第7話 下心はありません

 ギルドに戻ると、カウンターの受付嬢が半分ほどに減っていた。

 幸い、ナユラさんは残っていた。ピンク色の髪がとても綺麗だ。

 俺を見つけて、小さく声を上げて手招きする。


「ようやく帰ってきましたね。ずっと待ってたんですけど、町を楽しめたようで良かったです」


 森に行ったのではなく、町を回ってきたと思われているらしい。

 適当に相槌を打つと、カウンターに革袋がドンッと置かれた。

 この音は――


「ナギさんの薬草採取の報酬です」


 銅貨っぽいものが数枚、そして銀貨一枚。

 最初から銀貨とは。

 

「そこそこ貰えるんですね」

「いいえ、だいぶ多いです」

「えっ?」


 ナユラさんのオレンジ色の瞳が一瞬光ったように見えた。目が大きく開かれている。


「【妖精の尾】が混じってました。あとは良質な薬草の分です。普通の薬草だけだと、せいぜい銅貨一枚なので、とっても多いですよ」

「そうなんですか……よくわかりませんけど、運が良かった」

「……ほんとうに。【妖精の尾】って、効力がすごくて珍しいんですよ。ナギさん、近くの森で採ったんですよね?」

「はい。ガダンさんに付き添ってもらって」


 一瞬の沈黙。

 俺とナユラさんは互いに見つめ合った。

 彼女が苦笑を浮かべると、俺もつられて口端を上げた。


「今日は遅いので、また明日来てくださいね……必ず」

「ええ。また明日お世話になります」


 革袋を手に取り、ギルドを出た。


 夜の空気を深く吸って吐いた。


 失敗したなぁ。

 どうやら相当珍しい薬草だったらしい。

 それぞれの色で品質の違いがわかればとは思ったけど……

 珍しい【妖精の尾】は数が少なかった金色のオーラの薬草だろう。

 束でまとめてしまったのが良くなかった。

 あれだと、見分けていたのがすぐにばれる。 


「明日は尋問でスタートかな」


 そうつぶやいて、まあいいかと思い直す。

 たかが薬草。大したことじゃない。

 薬草マイスターなんて、誰も気にかけないだろう。

 

 今は先に――

 俺はギルドと隣の家との隙間にやってきた。

 静かにタルを登り、階段状に積まれたタルを見下ろした。

 

 すると――

 建物の隙間に差し込む月明かりの下に一つの影があった。

 アルメリーさんだ。

 けれど、一糸まとわぬ裸体だった。

 幻のように儚げで、彫刻のごときプロポーション。少し痩せた背中や腰が病的で艶めかしい。

 体は濡れていて、月光を放つようだ。


 声が出なかった。

 考えていた台詞は頭から消え去っていた。

 そして、半歩進んで足を踏み外して落ちた。

 回転する光景。小さな悲鳴。

 俺は、体を地面に打ち付け、水浴び中のアルメリーの真下に転がった。


「な、な、な、ナギ、ナギ、ナギっ!?」

「ナギです。まあ、落ち着いてください」

「――っ! どうしてあなたが偉そうなのよ!?」

「やっぱりピンク色か」

「は、はあっ!?」


 もちろんアルメリーさんのオーラの話だ。

 ナユラさんのときと今回。羞恥心はピンク色で確定だろう。

 バンッと顔を踏まれた。

 猛烈に頬が痛かったが、何とか立ち上がった。

 後ずさる彼女に近づかないことをアピールしつつ、


「――話があります」

「な、何なの突然! のぞきは最低よ!」

「安心してください。予想外でしたけど、のぞくつもりはないので」

「完全にのぞいてるじゃない!」

「臨時収入が手に入りました」


 耳まで真っ赤に染めたアルメリーさんの言葉を遮って革袋を持ち上げた。


「一緒に一杯行きましょう。今日は奢ります――仲間になるお祝いを兼ねて」


 時間が止まったようだった。

 アルメリーさんの目が点になった。


 彼女がなぜパーティに入れてもらえないかは、森に行く前にガダンさんにこそっと教えてもらった。

 めんどくさい――なんてレベルじゃないこともわかった。

 みんなが忌避する理由もわかった。

 でも、異世界初心者の俺にはその重大さが理解できない。

 いや、本当はわかっているのに分からないフリをしているだけだと思う。


 ――アルメリーはいいやつだ。

 ガダンさんは迷いなくそう言っていた。

 俺はその言葉を信じると決めた。

 

 彼女をじっと見つめた。

 目は腫れぼったくて赤い。

 別れてから今まで、きっと泣きはらしたのだろう。

 彼女はどのパーティに振られても、「またね」という言葉を口にしなかった。何かを言おうとして必ず飲み込んでいた。

 もちろん俺にも言わなかった。

 期待したいのに、期待してはいけないと言い聞かせるのだろう。

 でも、アルメリーさんの背中は、ずっと暗い水色だった――たぶん悲しみの色。

 俺はもう腹を決めた。

 彼女の口が弱々しく動いた。


「……な、かま? 私……と?」

「はい。俺は弱いので護衛をお願いします。がんばって強くなるので、それまで仲間になりましょう」

「……ナギが強くなれなかったら?」


 俺は少し頭を悩ませる。

 その場合は考えてなかった。


「ずっと仲間でいてください」


 その言葉にアルメリーさんの表情がくしゃくしゃになり、瞬く間に花が咲いたような笑みが浮かんだ。


「それも……悪くないかも」

「それだと俺の頭が上がらないんで、急いで追い着くつもりですよ」


 俺たちは互いに微笑んだ。

 可哀想なスライムが、パーティに加入した。

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