第19話 勇者パーティーとお風呂

 昨日泊まった町へ戻った僕たちだったが、イリスの足は高級な宿屋が並ぶ路地へ向かっていた。


 彼女の手は僕の腕を掴んで離さない。

 それだけなら素敵な光景だけど、僕の左右にはいかつい強面の男と、胡散臭い笑顔の男が並んで歩いている。

 つまり、完全に包囲されているのだ。


「今日は温泉のあるお宿にしましょうね」


 落雷が直撃したような衝撃が男性陣を襲った。

 作戦会議とでも言うように僕たちは円陣を組んで小声で話す。


「おい、オレ様の耳が腐っちまったわけじゃねぇよな」


「守銭奴のイリスがそんなことを言うなんて」


「アイテムボックスの中に例のものは入ってるよね? 盗まれてない?」


 ひそひそ話す僕たちの背後から威圧感を感じる。

 振り向くと一切目が笑っていない、不気味な笑顔を貼り付けたイリスが立っていた。


「失礼な殿方ですね。一本、イッときますか?」


 杖を見せつけるイリスに全力で首を振る男3人。

 なんて情けない光景なんだ。


 そんなわけで、僕たちは町の中で一番の高級宿屋にチェックインしたのだが、まさかの一部屋しか借りなかった。


 イリス曰く、「二部屋よりも広い一室を借りた方が安上がり」とのことだ。

 節約のためとはいえ男と同室なんて、と思ってしまう僕は意外と父性が強いのかもしれない。


「今日はユーキさんもご一緒してくださいますよね?」


「いや、僕は……」


「ね?」


 イリスの有無を言わせない目で睨まれてしまっては頷くしかない。


 あぁ……。レイヴのにやついた顔がイラつくなぁ。


「なんだよ? イリスと同室だから泊まるんだろ、エロい奴だなぁ。とでもいいたげだね! ゴーシュ!」


「え、オレ様ぁ!? 言ってないけど!? 思っただけでまだ口に出してねぇよ!」


「やっぱり思ってるんじゃないか!」


 大爆笑するレイヴとお上品に笑うイリスに連れられて、最上階の奥部屋へと向かう。

 なんでも、敷地内に露天風呂があるとか。


「ユーキはいつもどこで寝ているんだ?」


 馬鹿正直に自分の家だとは言えない。

 君たちが泊まっている宿屋の近くだよ、とだけ答えておいた。


「そっか。じゃあ、床でいい?」


 なにが「じゃあ」なのか理解できないが、爽やかすぎる笑顔に思わず了承してしまいそうになってしまった。


「なにが?」


「ツインベッドが二つと、シングルベッドが一つ。一つはイリスが使うとして、誰か一人は床かソファで寝ることになる」


「お前、じゃんけん大会を辞退しろよ」


 そういうことか。

 この2人、ベッドが一つしかない宿屋では毎回のようにじゃんけんをしていたのかな?

 ちょっと仲良すぎない?


「ヤだね。僕だってベッドで寝たいんだ。不戦敗なんて御免だよ」


「いい度胸してんじゃねぇか」


 高級宿屋内には、僕たちの熾烈な戦いの音頭が響き渡ったらしい。


「ざまぁみろ!」


 ご機嫌に露天風呂に浸かるゴーシュのおかげでお湯が溢れてしまった。


 一緒に宿泊することは了承したけど、裸の付き合いをする許可は出してないんだよなぁ。

 強制連行しやがって、この筋肉だるまめ。


「ここの温泉には疲労回復の効能があるらしい。しっかり肩まで浸かりなさい」


「僕は子供かよ」


 湯船に顔の半分を沈めながら愚痴る。


「それにしても魔人の登場には焦ったぜ。ユーキッドの影魔法がなけりゃ負けてたかもな」


「しーっ! あんまり口に出さないでよ。国にも隠してるんだから」


 思わず、顔を出して声を荒げてしまった。

 僕が影魔法を使えることを知っているのはこの世でたった2人だ。それなのに、数時間の間で3人も増えてしまった。

 これ以上は勘弁して欲しい。リタにどやされるのは僕なんだよ。


「僕の話はいいよ。それよりも、どうして勇者の一撃を撃たなかったのか聞いても?」


 話をずらしつつ、聞きたいことを聞いてみる。

 わずかにレイヴの眉が動いたのを僕は見逃さなかった。


「そうだ、そうだ。お前ら2人とも勿体ぶりやがって。オレ様なんて最初から全裸みたいなもんだぜ」


 ゴーシュはもう少し隠した方がいいと思う。

 いろんな意味で。


「俺は……」


「せっかく裸なんだから勇者の証も見せてくれよ。勇者職には全員、体のどこかにあるんだろ?」


 今更、レイヴの体をジロジロと見るゴーシュ。

 僕はもう隅々まで見たけど、そんな印はどこにもなかった。

 強いて言うなら、左肩に痣の跡のようなものがあったくらいだ。


「…………」


 レイヴはブクブクと湯船の中で息を吐き出すだけだった。

 そういえば、レイヴは僕よりも3人で風呂に入ることを拒んでいたっけ。


「勇者の証って消えるものなの?」


「さぁな。俺は勇気協会の理想とする勇者像じゃなかった。それだけだ」


 やっぱり左肩にある痣のようなものが勇者の証なんだ。

 ということは、レイヴは勇者じゃないのに、勇者としてこのパーティーに組み込まれたってことになるのかな。


 そんなことを考えているとレイヴが勢いよく湯船から出て、申し訳なさそうに笑った。


「イリスと合流してから話す」


 先に上がってしまったレイヴの小さくなる背中を眺めているとゴーシュが接近してきた。

 見れば見るほどに逞しい筋肉だ。無駄が多いけど。


「オレ様、地雷踏んだか?」


「いずれ踏むんだから早いに越したことはないよ。お酒とおつまみのルームサービスを取っておこうか」


「いいな! 最高だぜ!」


 何がいいもんか。


 我ながら呆れる。

 自分から地雷原に飛び込むような馬鹿な真似をしちゃったのは一時の気の迷いだと信じたい。

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