第36話「世界共通の世知辛さ」

「美味しい。あったかいご飯を食べたのは初めてかも」


 ドゥーエのご飯を食べたニクスは感動で涙ぐんでいた。

 隣でフィアが気まずそうな顔でいる。


「仲間になるんでしょ? ならこれからはいっしょに食べればいいよ」


 とドゥーエが言うと、ふたりはこくこくとうなずいていた。


「餌付け成功って感じ?」


 トーレがニヤニヤしている。

 思ってたのとはちょっと違うけど、これはこれで良しとしよう。


 今日はまだ時間があるし、エルフの集落にも行こうかな。

 

「わぁ! 何これ! すごく美味しい!」


 とニクスが声をあげたので視線を向けると、炭酸水を飲んだらしい。


「これリーダーの考案した飲み物だよ。すごいでしょ?」


「すごーい」


 ニクスのキラキラ輝いた目がこっちに向けられる。

 そしてトーレは俺のことを自慢するのか……意外だけどいいか。


「仲間になったんだから炭酸水も支給してやってくれ」


「はーい、よかったね。ニクスだっけ?」


「は、はい!」


 トーレとニクスは気が合うのかニコニコしている。

 それを見たフィアもうれしそうにふたりの少女を見守っていた。


「ここはみんなに任せて、俺とウーノはエルフに会いに行こうか」


 なじめそうならひとまずは安心してもいいだろう。


「承知した」


「いってらっしゃい」


 どうなるのかわかってないニクス、フィアを尻目にドゥーエとトーレが笑顔で手を振る。



「着いたぞ」


 相変わらず転移魔法は強すぎるなと感じた。

 俺の目の前にはエルフが暮らすという大森林が広がっている。


 進もうとしたとたん、足元に矢が飛んできた。


「そこで止まるがいい。珍妙な不審者め」


 低い男性が威嚇するように忠告を飛ばしてくる。

 エルフの見張りだろう。


 炎豹族とは違って警戒心が強いと感じる。


「エルフの集落を見学したいんだけど」


「断る。消えろ」

 

 このうえなく冷淡な返事だった。

 直後、ウーノが不可知化をいきなり解く。


「たかだかエルフが生意気を言うじゃないか」


「!? せ、精霊さま!?」


 姿が見えないのに激しい動揺と驚愕がしっかりと伝わってくる。


 ウーノが強大な力を持った精霊というのは、エルフならばひと目で見抜けるんだろう。


「こっちのルーはわらわの契約者だ。相応のあつかいをしろ」


「し、失礼しました!」


 向けられていた敵意は消え、武装解除した見張りのエルフたちが四名姿を見せる。


 ウーノの存在は彼らにとって非常に大きいらしい──邪精霊だけど。


「本日はどのようなご用件でしょうか」


 彼らが礼を尽くしてるのはどう見てもウーノだけど、面倒が省けるなら何でもよかった。


「エルフの集落を見学に来たんだ」


 さすがにいきなりオルロを出せと言っても、エルフに不審がられるだけ。

 強ければだいたいオッケーの炎豹族と同じ対応はできない。


「どうせなら【試練】を受けたらどうだ?」


 とウーノが言い出す。

 

「【試練】って何だっけ?」


 ゲームにそんなものなかったはずだ。


「【エルフの大試練】ですか」


 エルフがしぶい顔をする。

 俺が知らない情報をもとにして話が進んでいく。


「わらわとこやつを受けさせてもらおう」


「わ、我々の一存では許可できません。長の判断をあおがなければ」


「ちっ」


 ウーノは大きく舌打ちしたけど、明らかに彼らのほうが正しいと思う。


「とりあえず長に会わせてくれ。長と交渉するから」


 どうせオルロの件だって長と話したほうがいいに違いないので、要求してみる。


「何だ、温和な道を行くのだな」


 とウーノが意外な顔をした。


 たしかに俺ってまっとうな存在じゃなくなってるんだけど、立てなくてもいい波風は立てたくないんだよな。

 

「エルフに戦いを仕掛けに来たわけじゃないからな」


 ウーノとクワトロがいる以上、戦っても普通に勝てそうだけど。


「なるほど。契約者の意思を尊重しよう。命拾いしたな、貴様ら」

 

 とウーノが言うとエルフたちは露骨にホッとし、俺を見る目が変わった。

 なるほど、意外と腹芸もできるウーノの狙いはこれだったのかも。


「ルー殿でしたね。長には話を通すので少々お待ちを」


 礼儀正しい態度で話しかけられる。


「ああ、待たせてもらうよ」


 アポとかなしでいきなり来たのはこっちなので、べつに不愉快じゃない。


 むしろウーノの威光をちらつかせることで、炎豹族相手にやったのと同じ手口が通用したことに驚いている。 


 認められる力があればある程度の理不尽や強引さがまかり通ってしまうのは、この世界共通の世知辛さかな。


 ヒューマン社会だって実質同じだし。

 俺だってもっと力をつけて、理不尽に泣き寝入りしなくてもよくなろう。


「待たせてすまない。長がぜひともお目にかかりたいそうだ」


 大して待たされてないので、おそらくエルフは魔法を使って長に知らせたんだろう。


 エルフたちならある程度の力の強い精霊たちの力を借りることができる。


 その点、ウーノ以外の精霊とは簡単な意思疎通しかまだできてない俺よりも、ずっと上手のはずだ。

 

 弓とショートソードで武装したエルフたちに囲まれながら俺は大森林の奥へと進んでいく。


 平気なのは圧倒的な存在感を放っているウーノのおかげだ。


 見上げるほど高い木々に日光がさえぎられているのに視界が良好で歩きやすいのは、エルフの結界魔法によるものだろう。

 

 敵認定されたら恩恵を受けられず、侵略者対策にもなるのが利点という優れモノだ。


 ウーノ・シンクエが規格外だけど、エルフも個では強い種なんだよな。


「なるほど、たしかにおそろしく強大な精霊さまじゃ」


 広場みたいなところでぞろっとエルフたちが待ちかまえていて、中央にいる老年の女性がウーノをひと目見て言い放つ。


「容姿といい、圧迫する魔力といい、まるで……」


 ウーノを見て何か疑うような表情になる。

 邪精霊だってもしかしてバレたか?


 いや、カマかけのほうかもしれないから、なるべくポーカーフェースに努めよう。


「試練を受けてもよいのだな?」


 とウーノが長に問いかける。

 本命はオルロのほうなんだけど、いまは言える空気じゃないな。


 信用がないのか、情報を教えてもらってないのか、この場にいないし。


「たしかにあなたさまほどの精霊と契約してるなら、試練を受ける資格はある。だが、しくじれば大いなる災いが降りかかるぞ。それでもよいか?」


「ふっ」


 エルフの長のおごそかな問いかけをウーノは鼻で笑う。

 まあ彼女こそがこの世界において最強最悪の災いだもんな。


 自分くらい強いやつなんて三神龍しかいないと知ってるからの態度なんだけど、エルフたちはムッとしている。


「さっきから態度が大きいのではないか?」


「いくら精霊さまだからと言って許されないものがあるのでは」


 若そうな外見のエルフが噛みついてきた。

 エルフって精霊信仰が強い種と聞いていたから、これはちょっと意外な展開である。


「相変わらず有象無象はよくさえずる。時代がうつろっても変わりなしか」


 とウーノは挑発した。


「い、いかに精霊さまといえど、許せぬものは許せぬ!」


「おのれ!」


 血気にはやる若者たちが怒りをあらわにする。

 面倒なことになってきたな。


 とは言えウーノが意味もなく無駄な挑発はしない性格だと、すでに把握しているのでここは流れに乗っておこう。


「わかった。精霊を従えてるだけで試練を受けると言っても、あなたたちだって納得できないだろう。俺のウデを試してみるといい」


 と俺から告げた。


「もちろんだ! いまさら引っ込みはつかないぞ!」


 若い集団が中心になって叫ぶ。


「じゃあ俺と誰か、勝負をしよう。もしも負けたら試練はあきらめると約束する」


 と俺が言うと、探るような視線があっちこっちから飛んでくる。


「本当じゃな? 気が変わったというのは認めないぞ?」

 

 長までもが念を押してきた。

 できれば試練なんてものに触れなくないという気持ちが伝わってくる。


「では我々三名が相手しよう! 我らと三対一で敵わないなら、試練を超えられるはずがないが、受けるだろうな!?」


 一番敵意を飛ばしてきてるエルフが前に乗り出しながら提案してきた。

 なかなか上手い言い回しだけど、べつにウソをついてるわけじゃないだろう。


「ああ、受けよう」


 エルフと炎豹族だと個体差にそんな差はないはず。


 長クラスだと強い可能性はかなりあるけど、若くても強いのはオルロみたいな例外くらいだ。


 三人のエルフは半円の陣をつくり、弓矢をかまえて俺を狙う。


「エルフの力を思い知るがいい!」


 エルフが使う【精霊矢】は自動追尾性能がついていて、魔法属性のダメージを与えてくる。


 だから当たって止めれば意味をなくすので、【神硬鱗】で防いでしまう。


「なに!? 我らが矢を普通に受け止めただと!?」


 エルフたちは俺の対応法を想定してなかったと愕然としている。

 【神硬鱗】の守りを突破できる攻撃力があるとやばかったけど、彼らにはないらしい。


「そ、そんなバカな。その技はディアスグラムさまの……」


 長はどうやら技のことを知っているらしく、驚き方がほかのエルフとは違っている。


「まだルーと戦うか?」


 とウーノが威嚇するように問いかけた。


「わ、我らの負けです。どうかご寛恕を」


 長はさっきまでよりもあきらかに腰が低くなる。

 技を使った意味はあったようだな。


「試練に案内してくれ」


「はっ。こちらです」


 怪訝そうな同胞たちを無視するように、長は俺に礼儀正しく答えて、道案内してくれる。


 封印は地下洞窟の奥底にあるようだったけど、何か見覚えのある気がするぞ?


「ここがそうです。どうぞお気をつけて」


 エルフの長が立ち止まったのはめちゃくちゃ見覚えのある、ふしぎな模様が描かれた岩の扉の前だった。


 これってもしかして魔王の封印なんじゃないか……?


 ゲームだと何者かに封印が破られたって記述があったけど、もしかして誰かのやらかしだったのか? 


 そう言えばエルフの大森林だって今日見た静寂で整った景観じゃなくて、もっとボロボロだった気がする……。

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