終章 掴んだ未来

掴んだ未来

 ルナと婚約を交わしたその日から、世界の様相は激変した。

 レヴ達がシェーンガーデンの〈スタストール〉と対峙しているのと同時期、ルフスラール連邦及びヴァイスラント帝国の国境全線では〈スタストール〉の威力偵察が開始された。

 突然の侵攻によって、両国の国境警備隊は瞬く間に壊滅。互いにレイン川戦線から部隊を引き抜き、事態の対処に当たることとなった。

 混乱の最中、レヴ達の所属する連邦軍北部第一戦線第二装甲軍は来たる〈スタストール〉の脅威を鑑み、単独で帝国軍の同戦線部隊と停戦。共同で〈スタストール〉の攻撃に対抗した。


 当初は即座に撃破できると踏んでいた両国だったが、その目論見は二つの事象が誤算となって失敗に終わる。

 一つは、“死者の声”。ただでさえ福音ふくいんによって正気を削がれている将兵達を、死した人々の声によって更なる恐慌状態に叩き落とす精神攻撃だ。

 それによって若い将兵はその殆どが戦闘意思を喪失し、〈スタストール〉に対抗できたのはいずれもある程度の歳をとった兵士ばかりだった。結果、魔術特科兵の殆どは後方に留め置かれる事態となり、熱線を回避できない通常部隊には甚大な被害が発生する事となった。


 そして。その被害を誘発したもう一つの事象が、障壁盾シルトだ。

 シェーンガーデンでレヴ達が遭遇した指揮管制型ニーズヘッグ。それと同じ障壁を持った個体が、戦線各地で出現したのだ。結果、国境警備隊と対帝国戦線から引き抜かれて配された将兵達は、その圧倒的な防御力を突破する事ができず、次々と潰走する事態となってしまった。


 各戦線が総崩れになる中、連邦では大統領が引責辞任。政権が交代し、これにより停戦派が政権を奪取するに至る。

 一方、帝国では軍人によるクーデターが勃発。それを発端とする市民革命が発生し、ヴァイスラント帝国は打倒され、新たにヴァイスラント『共和国』が成立した。

 共和国の成立と同時に連邦は停戦条約を締結し、ここに四年にも渡るヴァイスラント――ルフスラール間の戦争は終結した。

 結果。両国は全兵力を挙げて〈スタストール〉の攻撃に対抗し、大きな犠牲の果てにこれを打破。対〈スタストール〉戦線は一旦の沈静化を見せた。


 その後、連邦は改めて共和国との間で講和条約を締結した。

 相互の主要人種における理解努力と、対〈スタストール〉戦争における協力関係の確認。それが条約の内容だった。

 連邦が国内の条約反対派を弾圧している最中、共和国は国内に残る帝政残党を掃討しつつも対〈スタストール〉戦争の準備を進めていた。

 今は互いにいがみ合っている場合ではないと。協力しなければ、今度こそ両国共に滅ぶからと。それを標語スローガンにして。 

 そして。講和条約の締結から数十日後。

 相互の理解努力と和平の証として、“白藍種アルブラール人の捕虜”であるルナは、帝国へと返還されることが決まった。



 二月の初旬。まだ戦闘の傷跡の残る空軍基地の滑走路で、レヴはの軍服を纏ったルナを真っ直ぐに見つめる。


「…………じゃあ、また」


 口の端を微かに吊り上げて言うのに、ルナはこくりと頷いて。ふわりと笑った。


「ええ。また、いつか」




 そして。その言葉を最後にして。ルナは輸送機の中へと消えていった。




 ルナの乗る輸送機が見えなくなるまで見送って。ふと、隣にいたレーナが気遣わしげな声で呟く。


「ほんとに行かせてよかったの?」


 その言葉にレヴは苦笑する。


「そりゃあ、寂しくない訳じゃあないけど。……けど、あれはルナが自分で決めたことだから」


 だから、レヴには止めることはできない。今度は選ばされた道じゃなくて、彼女自身が道だから。


「……それに」


 にやりと笑って、レヴは確信を持った声音で呟く。 


「今度は敵じゃないから」


 だから大丈夫だと。どんなに遠くにいても、離れていても。心は繋がっているから。

 目指す先が同じならば、また会える。

 そう信じて。レヴは飛行場を後にした。

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