第2話「この世界は残酷だった」

 陰の組織を自分で作ると決めたまではいいが、大きな問題がある。

 金も権力もない小物子爵の息子にとって、信用できる仲間なんてゼロに等しい。


 両親は侯爵の権勢にペコペコし、金持ち商人たちにもよく言えば腰が低く、悪く言えば頭が上がらない人たちだ。


 きらいにはなれないが、「頼り」という文字の意味とは対極にいる。

 いまの俺には両親のコネしかないからなぁ。


 すくなくとも自分で仲間を勧誘できるだけの力と、つなぎとめるだけの何かを身につけなければ。


 幸いなことに両親は俺の教育には乗り気で、勉強も戦闘訓練もまともな家庭教師を用意してくれた。


 跡継ぎがボンクラだったら、二百年くらいの歴史があるらしい子爵家が一巻の終わりだから、というシビアな理由も当然あるんだろうな。


 そして残念なことに俺には素質はあまりなかった。


 魔力量はそこそこだし、鍛えれば向上は見込めるらしいが、魔法として操る才能のほうが足りてないという。


 魔法はとても便利な技能で、火や水を出したり、生鮮食品を新鮮なまま保存したりできる。


 魔法を使うレベルがどれだけ高いかで、人生は大きく変わると踏んで頑張ったつもりだったが……世知辛いことにこの世界でも才能の差は残酷だった。


「ルーク坊ちゃん、魔力の扱い自体は上手いので、こっちを鍛えれば戦士としてはいけるかもしれませんね」


 という二十歳くらいのイケメン家庭教師の言葉は、おそらく落ち込む俺をなぐさめるためのものだろう。


 魔力の扱いが上手いのに魔法使いとしての才能がないって何なんだよ?

 日本人だった身にはよくわからない文脈ですね……。

 

 向いてないことを頑張るだけの余裕はないので、とりあえず向いてることだけを頑張っていこう。


 毎日魔力を込めて素振り。

 基本はこれである。


 戦闘とは敵の防御を突破すること。


 イケメン家庭教師いわく飛びぬけた実力者なら、防御の上からでも敵を瀕死にできるらしい。


 さすが魔力と魔法がある世界だ。

 防御したのに死ねるって、よほど条件が違ってないかぎり日本じゃまず考えられない。


「むしろ防御を学んだほうがいいのでは?」


 と疑問を言うと、イケメン家庭教師は微笑む。


「防御も魔力が重要です。つまりいまのやり方で間違ってないのです」


 ああ、話を理解できてないと思われたのか。


 俺が知りたかったのは、自分よりも魔力の高い相手の攻撃を防御するテクニックなんだけど。


 この世界にはないのか、この人が知らないのか、どっちだろうか?

 ……何となく前者の可能性が高い気がする。


 元がゲームということもあって、魔力の多寡がすべてって世界でもそんなに不思議じゃない。


 テクニックを覚えようとしても無駄という場合を想定して、ここは素直に教えに従うとしよう。



 やりたいことは多いが、いまやったほうがいいことも多く、子ども時代って実はその気になればけっこう忙しいのだと身をもって学ぶ。


 前世では何となるだろうとぼんやりと思っていたものだが、この世界ではそんな甘えは自殺行為だ。


 せめて出番すらないモブキャラだったらまだマシだったのに、何もしないと破滅する運命が待ってるんだから頑張るしかない。


 とりあえず今日はお菓子作りの練習である。

 なんで子爵の跡取りがやるのかって?


 上位貴族のご機嫌取りのテクニックとして使えるから学べって、父親から言われてしまったからだ。


 まあ貴族と言っても、本当の意味で他者に傅かれるだけの支配者クラスってほとんどいないらしい。


 現実は世知辛い。




 夜、俺はきょろきょろと見回してそっと家を抜け出す。

 十二歳になったので、そろそろ仲間を探したいと思うのだ。


 待っていても信用できる仲間なんて来てくれないんだから、自分から見つけに行くしかないじゃないか。


 とは言え、しょせん俺は十二歳にすぎない。

 仲間を勧誘しようにも選択肢はかぎられている。


 困っている年の近い子、あるいは育てば化けそうな魔獣の子どもあたりが狙い目だろうか?


 仲間に引き込むためには最初に恩を売っておかないと、十二歳の言うことなんて誰も聞いてくれないに違いない。


 なんて計算をしはじめているものの、うちの領地は治安は悪くない。

 たしか失業率も税率も低いはずである。


 そんな土地じゃあ都合よく恩を売れそうな存在なんてそうそう見つからないよなーと思いはじめたら。


 暗い林の方角から何やら人の話し声が聞こえてくる。

 魔力をまとっているおかげか、聴力も日本人より上になってると思う。

 

「これが本当に邪精霊さまの祠なのか?」


「ああ。違いない。弱小領地だから目立たないのさ」


 話してるのは中年のふたりの男。

 彼らの足元にはひとりの女の子が気絶して倒れている。

 

「こいつを生贄を捧げてみればわかるさ。ニセモノだったら何も起こらない」


「なるほどな。試してみるだけならタダってわけだ」


 人の命はタダじゃないだろうとツッコミを、心の中で入れてみる。

 だけどまあ、邪精霊の祠とやらはニセモノだろう。


 邪精霊っていうのはほとんどのルートで隠しボスを務めた圧倒的に強い悪のボスキャラだ。


 復活する際必ず封印を解くシーンが挿入される。


 あの場所がどこかは明記されてなかったけど、うちみたいな弱くて小さい領地、それも誰でも封印解けそうな位置にぽつんと置かれてるはずがない。


 と思うけど、ここは人助けて女の子に恩を売るチャンスだ。


 仲間にはなってくれなくても、将来何らかのコネとなって返してくれたらラッキーだと期待しよう。


「あばーっ」


「げひゃーっ」


 ふたりの男はさっくりと絶命してもらった。

 命を奪う作業はすでに経験してるので、いまさら何も感じない。


 さて女の子を起こして……と思ったらばったり目が合う。


「助けてくれてありがとう」


 か細いけどしっかりと礼を言われてしまった。


「気絶してるふりをしていたのか」


 流れからしてほかに考えられない。


「ええ。わたしじゃあいつらには勝てないから」


 悔しそうに少女は言う。

 そんな強そうには見えなかったけど?


 まあこの子に戦闘力なんてないだけかもしれない。


「弱ってるね。水を飲む?」


「ありがとう」


 念のため持ってきていた水筒の水を彼女に飲んでもらう。

 さて、ここからどうしようかと思っていたら、祠がガタガタと揺れ出す。


「ふ、封印が解ける」


 女の子の言葉に俺は呆然とする。

 は? ウソだろ? まさかこの祠って本物だったのか?


 祠は小さく光に包まれて固く閉ざされていた扉が開く。

 どうしてこうなった?


 数秒考えて、さっき始末したふたりの男を生贄として捧げられたのかも、と気づいた。


 やばい、こんなところで邪精霊に復活されたら、俺はいきなり死ぬのか。

 あっけない二度目の人生だったな……。


 あまりにも突発的に「死」がやってきたせいなのか、自分でも驚くくらいに冷静なままでいる。


「わらわを呼び起こしたのは、そなただな?」


 と言いながら姿を現したのは、黒いゴスロリ風の衣装をまとった銀髪のきれいな少女だった。


 月光によく映える美貌はゲームでも見覚えのある邪精霊そのものである。

 

「ああ……」


 邪精霊にごまかしなんてきかないので認めた。


「あと二十年くらいは眠っているつもりだったのだがまあよいか」


 二十年後ってたぶんゲームで復活する時期なんだろうな。


「褒美のかわりにそなたの願いをかなえてやろう。いまのわらわにできることにかぎるがな」


 と邪精霊は言ってくる。

 あれ? こんな展開、俺は知らないぞ?


 復活した直後、何がどうなるのか省略されるせいか。


 素直に考えると俺って邪精霊に殺されるか、邪精霊を復活させた凶悪犯扱いで処刑されるか、どっちかだよな?


 どうせ死にかねないならいっそ開き直ってやろうと決める。


「俺は友だちが欲しくて探してるところなんだ。よければ俺と友だちになってくれないか?」


「ふむ? 友だち? わらわと?」


 意表を突かれたらしい邪精霊が目を丸くした。


「それはまたずいぶんと欲がないな」


 そして彼女はけらけらと笑い出す。


「いいだろう。ヒューマンの友だちを持つのも一興だ。友だちになろうではないか」


 邪精霊はにこりと笑って俺と握手した。

 とても大陸を破壊して世界を滅ぼそうとする、巨悪には見えないなぁ。

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