色々と。


「おーほっほっほ!! それに世界最強の麗しきバトルメイジのこのわたくし、ローズ・レイノルズがいるのですからフランチェスカさんのネーミングもあながち外れてもいないという事ですわ!」


手を頬に当て声高らかに笑い出した。


これがお嬢様の高笑いというヤツか。


本当に物語のお姫様みたいな笑い方するんだな。


ふとヴィクトリアのお淑やかな笑顔を思い出す。


元気にしているのだろうか。


今更家族に会いたいなんて思わないけど妹だけは別。


何ていうかもう、表現できる言葉全てを駆使しても陳腐と化すくらい表現のしようがない完成された可愛さ。天使。


そんなヴィクトリアに彼氏が出来ようものならショックで一週間は寝込む自信がある。


いや、下手したら一生立ち直れないかもしれない。


って、いつまでも過去に翻弄されていてはダメだ。


もう会うことは叶わないんだ。


フランとローズはまだ盛り上がっている。


まぁ見ていて微笑ましくはあるが。


それにしても上級以上の魔導士というのはみんなこういう感じなのか?


この二人、誰かに似ているんだよな。


自意識過剰なところとか。


ふとヴィゴーの見下したような笑みが頭をよぎる。


まずい。


嫌なことに気付いてしまったかもしれない・・・


「ギルドを掛け持つことなんてできるのか?」

「そこに関しては規定はありませんわよ。加入するギルドが増えるほど、単純に仕事も増えるだけですわ。わたくしはリーダーですので本当ならかなり忙しい身になりますが、わたくしにはアルバートという優秀な副リーダーがおりますので心配には及びません♪」


アルバートのやつ仕事を丸投げされたか。


可哀想に。 今度ご飯でも誘ってあげよう。


そんなことをしているうちに深い森が見えてきた。


エレメント保護地区と似た静けさ。


「この森を奥へ進んでいけば『大聖域セラフィックフォース』に辿り着きますわ」


聖域というだけあってすごく神秘的というか荘厳な雰囲気が出ている。


静かすぎていかにも何かが出てきそうな感じだ。


「さあ、早く調査を終わらせて帰りましょ! 報酬報酬♪」

「がめついですわね・・・ 調査といっても油断はできませんのよ?」

「分かってるって。ヤバくなったらヴィンセントに任せれば万事OK!」

「そんなことばかり言ってると幽霊に狙われるかもしれないぞ」

「あら? ヴィンセント様は聖域にまつわる怪談をご存じですの?」

「怪談?」

「はい。我が国では戦死者たちの魂が引き寄せられる冥界への入口として伝わっていて、近づくとその成仏できない怨霊たちに魂を喰われてしまうらしいですわ」


ローズは手をぶらぶらさせて左右に体を揺らしている。


「冥界・・・」


うむ。


こんな可愛い幽霊がいたら喜んで魂を捧よう。


「まぁ実際のところは国の人々が無闇に近づかないようにする為に王家が作り出した戒めなんでしょうけれど」


本当にいるならぜひ見てみたいものだ。


もしかしたら本当にすごく可愛いゴーストもいるかもしれないし。


フランは嬉しそうな笑みを浮かべて振り返る。


「何だよその顔は」

「幽霊が怖いのね? 可愛いとこあるじゃない」

「ち、違う! そういう雰囲気があるから言っただけだ!」

「その割にはすごい慌てようじゃない。ふふ。意外な一面見つけちゃった♪」


こ、こいつ。


「あら! それはそれで可愛らしいではありませんか。もしも幽霊に襲われた時はわたくしが助けてあげますからご安心を♪」

「だからいちいちくっつくなバトルビッチ!!」

「まあ!? なんてはしたない言葉! 誰がバトルビッチですって?!」

「あんた以外誰がいるのよ! 事あるごとにヴィンセントに引っ付いてビッチそのものじゃない!」

「何ですって?! だいたい、今時この程度のスキンシップで喜ぶ幼稚な殿方なんていませんわよ! これだから庶民は!」

「フン! こちとらフェルノスカイ家の令嬢だっての! バカにすんな!」


毎度毎度よくやるよ。


そしていつも心の中で歓喜の叫び声を上げていた俺は一体・・・


ん? 


またこの感覚。


ゲイル山脈の時と同じ気配だ。近いな。


監視されているようで気分もよろしくないし、毎回気にするのもちょっと疲れる。


仕方ない。


「おーい。話があるなら出てきなさい」

「どこに向かって声掛けてんのよ」

「何を言っていますの?」


二人が後ろを振り返ると、木陰から一人の少女が顔を覗かせていた。

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