第23話 再会
AIによる音声ガイドに従って、【陽焔】を操作する。
脳波でコントロールするため、感覚としては手足を動かすのと大差なかった。念じるだけで紅炎は上下左右と自在に移動し、形を変えたり分裂したりも思いのまま。炎の勢いを強くしたり小さくしたりと調節もできる。
他の武器が種別ごとに攻撃手段をある程度固定されているのに比べて、多種多様な使い方が可能だった。
ただし、自由度の高さに比例するように、使いこなすのはかなり難しい。
【陽焔】という武器は、極小の『粒』の集合体だ。電脳的な破壊力を持った『粒』が集まってモザイクになっているのが、炎のように見えるのである。
『粒』の数はランが把握するにはケタ違いで、ざっくりまとめて動かすならまだしも、ちょっと複雑な動きをさせようとすると途端にメチャクチャになってしまう。まるで、砂遊びをするのに砂粒を一つひとつ摘まんでいるような気分で、自由自在なんて夢のまた夢であった。
メグリが勧めなかったことにも、至極納得した。
全神経を集中させても困難なのに、十日後の戦闘で使いこなそうなんて無謀どころではない。
「でも……」
それでも、ランは素直に諦めきれないでいた。
脳裏には、メグリと始めて会った時の光景が焼き付いている。五人もの警務官を圧倒した、あの鮮烈な猛火に魅入られてしまったのだ。
目がくらむほどの煌めきを、肌を焦がすような灼熱を、自分も同じように扱うことができたなら、どんなに素晴らしいことだろう。「欲張りになりなさい」と言われたことも大きく影響しているが、メグリの言葉がなくとも【陽焔】への執着を捨てるのは容易でなかった。
……いきなり”ウリエル”みたいなことをするのは不可能でも、何かしらやり様はあるのではないか。
未練がましく、ああでもないこうでもないと試行錯誤を続けていると……トントン、と足音が聞こえてきた。
階段の方から、道場へと下りてくる。
メグリが帰ってきたのだろうか、とランは練習の手を止めて、しかし直後に身を強張らせた。
「……だれ?」
別人だと断言できた。
それくらいにメグリの足音を耳が覚えていた、というのも否定はしないが、それ以上に特徴的な音だったのだ。
スラムでは、そういう歩き方をする人間が少なからずいた。歩みは遅いのに、のんびりとしているわけではなくて妙に緊張感を帯びている。体重を乗せず、なるべく響かせないようにするのは、本能レベルで染み付いた忍び足。
――すなわち、盗賊の足音である。
まさか、留守でもないのに上流階級の屋敷に泥棒が入るなんてありえるだろうか?
ランは【陽焔】を構えようとして、それが練習用のホログラムだったと思い出して、ワタワタと逃げ場を探す。激しい運動を想定している道場にはほとんど物が置いておらず、隠れられるような場所はない。
ならば別の部屋、ジムかコンピュータールームに逃げ込もうかとも考えたが、どちらにしてもドアまでたどり着く間もなく、正体不明の足音の主は姿が見えるところまでせまってきていた。
まずはヒツルギ邸の室内履きが視界に入り、履き古したジーンズから本革ジャケットへと順々に。スラリとしなやかな腰つき、豊かに膨らんだ胸、白い首と来て、ついに素顔があらわとなる。
「………………イド姉?」
冷気すら感じさせる銀髪、夜の獣にも似た鋭い目鼻立ちは誰であろう、“飛天のラファエル”その人であった。
“ウリエル”のメグリと肩を並べるトップファイターであるイドは、ランが呆然と呟いたのを触発として、引き結んでいた唇にグッと力を込め――――その場からかき消えた。
「ラン、会いたかった!」
直後に衝撃。
目で追うこともかなわぬ高速タックルでランを畳に押し倒すと、そのまま覆い被さって力いっぱい抱き締めてきた。
「ああ、ラン。本当にランだ! よかった。よかったよ。背、伸びた? とっても、立派になってる」
容赦のない抱擁に骨が軋む。
乱暴な頬擦りで、顔がちぎれそうだ。
メグリのそれとは違って余裕のない、少しでも緩めたら逃げ出すとでも思っているかのような、必死なハグだった。
「い、イド姉。苦し……」
たまらずランは押しのけようとするが、ふと異変に気付く。
触れ合った頬に感じる湿り気。イドの肩が小さく震え、嗚咽が漏れていることに。
「……ほんとに、ごめん。ずっと放っておいて。心配してた、なんて今さらだよね」
イドは身を離して、正面からランの顔を見下ろす。
その目には、薄く涙がにじんでいた。メディアを通して眺めていた、“ラファエル”の凛とした美しさは脆くも崩れて、昔スラムでともに暮らしていたころの幼さが表に現れている。
画面の向こうのスター選手という仮面を着けないイドは、再会できた感激と、拒絶されはしないかとの不安に揺らぐ、ただの姉でしかなかった。
「ラン……僕のこと、怒ってる?」
手を伸ばしたのは、ほぼ無意識だった。
イドの泣き顔を見るとランも胸が張り裂けそうで、何とかしなければならない気がして、体が勝手に動いていたのだ。
指先で涙を拭ったら、イドは安堵したように相好を崩した。
「イド姉。僕、は……」
「ラン……僕、僕……」
再び顔が近付いて、コツンと額がぶつかり合う。
懐かしい硬さだ。グリグリと首を揺するたびにイドの髪が頬くすぐるが、スラムの記憶よりもサラサラしていて、スッキリといい匂いがして……――――
「――コホン」
咳払い。
見遣ると、階段を下りてきたところにメグリが立っていた。
腰に手を当て、ジトリと半眼になってこちらを睨み付けている。
「ちょっと、イドちゃん。勝手に他人の家へ上がり込んで、何をやってるのよ」
メグリはズカズカと歩み寄ると、イドの首根っこを掴んでランから引き剥がした。悪戯した猫よろしく宙吊りにされたイドは、不貞腐れたように目を逸らす。
「……執事には、挨拶したし」
「知ってるわよ。応接間で待つように言われたはずでしょ。なのに行ってみたら影も形もないのは、どういうことかしら?」
「……早く、ランに会いたかったから」
「だとしても、一言くらい言えばいいじゃない、わざわざメイドたちの目を盗んで消えなくたって。防犯カメラにすら映ってないから、屋敷中を探すところだったわ」
「……つい、クセで」
「つい、で泥棒のマネなんてしないでちょうだい」
ため息交じりに投げ捨てると、イドは空中で体をひねって綺麗に着地した。身のこなしの軽さまで、猫も顔負けである。
何食わぬ顔で革ジャケットの乱れを直すイドを、メグリは小憎たらしそうに睨んでから、ランへと向き直った。
「ごめんなさいね、ランくん。ビックリしたでしょう。ケガはない?」
「僕がランにケガさせるわけない」
イドの抗議を、今度はメグリが素知らぬフリをする。
ランの体をペタペタと撫でたり叩いたり、見ているイドが苛つき始めるくらい念入りに触ってから、ホログラムを操作するためのヘッドセットのベルトを緩めた。
「もうモルファイトの練習って感じじゃなくなっちゃったわね。午前のお茶も兼ねて、上で休憩しましょうか」
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