第15話「ふり返ってみれば」
「反対だ!」
庭に戻ろうとしたとき、珍しくウーノが俺の意見に反発する。
いや、さっきからされてるか……?
「いや、でも、罪のない魔物を解放したらほかのヒューマンにまたひどい目に遭わされるかもだろう?」
【ゾディアック】で引き取ったらそういう心配はなく、戦力強化にもつながって一石二鳥じゃないか。
「そいつらはいい。こいつをわらわの庭に入れるのが反対だ!」
とウーノはびしっとシンクエを指さす。
「どうもどうも、きらわれたもんだね」
本人(外見上)はどうでもよさそうに笑っている。
「ルークに免じて敵対はしないが、いやなものはいやだとは言わせてもらうぞ」
ウーノの鼻息は荒く、これは説得は無理だなと思うしかない。
「いいよ、ルーク。ボクだってこいつとは馴れあうつもりはない。こいつの性格も知っているし、ボクだけのけ者になるなんて気を回す必要もない」
「そ、そうか?」
まあ地神龍なんだから、ヒューマンとは感性も違うんだろう。
「そもそも、庭とやらはおそらくこいつのプライベートゾーンだろう。ならばならば、相当気を許した者しか入れたくないのは道理だと心得る」
「え、そうだったの?」
思わずウーノの顔をまじまじと見つめる。
気軽に出入りしていたから、簡易につくれる出張所的なものだとばかり思っていた。
「よ、余計なことを……」
ウーノは真っ赤になって目をそらす。
その様子がシンクエの言葉が事実だと物語っている。
「やはりやはり、そうだったか。ならばならば、きみのことはよほど気に入っていると見える。きみを見守ろうとしたボクの勘も捨てたものじゃなさそうだ」
彼女はニコニコしながらウーノと俺を交互に見ていた。
反発して言い返しそうなウーノは何も言わず、じっと羞恥に耐えている。
「とりあえず移動はしないか? そろそろ騎士団が来てもふしぎじゃない」
破壊音と戦闘音は近隣に聞こえていただろうし、シンクエが地上までぶち抜いたからな。
「承知した」
ウーノの力でシンクエをのぞいて俺たちは庭に移動する。
「あいつひとりくらい、ヒューマンをどうにでもできる。心配してもムダだぞ」
面白くなさそうにウーノが俺に言った。
「そもそも地神龍さまだから悪者を懲らしめた、でみんな納得すると思うの」
とトーレは笑う。
それもそうか、あいつだけは逃げる必要がなかったのか。
ウーノが不愉快そうに舌打ちする。
彼女がここまで機嫌が悪いのも珍しいけど、関係性を考えれば無理もはない。
「仲間にするのいやだったか?」
と問いかけると、首を横に振る。
「あれはルークが正しい。あいつは陰険で狡猾だ。近くに置いてわらわが監視するのがよいだろう」
と言って彼女は「すまない」と謝った。
「わらわがこうでは、ルークの究極の一手を壊しかねないな。すまない」
「いや、それは持ち上げすぎだと思うけど」
ただ、生き残れる可能性が高い選択肢を必死で選ぼうとしているだけだ。
このまま空気が微妙なままでは困るから何か考えたほうがいいかな。
「契約者に迷惑をかけてはわらわの沽券に関わる」
ふーっと息を吐き出してウーノはいつもの表情を浮かべた。
「よし、切り替えた。向こうが仕掛けてこないかぎり、わらわはもう何もしない」
思わず彼女の髪をなでたくなって手を伸ばす。
「こら、無断で髪を触ろうとするな」
「ごめん」
そう言えばそういう話は前世でもそうだったっけ。
彼氏でも許さないって姉が酒を飲みながら言ってた記憶がある。
そもそもウーノは俺より年長の精霊で、年下の女子じゃあないんだよな。
「すこしだけなら許そう。優しくな」
と許可が出たのでなでてみる。
めっちゃ手触りがよくて、びっくりした。
「ルーク以外には触らせたことないし、許可は出さないんだぞ」
だから感謝しろってことかな?
「うん。ウーノには感謝してるよ。契約できて最高によかった」
たまにはしっかり感謝の気持ちを伝えるのはいいかもしれない。
俺の方針っていまのところウーノがいるのが前提になっちゃってるもんな。
「わ、わかっているならいいのだ」
ウーノが真っ赤になってうつむいたのは誤算だ。
彼女にも照れるという感情はあるらしいのは、さっきのやりとりで気づいてたけど。
ふり返ってみればたしかにめちゃくちゃ人間、もといヒューマンくさい言動ばかりだけど。
「ウーノだけいいなー」
「トーレ、空気を読もうよ」
うらやましがるトーレ、それを制止するドゥーエの声は聞こえないふりをする。
「話がまとまったならいいか? 魔物たちの暮らす場所はともかく、食料がこのままだと足りない」
とクワトロが手を挙げて発言した。
「やべえ……食料のことまでは考えてなかった」
「おい」
「ちょ、ボス!?」
「リーダー?」
俺がしまったと言うと、周囲からいっせいにツッコミが入る。
「金ならあるけど、誰が何を食うかまではな」
ナビア商会からガンガンアイデア料が入ってきてるので、いくら何でもまかなえるだろう。
「それは吾輩が聞き出すが、購入するなり集めるなりは手分けしないとな」
クワトロの言葉が耳に痛い。
「物がわかればわらわが何とかしてやろう」
とウーノが言った。
「さすが頼りになる! もはや女神!」
ドゥーエが感謝して絶賛すると、彼女は顔をしかめる。
「お前らには褒め言葉なのだろうが、わらわには褒め言葉じゃない。ほかの言葉にしてくれ」
三神龍がきらいだったら女神のこともきらいか。
「精霊の中の精霊!」
と俺が言うと、一気に機嫌がよくなる。
「うむ。さすがルークはよくわかってる」
いつもは褒めて終わりなのに今日はボディータッチされた。
「すまないがクワトロ、頼む」
「承知した」
クワトロとウーノに任せればいいとして、俺は次のことを考えなきゃ。
つまり、人手の確保だ。
「人手を増やすのって簡単じゃないんだな」
実のところ人外なら、ウーノとクワトロの関係で集まってきている。
だが、組織の幹部とも言えるポジションに入れるのはシンクエまでだ。
「これまで修行を重点的にやっていたのだから仕方あるまい。力がない者に従わない者は多いのだからな」
とウーノが戻ってきて言う。
まあどんな状況でも必ず彼女が守り切ってくれるとはかぎらない。
自衛能力を磨き、彼女が駆けつけるまで時間を稼ぐ、という目標は変えなくていいだろう。
ちらっと見たら魔物たちが喜んでがっついてるので、当面の食料はすでに確保してしまったらしい。
「俺はともかくドゥーエはそろそろ家に戻らないと怪しまれるかな?」
「そうだな。ルークは寮に、こやつは子爵家に送り届けよう」
ウーノの力なら二秒程度で済む。
寮に戻れば誰もいない静かな時間が訪れる。
こっちでも修行したいくらいだけど、実は強いなんて思われたくないからなぁ。
どうしようか悩みながらベッドの上に寝転がって、仰向けになるとシンクエと目が合った。
「!?」
思わず叫びそうになった俺の口を、シンクエの小さな手がふさぐ。
「しーっ」
「お、おう」
きれいな顔が近づいてドキドキしたが、心臓に悪いほうの理由だろう。
「貴様」
ウーノは怒りをにじませた声を出して姿を見せる。
「やはりここで決戦といくか?」
「怒るな怒るな、ウーノ。ルークにいい話を持ってきたのだ」
「いい話?」
敵意を感じないのでウーノを制止して、シンクエに聞き返す。
「ボクが見るところきみの技能はだいぶ攻撃にかたよりがあるね。指導するのが彼らなら当然の結果だと言えるが」
「それはそうかも」
ウーノもクワトロも攻撃重視で、やられる前にやれが基本だ。
性格的にも戦闘スタイル的にも。
「ならばならば、防御はボクが教えよう。きみが自分の身を守ってる間に、ウーノやクワトロが敵を殲滅する。これはこれはいい話じゃないかい?」
「たしかに」
弱い相手だったら攻撃特化のほうが早いけど、もしも自分の攻撃が通じない、倒しきれない強敵とぶつかったら?
間違いなくウーノ頼みになる。
「何をたくらんでいる?」
ウーノがシンクエをにらむ。
「彼に何かあればいまのきみは間違いなく激怒し、世界を滅ぼしにかかる。ならばならば、そんな破滅を避けるのは道理じゃないかい?」
「……くっ」
ウーノは反論しなかった。
「俺の生存率が世界の安全に直結してると考えるなら納得だ」
と俺も納得する。
まさか自分が死ねない理由がこんな風に生えてくるとは思わなかったけど。
シンクエはじーっと俺を見つめる。
「きみが首領の組織の一員になると言ったのはボクだからね」
何かを待つような表情で言われた。
うん? もしかして命令しろってうながしてるのかな?
「シンクエ。俺に防御を教えてくれ」
と言うと、彼女はなぜか不完全燃焼みたいな顔だ。
「もうすこし強い指示を出したほうがいいんじゃないかな? 組織の長は強い態度も、ときとして求められるからね」
それもそうかもしれない。
ウーノやシンクエ相手に俺が強がっても滑稽なだけだと思うけど、組織の秩序としてはできたほうがいいのか。
「シンクエ。俺に教えろ」
「……うん、いいね」
今度は満足そうにうなずく。
けじめを重んじる性格なのかな?
ウーノが何やら警戒するような目を向けてるけど。
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