第12話 関わってはいけないと思ったのに

「……ちょっと待て。ここどこだ?」


 自分で呆れつつ体を起こした。

 頬を何度も叩くが目は覚めない。

 確かにベッドに横たわっていたはず。


 けど、起きてみると森の中だ。アルメリーもガダンさんもミコトさんもいない。

 じんわり温かみのある地面と短い背丈の草。

 しかも、植物がなぜか黒色だ。濃淡の差はあっても、ほとんどが黒い。

 わけもわからず歩きまわる。まずは現状把握だ。


「近づくべきか、近づかないべきか」


 独り言を漏らしつつ、俺は一つの方角に向かって歩き始めていた。

 だんだん植物のオーラが強くなっていく。

 しかも白いオーラだ。

 周囲を取り巻く空気がゆっくりと緊張感に満ちていくのを感じた。

 開けた場所に出た。

 森の中心を見事にくり抜いたような形。

 その中央に巨大な水晶が生えていた。

 そこには、さっき部屋でみかけた人形をそのまま大きくしたような女性が座っていた。

 白い肌、細い手足。透き通った紫色の髪と切れ長の瞳。

 整いすぎていて人間とは思えない。


「私を感じられたのね。何百年ぶりかしら」


 水晶の上で姿勢を直した妖艶な女性は「今日は良い日」と満足そうに笑う。

 対して俺の方は嫌な予感しか湧かない。


「……どちらさまでしょうか?」

「初めまして、ナギ。私は黒の創造神セレリール」

「創造神? うわっ……」


 思わず眉が寄った。

 絶対めんどくさい話に違いない。

 創造神やら守護神やら、異世界で高次元の神を名乗る存在がまともであるはずがない。


 慌てて踵を返そうとした――が、なぜか足が動かない。

 もう囚われているようだ。


 しかも、セレリールの頬がひくっと吊り上がっている。

 俺の態度を見て「良い日」は一瞬で終わったらしい。

 彼女は重大なことを告白するかのように、噛み含めるように言った


「そう……あなたの住む世界の神なのです」

「聞いてないですけど」

「聞きなさい……」


 その瞬間、創造神セレリールの背後にまばゆい光が溢れた。

 空間そのものが呑み込まれるような白い奔流が走り抜け――収まった。


「あれ?」


 きょとんとした顔。

 創造神セレリールは少し迷った様子で言った。


「……跪きなさい」

「嫌ですけど……」

「ど、どうして?」

「どうしてって言われても……跪く必要がないから、ですかね。知り合って一分以内に、跪け、はないかと」

「効いてない……わね?」

「よくわかりませんが、効いてません」

「ほんとに?」


 セレリールは未だに信じられないような顔つきで、ぴょんっと水晶から飛び降りた。

 近くまで来たかと思えば、俺の胸に手を当て目を閉じ、さらに紫色の瞳を大きく開けて俺の顔をまじまじと見つめる。


「ほんとに効いてないわ。そんな……どうして……」


 よろよろとよろめいた神はひどいものを見たような調子で崩れ落ちた。


「数百年溜めた力が……全部無駄になるなんて……悪夢だわ。使徒計画が……」


 ぽろりと聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 最初から全身を覆う白いオーラの中に灰色のオーラがちらちら見えたので警戒はしていたが、自分の手ごまにでもするつもりだったのか。

 やはり、あまり関わらない方が良さそうだ。

 かわいそうなスライムの方が万倍マシだ。


「用事もなさそうなので、帰りたいのですが。この足、自由にしてもらえません?」

「待ちなさい! えっと……このままでは返せないわ!」


 がばっと立ち上がるセレリールは「そうね……」と俺の方に近づき、顔を見上げながら腕を組んだ。

 あれ、身長、少し縮んでない?


「あなた、強くなりたくない?」

「なりたくないです」

「なんでよ!? 『世界告知』に載りたくないの!?」


 そんな変態を見るような目で睨まれても……

 本気で首を傾げた。

 あれに載りたい人間がいるだろうか。


 戦闘狂というのはどこにでもいる。「お前、強いらしいな」とか言って、襲われることが普通にありそうだ。

 ガダンさんには悪いけど、目立つほど何かに巻き込まれる。


 ただ――アルメリーさんと一緒に歩けるくらいには強くなりたいと思う。この神には言わないが。

 そして、気になることが一つ。


「『世界告知』に載ったら、いいことがあるんですか?」

「ふふん……知りたい?」


 最初の厳かな雰囲気はどこにいったのだろうか。

 なんとなく小さく――いや、本当に身長が縮んでいる。

 女性から少女に変わったセレリールは、体型も随分慎ましくなった。服のサイズが自動調整されたことが驚きだ。

 自分で気づいていないのか、どや顔で人差し指を顔の前に立てている。


「100位以内に入ると妖精のギフトがもらえるの」

「へえ。そうなんですか」

「反応悪いわね。さらに10位以内に入ると神のギフトがもらえるのよ」

「へえー、すごそうですね」

「ほんとにすごいのよ。10位以内は英雄扱いされるんだから」


 まあ英雄と変態は紙一重だからね。


「なるほど……情報ありがとうございます。ところで、どうやったら元の場所に帰れるんでしょうか?」

「……あなた、英雄に憧れとかないの?」

「ないって言えば嘘になりますけど、今のところは諦めてます。俺、この世界に来てから一瞬で王様に見限られてるんで、たぶん才能ないだろうなって思ってますし。それよりは、持ってるスキルを地道に鍛えて生きていこうって方針で」

 

 セレリールは苦虫をつぶしたような顔で口をへの字に曲げた。

 どう見ても子供だ。


「そう……わかったわ。でも、せっかく神と出会えて、何も持たせず帰らせるのも忍びないわ」

「いや、ほんとに結構です。普通に帰らせてもらえれば満足なんで」


 勝手に頷いているセレリールをよそに、俺はそうっと一歩下がった。

 おっ、足が動くじゃないか。

 神さまに何か貰ってタダのはずがない。

 だいたい、彼女のオーラにはまた灰色が混じっている。しかも、すごい勢いで埋め尽くしている。

 良からぬことを考えているに違いない。


「今日はお世話になりました」


 俺は丁寧に頭を下げてきびすを返した――と、その腰に、どんっと衝撃が走る。

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