第17話 厄介者

 黒の創造神セレリールの祝福を受けて良かったと心の底から思っている。

 あの出会いと死に物狂いの訓練が無ければ、この場面で打てる手は少なかった。

 器が広がったという意味を、訓練を重ねたことで嫌というほど知った。

 祝福は確かに存在したのだ。


「……アルメリー」


 彼女は春の月を終わらせる鐘の音を聞くと同時に、白い寝間着を揺らしながら窓から飛び出した。

 月明かりの下を舞う、その幽玄のような姿を、俺は城門の陰で目にしていた。


「まったく……俺の仲間に何てことをしやがるんだ」


 目指すべき場所に向かって、俺は全速力で駆けた。

 たった一人の「仲間」を「本当の仲間」として救うために。



 聞いていたとおり、アルメリーは特徴的な大木の近くに立っていた。

 虚ろな瞳で何かを待つような体勢。

 周囲にはゴーストの影がちらほらと見える。

 彼女は動かない。表情も乏しい。

 こちらも木の影に身を潜めじっと時を待った。


 すると――

 俺の視界の先を金色のオーラがそろそろと横切った。

 人型だ。

 本当に来たのか、という思いと、できれば来てほしくなかったという思いが複雑に入り混じった。


 異世界に来て、初めて不安で汗が流れた。

 静かに唾を飲みこみ、落ち着かせるように何度も深呼吸を繰り返した。

 不思議なほどの冷静さが、心の奥に舞い降りた。


 大丈夫。いけるはずだ。

 今日、この瞬間のために訓練してきたんだ。


 アルメリーを視界の中央に置いて、目を凝らす。


「やるぞ――」


 最後の鼓舞を口にした。

 ここからは失敗が許されない。


 《強視覚》《強聴覚》


 瞬間、暗かった森の中が真昼のように明るくなった。

 わずかな木の葉の揺れがどこで起きているかを把握できる。

 視界の先に映るのはアルメリーと――金色のオーラを纏う何か。

 オーラは人間の形をしているのに、中身は目に映らない。

 姿が見えないのに、オーラだけが目に映る化け物だ。


「アルメリー!」


 化け物はすうっと彼女に近づいていった。

 透明の手が彼女に伸びていく。


「アルメリー!」


 渾身の力を込めて叫んだ。

 彼女がぴくんと反応する。

 だが、振り向いた瞳はうつろだ。

 化け物はそれを意に介さない。金色のオーラがじわじわと彼女に乗り移っていく。

 俺は全力で駆けだした。

 アルメリーも同時にこちらに走り出した。


「やっぱりそうか!」


 彼女の動作と金色のオーラの動きがちくはぐだ。

 オーラが動き、アルメリーが引っ張られるように動く。

 少し遅れている。

 オーラが乗り移ったのではなく、見えない化け物が彼女の背後に立っている。


 ――操られている。


 けど、どうやって?


 アルメリーは早い。

 俺に比べて身体能力が高すぎる。まともに戦えば勝負にならないだろう。


「先に謝っとくな――」


 ざざっと足を止めて右に旋回。

 彼女は予想どおり追ってくる。

 きっと、のろまな獲物だと思っているだろう。


 うまくはまったことに思わず笑みがこぼれた。

 ガダンさんの話によれば、現場を見た人間をアルメリーは許さない。

 徹底的に追いかけ、手で掴み『気を失わせる』らしい。

 しかし、今の俺はそう簡単には捕まらない。


「《強感力》――《固有覚解放》」


 力加減のリミッターを一時的に外した。

 

 薬草採りの繰り返しで得た新たな力だ。

 生き物の誰もが無意識にかける力のセーブを意図的に外す。

 自分でも驚くほど、ぐんと速度が上がる。

 持っている魔力を全部使うつもりで足に力を込めてひたすら走る。


 目印に植え替えておいた『金色の薬草』を一歩で飛び越え、さらに走る。

 後ろを見た。

 アルメリーと化け物が見事に仕掛けた穴に落ちた。

 古典的な落とし穴だけど、俺以外には判別できない。

 けれど、すぐに這いあがってくる。

 また追いかけっこだ。


「はい、二つ目」


 アルメリーが罠を踏んだ。

 これもガダンさんに教えてもらった獣採りの初歩的な罠だが、アルメリーと化け物は揃ってロープに足を吊るされる。

 枝の弾力もバカにはできない。


 まったく表情の変わらないアルメリーとは対照的に、「ギギギっ」という苛立ったような声が金色のオーラから漏れた。

 普通なら聞こえない音でも俺には聞こえる。


 これで生き物であることはほぼ確定した。おそらく人為的なものだ。


 それなら――俺にもやれることがある。

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