第17話 国の窮地

 ミラと決別してからというもの、ユーマは陰鬱な日々を過ごしてた。あれだけ、躍起になっていた貴族の検挙にも身が入らず、ユーマは仕方がなくダンジョンにもぐり、武器や防具や回復薬などを集めることに力を使った。

 ダンジョンの中で活動していると嫌なことを全て忘れられた。日中はダンジョンにもぐり、夜になると自宅に帰り寝る。そんな生活をしばらく続けていた。

 

 ユーマの様子の変化に、シリカが一度「なにかあったの?」と尋ねたがユーマは何も答えなかった。

 シリカはユーマがここまで落ち込んでいるのは見たことがなかったが、本人が話したくないのならと無理聞き出そうとはせず、普段通り振舞った。おいしいご飯と暖かい風呂を用意してくれるだけでユーマにとってはありがたかった。

 

 そんな日々がしばらく続いたある朝、ユーマが食後のコーヒーを飲みながら、いつものように配達された新聞を読んでいると、大きな警報音が鳴り響いた。非常時になる非常事態警報であった。ユーマが驚いているとシリカも慌てて寝室から降りてきた。

「なに? 今の音?」

「わからない」


 シリカも寝巻にぼさぼさの髪もそのままに不安な顔をしている。町に非常事態警報が設置されているのは知っていたが、鳴ったのは初めてであった。

ユーマは家を飛び出ると、辺りの様子をうかがった。街中では人々が慌てふためき混乱を極めていたが、ユーマはある情報を聞いた。


「大群進が起こったらしい」

中年の市民の男がそう口にしたのを受けて、ユーマは血の気が引いた。


大群進――それは数百年に一度、起こると言い伝えている物である。どこからか現れた魔物たちが数万、数十万と集まり、無差別に暴走をするのだ。村も町も国家ですら飲み込んでしまうほどのまさに大災害であった。

 

290年前に発生したときは当時のアルドナ国内への侵入を許し、国民の3分の2が殺されると言った被害が出たと記録に残っている。アルドナ国で生まれ育ったものはみなその歴史を伝え聞いているため、大群進が近づいてきているという情報を聞いたものはみな戦慄した。

 腰が抜け、立てなくなってしまうものも続出した。


 ユーマはシリカに自宅で待つようにと指示を出すと瞬間移動を使い、両親の墓がある丘の上に移動した。丘の上から南の方角を凝視してみると、砂嵐のようなものが地平線を埋め尽くしていた。

 

 ユーマは今度、その砂嵐に向かって瞬間移動をしたユーマは、上空から落下をしながら驚くものを見た。

人獣型魔物、動物型魔物、植物型魔物、鳥類型魔物などありとあらゆる魔物が怒り狂ったような奇声をあげながら猛烈なスピードでアルドナに向かって突き進んでいた。

 

 何てことだ。多すぎる。これでは確実にアルドナは滅ぼされる。


 迫りくる魔物の群れを間近で見た。ユーマは戦慄した。ユーマの見立てでは魔物の数は6万を超えている。魔物の侵攻というより、魔物の津波であった。

見ない方が良かったと後悔の念が浮かんでしまうほど絶望的な情況であった。

 

 ユーマは、再び能力を使い、アルドナに戻った。慌てふためく人々の中でユーマはシリカに二階の屋根裏にいるように指示を出した。

 

 この町には市民のためのシェルターなどはどこにもない。国外に避難させようにも、人間の姿を見つけた魔物によってすぐに見つけられてしまうだろう。この辺り一帯はすべて魔物に覆われてしまうことが予想されたユーマはそれならばまだ家の3階に当たる屋根裏の方がもしもの時に幾分か安全だと考えた。


 ユーマの指示を聞いたシリカは屋根裏に持ち込む荷物を整えた。もしもの時は自分も戦うつもりなのか包丁まで持ち出していた。


「ユーマ。絶対に死なないでね」

シリカは二階に上がっていく前にユーマに抱きついた。顔には不安の色が浮かんでいることが見なくてもユーマはわかった。体もわずかに震えていた。


 ユーマはそんなシリカを優しく抱きしめると、あえて微笑みを浮かべながら言った。

「心配ないよ。俺が必ず守るから。ダンジョンの最下層から戻ってきたんだぞ」

「ユーマ」

「ほんとに余裕だって。本でも読んで待っててよ。君もこの国も俺が守るから」

「ユーマ、私にとってはあなたが一番だから! 国も私も後回しで良いから! 絶対に死んじゃだめだよ」

「ああ。わかった」

シリカはユーマを思いきり抱き締めるとユーマの頬に口づけをして2階に上がっていった。


 その後ろ姿を見送ると、ユーマは姿を消した。


 私のことも後回しで良いからと口にした、シリカの言葉から大きな愛情を受け取ったユーマは、自分の中で熱い炎がさらに大きく燃え上がるのを感じた。


 死なせない。絶対に君だけは。いや、この国の全ての人を守って見せる。

 

 ユーマが練兵所に向かうと、そこにはもうだれもいなかった。普段厳しい訓練を行っているだけあり兵士たちに動きは迅速だった。


 ユーマは兜をかぶると、街の外へ向かった。国の周りを覆う外壁の上に立ち、眼下を見下ろすとアルドナ国の一般兵五万人、神聖騎士団49名。国の全兵力が勢ぞろいしていた。


 また、自宅にあったありあわせの防具を着てきたような男たちも三万人ほど見られた。ほとんどは一般市民であったが、その中には貴族たちもわずかに混ざっていた。


 以前、軍に所属していたと思われる者も見られたが、それはわずかでほとんどはろくに戦闘訓練などしたことがないもの達であった。


その光景を見たユーマは目頭が熱くなった。

「今は貴族だとか市民だとか言ってられない。国を守るために立ち上がったここにいる全ての人を必ず守って見せる」

ユーマは自分の全てをかける覚悟で戦いに臨むことを固く誓った。


 やがて、アルドナ国の全戦力は近づいてくる砂嵐に向かって進軍を開始した。ユーマはあり合わせの人で作られた部隊の近くに立ち、同じく進軍した。

 砂嵐が近づくと、ユーマは腰から剣を抜き去り、一人、先行して魔物たちの中に飛び込んだ。莫大なオーラを身にまとい、高速攻撃を繰り出し、強そうなモンスターを切り裂いていった。


 わずか数十秒の間で500体以上の魔物が倒れ伏した。

戦闘を駆けていた魔物たちが次々に倒れ伏したことにより、魔物の群れのスピードが落ちたが、アルドナ軍の方からは砂煙で何も見えなった。

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