閑話 桜の波

あれは、今年の春。

体育館横の桜並木が散り終えたくらいの時期。

四月も終わりの頃。


***


時間は昼休み。

俺は4限で使った教科書をロッカーに戻していた。


「あの、蒼井」


声に一度作業を辞め、声の主の方に顔を向ける。

セーラー服に丸眼鏡、そして流している前髪。

声でだいたい分かっていたが、そうだ。


「あぁ、草野」

「今日さ、弁当ある?」

「まさか草野が弁当作ってくれたとか」

「えっ、と、そういうのが良い?」

「いや、違いますね」


付き合ってもない女子の弁当を、手作りとは言え「食べたーい」と言てってしまうほど、俺は人間を捨てていない、はず。


「うん、で。俺は弁当ないよ」

「じゃあ、一緒に食堂行き…ませんか?」


遠慮がち、というか、なんというかの声で草野は告げた。

語尾をどうしたらいいのか、たまに悩むのはよくある。分かる。


「あぁ、あれ、うん」


なんだか昼休みに予定があった気がしたが、まぁ、気のせいだろう。


「分かった。ちょい待って」

「うん、ありがとう」


俺は可及的速やかに教科書を戻し、ロッカーの扉を閉めてダイアルのロックを懸けた。


「おまたせ」

「うん、ありがとう」

「じゃあ、行こう」


***


「草野、唐揚げにしたんだ」


2人用の席の上。

載っている唐揚げ定食と醤油ラーメン。


「あ、うん。なんか気分だった、というかいつもの癖、というか」


少し変な感じで草野は返した。しどろもどろしている感。


「蒼井は、醤油ラーメンなんだ」

「あぁ、なんか気分だった」

「変なの」


草野は少し笑った。


「まぁ、食べよう」

「うん、いただきます」


草野はそう言って、割り箸を割った。


「いただきます」


俺も続いて、割り箸を割った。


本校のラーメンは二種類あって、醤油と味噌だ。

どちらもちぢれ麺で、メンマにもやし、それとチャーシューが一枚載っている。

だいたい500円。


個人的に、味噌が微妙だったので、学食でラーメンを食べたいときは醤油一択である。


スープを飲んでも、麺をすすっても感じることだが、うちのラーメンは味が薄い。そう、あっさりしているのではなく、薄い。


学食である以上、塩分的にしょうがないところがあるのだろう。もしくは「塩が足らんのです」状態なのか。


半分ほど麺をすすり終えたところで、草野が口を開いた。


「そういえばなんだけど」

「うん」

「新しい人が入ることになったんだよね」

「そうなのか」

「そうそう」

「確かにこの時期だな」


生徒会は、会長だけが年度末に行われる選挙で選ばれる仕組みになっている。


厳密には、例外として会長にも、選挙を通さずになれるそうだが、まぁ、そうだ。


「で、どんな人が来るの?」

「そう中3の子。中3が2人来た。2人とも真面目そうだし、うん」

「おぉ、いいね」


本校は中高一貫校であり、生徒会の基本構成は中3から高2である。

具体的に言えば中3で初生徒会、そこから3年というパターンが主だ。


「そう。去年は鹿乃ちゃん1人だけだったし」

「そうだなぁ、斎藤さん一人」

「今年も、大丈夫そう」


同学年が1人もいないコミュニティは割と怖いから、2人いるのは良いことだ。


それから、しばらく黙々と食事をする時間になった。


麺をすする。

唐揚げを食べる。


昼の喧騒の中の沈黙だった。


***


食べ切って食器を返し、学食から教室に帰る道筋だった。


俺のより学食に近い草野の教室の近くまで来た時、草野は言った。


「ねぇ、蒼井」


自信無さげな草野の声。


「あのさ、本当に生徒会やらないの?」

「いやぁ、やらないかな」

「分か、った…」


小さな声だった。


物理的に小さいのではない。

願いから外れた現実を見たような声だった。


だが、もう決めたことだ。


「じゃあ、ね」

「あぁ」


草野は教室に入っていった。


そう。

俺は今年、生徒会はやらない。


これは自分で決めた決断だから――


「よぉ、蒼井」


俺も教室に帰ろうとした時に、声をかけられた。


「三崎か」

「いやぁ、教室いないから探したよ。食堂急がないと閉まるから行こう」

「飯なら、もう食ったぞ」

「え、マジ? 2限の音楽の帰りに昼一緒に飯食おうって…」

「あっ、マジか…すまん」


そうか…。

あの草野に誘われた時に、予定がありそうな気がしていたのはそう言うことだったわけだ。


「今度ジュースか奢れよ」

「ごめん、分かった」

「一番高いやつな」

「あぁ」

「それと明日は一緒に飯食おうな」

「分ーったよ、すまんかった」

「おけ、じゃあな」

「あぁ」


こいつは、割と乙女なの奴だったのかもしれない。三崎、すまぬ。

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