第23話 元カノと決別

 普段とは異なる場所だったこともあり、いつも以上に盛り上がってしまった僕たちはベッドに横たわって息を切らした。


 もぞもぞと動き、僕の腕を勝手に広げて、自分の頭を乗せたリタがぽつりと呟く。


「あのインテリ魔人を倒してくれてありがとうね」


「あー、いいよ。でも、その話は今じゃないとダメ?」


「今だね。腕枕してもらっている今こそだねー。逆に今以外のタイミングがない」


 確かに。

 この宿を出たら僕はレイヴたちと合流するし、リタは魔王城に戻るだろう。


 そうなると次にリタと会うのは、僕が勇者パーティーの一員として魔王城を訪れた時だ。


「良い牽制になったよ。あいつの強さは上から数えた方が早かったから、他の連中はビビってるってわけ。それに勇者温存だもんねー。裏事情を知らないアホ共は戦々恐々だよー」


「その言い方だと、リタは何とも思ってないってことになるけど」


「思ってないよー。私を倒せるのは世界中で2人しかいないんだからさー。恐るるに足らずってやつだよー」


 2人?

 1人は確実にお父様だ。

 もう1人は誰だ? お母様か?


 指先の痺れを感じて、少しだけリタの頭をずらす。


「勇者は王女との結婚を反対されてるみたいだけど、ユウくんは私のパパに交際を反対されてたらどうしてた?」


「どうするも何も、僕たちは反対されなかっただろ。むしろ、おたくのお父様が喜び過ぎたから僕は殺されそうになったわけで。喜び方の癖が強いんだよ」


「そうだよ。親公認だったのに。ユウくんは私を捨てた」


 ズキッと針で刺されたような痛みがはしる。

 僕が捨てたわけじゃない。これは自然消滅というやつなんだ。


 だから、僕はただ否定すればいい。

 それなのに、またしても余計なことを口走ってしまった。


「……リタ。どうしてクシュンを殺したの?」


「そっか。それが理由か。見られちゃったんだね」


 リタは卒業試験の前日に親友を殺している。


 僕は偶然にもその現場を目撃してしまった。


 1年生の時から3年間ずっと僕たちと同じクラスだった魔人クシュンは、幼少期からリタの親友だった。

 リタに負けず劣らずの頭脳と魔力を持っているのに、学科でも実技でも実力の半分も出せずにいた恥ずかしがり屋の女の子だ。


 学園の3年生の頃、ミネコルを含めた4人で夢を語り合ったのを覚えている。

 クシュンはお嫁さんになるのが夢だと語っていた。


 リタは「私もー!」と言いながらも、魔王になるという運命を受けて入れていた。

 純粋な人種族の僕とミネコルは、リタとクシュンが自分たちとは違うことを理解しながらも、他のクラスメイトには、彼女たちが未来の魔王である事実を秘密にして友人関係を保っていた。


 僕は2人が一番の仲良しだと信じていたのに、リタは迷いなくクシュンの命を奪った。


 クシュンは体調不良ということで卒業試験を欠席し、そのまま何者かの手によってクラスメイトの記憶から抹消された。


「クシュンは魔王の器ではなかった。私が座るべき玉座を汚されないために殺した。これで満足?」


「うそだ!」


思わず、腕を引き抜いて飛び起きる。

布団がめくれ落ちることも気にせずに僕は叫んだ。


「リタがそんな奴じゃないことは僕が一番分かっている! 本当の理由を知りたいんだ。それを知るまで僕たちは前に進めない!」


「そっか。だから、ユウくんは私と敵対するんだね」


「ちがうっ!」


 僕の反論はリタの唇によって封じられてしまった。


 軽く触れ合うだけのキスの間、僕はずっと彼女を見ていたのにリタは一瞬にして姿を消した。


 僕の頭の中には「魔王城で待つ」という冷ややかなリタの声だけが残響していた。


◇◆◇◆◇◆


 気怠い体でシャワーを浴びて、服を着替えてから一度自宅へと転移した。

 頭の中ではリタの「魔王城で待つ」というセリフがずっとグルグルと回っている。


 勝てるわけがない。


 僕が時間を稼いだのはリタと戦いたくなかったからだ。

 しかし、考えれば考えるほど、レイヴたちと関われば関わるほどに、それが不可能なことだと思い知らされていく。


 僕はリタを守りたかった一方で、自分の保身のために戦いを拒んでいた。

 情けない話だ。


 他の3人には言っていないがリタにはどんな攻撃も当らない。


 彼女はもしもの時の保険として、自動で発動する絶対防御魔法を母親から与えられている。


 あれを掻い潜れるのは僕の影魔法だけだ。


 つまり、4人で魔王城へ乗り込んでも、実質僕1人でリタの相手をすることになる。


 今朝、僕はリタの逆鱗に触れた。


 生きている心地がしないとはこういうことか。

 僕に与えられた選択肢は魔王城に向かう、というものだけになった。


 クズになりきれるなら1人で逃げ出せただろう。

 でも、残念なことに僕は中途半端なクズだから、黙ってレイヴたちの前から姿を消すこともできない。


 しばらく部屋の隅で膝を抱えた僕は何度も深呼吸してからレイヴたちの元へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る