第39話 元魔法使いとみなしご

 僕もレイヴもゴーシュもかけがいのない人を得た。

 それは自信を持って言える。


 だけど、一番多くの物を得たのは間違いなくイリスだ。

 莫大な金を前国王から巻き上げ、孤児院を建てるという夢も叶えた。


 そして、一番傷ついたのもイリスだ。


「やぁ、イリス。随分と子供が増えたね」


「……ユーキさん」


 かつて、全員で王都の南部に建てられた孤児院を訪れた時は数人だった孤児みなしごが今では成長して、更に増えた幼い子たちの面倒を見ていた。


「子供たちは渡しませんよ」


「僕を人食い魔人か何かだと思ってるの? あれ、少し老けた?」


「息の根を止めてさしあげましょうか?」


 無詠唱かつノーモーションで放たれた闇魔法を掻き消して、両手を頭の上に挙げる。


「うそ、うそ。つきものが消えたように清々しい笑顔で安心したよ。昔はもっと影があって遠慮がちに笑っていたから」


「そう、ですね。やっと前を向いて生きていけるようになりました」


 実のところ、僕たちはイリスの過去について触れてこなかった。

 無理に知ろうとしなかったし、調べようとも思わなかった。


「場所を変えましょう」


 イリスの提案を受け、孤児院の中にある彼女の書斎へと移動した。

 出されたお茶は嫌でも警戒してしまう。


「魔法はかけていません。今はユーキさんたちを利用する理由がありませんから」


「理由があれば、やるんだね」


「えぇ、まぁ」


 否定しないんかい!


 心の中でつっこみつつも一口お茶をすする。

 美味だ。イリスの言う通り、魔法の痕跡はなかった。


「王宮に保管されているはずの貴族台帳はなかったんだってね」


「はい。あの性悪王女が燃やしたのではないでしょうか。国内の貴族の名前が載った貴重な台帳です。そんな簡単に紛失してよい物ではありませんから」


「そこにはイリスの名前もあったんだね」


 これまでパーティー内で禁忌とされていた話題に踏み込む。

 ここでイリスが沈黙するなら、僕は素直に帰るつもりだった。


「わたくしは先々代の国王陛下に仕えた大臣の孫にあたります。父はあの髭に仕えていました」


 酷い言いようだ。

 でも、彼女たちだけは不敬を許されていいと思う。


「自分の派閥じゃない大臣たちを全員魔王に捧げたんだね」


「その通りです。何が最年少国王ですか。支持率を上げるために死者を愚弄し、邪魔者を排除するなんて、言語道断です!」


 机を叩き割る勢いのイリスは肩で息をして、自分を落ち着かせた。


「この国を魔物から守り、国民からの評価を上げて、独裁政治をする。その弊害を受けた者のことなど視界に入れない、過去最低の国王でした」


 今にも泣き出しそうに唇を噛む姿が痛々しかった。


「自分で殺さなかったのは見せしめにするため? 闇魔法があれば、魔法使いギルドのマスターを操って自分を勇者パーティーに推薦させる必要もなかったでしょ?」


「そこまでお見通しだったとは。恐れ入ります」


 そんなに丁寧に頭を下げられては当てずっぽうだよ、なんて言えなくなってしまう。


 僕は預言者でも占い師でもない。ただの暗殺者だ。

 僕ならサクッと暗殺してしまうけど、イリスはそれだけでは気が収まらなかったのだろう。


「闇ギルドに所属したのはなんで?」


「誰が黒幕か探るためです。アメルダから渡されたリストを元に魔人がターゲットを誘拐して、金銭と交換していたんです」


 クソ女だったとしても、元王女を呼び捨てとは恐れ入る。


「よく魔人に殺されなかったね」


「実はわたくし、魔人から闇魔法を習ったのです。その方が後ろ盾になってくださって」


「へぇ。優しい魔人もいるんだね」


「はい。両親を亡くし飢え死に寸前だったわたくしを拾い、孤児院の前に置いて行ってくださったのです。それから師事し、人身掌握魔法と修復魔法を極めました」


 なかなかに壮絶な人生を送っているな。

 もうイリスが物語の主人公でいいんじゃないかな。


 レイヴといい、ゴーシュといい、僕よりも事情が重いんだよなぁ。


「その方は今では大陸の北の果てで、大魔王城の門番をしていると聞いています」


 ぶっ!!

 あのおっさんかよ!


 思いっきり、知り合いなんだけど。

 なんだよ。イリスの師匠とか聞いてないよ。


「へ、へぇ。じゃあ、エリートなんだね」


「そうらしいです。ユーキさんもお会いしたことはありますか?」


「まぁ、何回かだけね」


 学生時代の僕をボコボコにしたのは、他でもないあなたのお師匠様ですよ。

 それから、なんやかんやあって今は良好な関係を築けているけど、結婚式当日は凄い目で睨まれたなぁ。


 遠い目をしていると、コップのお茶を飲み干したイリスがため息をついた。


「ファーリー陛下には悪いことをしてしまいました。何も知らず、関与していなかった彼女を矢面に立てさせ、責任を取らせてしまった。周辺諸国からの風当たりは未だに強いのでしょう」


「大丈夫だよ。レイヴが守りを固めているし、周辺国への訪問も頻繁にしている。ハートエリクサーの件もあるし。イリスだって他国の身寄りの無い子たちを積極的に受け入れているじゃないか」


「そういうユーキさんだって、他の6人の魔王を使って他国を牽制しているのですよね?」


「まさか! 僕みたいな新人魔王の言う事を聞くような連中じゃないよ」


 びっくりした。

 なぜ、イリスがそんなことを知っているんだ。


 リタか? リタなのか!?


「とにかく、わたくしはファーリー陛下には尽くすつもりです。彼女にとって家族の仇でもあるわけですから」


「そっか。あまり自分を責めすぎないようにね」


 ほくそ笑んだイリスは思い出したように手を合わせた。


「ユーキさんの夢は叶えないのですか?」


「夢? なんだっけ?」


「もう! 一人称を『僕』から『俺』に変えるというものですよ」


 あー、そういえば大分昔にそんな話をした。

 よくそんな雑談の内容を覚えているな。


 面倒になったからその夢は捨てた、と正直に答えれば良いのだが、それだと素っ気なさ過ぎるよなぁ。


 その時、僕の頭の中に声が響いた。


『私が変えるなって言っているっていいなよ。たまに聞くとドキッとするけど、いつも通りの方が好き。子供っぽい一面もあるし、甘えたがり屋さんだからそのままでいいよ』


 …………。

 なんてことを、なんてタイミングで暴露するんだ。


 でもまぁ、リタがそう言うなら一生このままでいようかな。


 はっとしてイリスの方を窺えば、ゴミでも見るような冷めた目で僕を見ていた。


「鬱陶しいですね」


「酷くない!? まだ何も言っていないよね!」


「鼻の下が伸びきっていますよ。他所の女の私室で、勝手に愛を囁き合わないでください」 


 うぐっ。

 今日のイリスさんはキレッキレだな。早く退散しよう。


「暫くは『僕』のままでいるよ。そっちの方が違和感がないだろ?」


「そうですね。あなたにとって『俺』は切り替えの合言葉みたいなものですからね」


「え、なに? なんだって?」


「いいえ、なにも。また、来てくださいますか?」


「気が向いたらね」


 こうして、僕の久しぶりに仲間たちの元を訪れてみよう計画は終わった。


 それぞれが自分の道を行き、誰かのためになろうとしているのは立派だと思うし、尊敬できる。


 僕も自分にしかできないことをしよう。

 そう心に決めて自宅へと戻った。

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