第12話 17時40分③

「やはり、お前がやったんだな…、蛇九くんも六角も…お前が殺した…。お前も…、私から…大切な者を奪う…あいつらと同じ…!」

「う、じはる、さん……、来ないで…っ」


「私の名を呼ぶな、化け物が!!」

「う、うじはるさ…ぐっ」

 宇治治は意味不明なことを口走ると、顔面蒼白の因崎に飛び付く。

 その衝撃で因崎が倒れこみ、その瞬間、宇治治が馬乗りになった。

 そして、因崎の首に自分の両手をあてがうと、そのまま絞めあげる。


「お前なんか死ねば良いんだ…!お前なんか、死ね、化け物!死ね、化け物!死ね、死ね!化け物はみんな死ねぇええ!私の力が戻れば、お前など消し炭にしてやるものを!!ああ、あな憎し!化け物め!」

「うっぁ、やめ…!」

 因崎の首からミシミシと音がする。

 宇治治の手をどけようともがくが、彼女の手が離れることはなかった。


「やめろ!宇治治!因崎を殺す気か!!?」

 俺は急いで階段をかけ上がると因崎から宇治治をはがそうとする。

 何とか宇治治を羽交い絞めにし、引き離すことはできたが、彼女の細腕からは想像もできないほど強い力だった。

 宇治治は何かに取り憑かれたように化け物、化け物と繰り返し叫んでいる。

 過去に何かあったようだが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。


「離せ!!こいつらさえ!こいつらさえいなければぁああ!!闇の化身!小さき角!ウェルテルトーチの化け物が!!」

 宇治治の顔は先程よりもさらに醜くなっていった。

 化粧が崩れたとかそういう話ではなく、目は血走り叫び声と同時によだれを撒き散らす。

 彼女は因崎を化け物と罵ったが、俺にはこの女の方がよっぽど化け物に思えた。


「ごほっ…ぐっ、げほ…」

 因崎は起き上がると何度も咳き込んでいた。

 目からは大粒の涙が溢れている。


「離せ!離せよ晴岩ぁ!てめーになんか触られたくないんだよ!不浄がうつるだろぉが!」

 宇治治が暴言を吐きながら暴れ続ける。

 後ろから羽交い締めにしているのだが、宇治治の頭が俺の胸元に何度もぶつかり息苦しくなってしまった。


「ごほっ…因崎に襲いかかるのはやめろ…!まだこいつがやったとは限らないだろ!?」

 俺はそう言って、羽交い締めにした腕を緩めると、宇治治は勢いよく床に倒れこんだ。

 ぐっ、と鈍いうなり声が聞こえる。


「蛇九くんも六角も、こいつに殺されたに決まっているだろう…騙されるな!」

 宇治治が地に這いつくばりながら声をあげる。


 確かに蛇九と六角が死んだ時、必ず因崎がいた。

 そして、蛇九が死んだ時の因崎の行動にはおかしなところがある…。

 何故、蛇九とは真逆の部屋にいたのに、蛇九の部屋の物音に気づいたのか。


 だが、二人の死に方はどちらもひ弱な因崎がやるには無理があると思うのだ。

 胸にあんな太い杭をどうやって打ち込む?

 階段から突き落とせても、この抉ったような傷跡はどう作る?


 分からない…。

 もし俺が、偉大な探偵の孫だったり、薬で小さくなった高校生探偵だったなら答えは簡単に導くことができたのかもしれないけれど。

 だけど俺は普通の大学生だ。

 異常な事態が重なれば頭は正常ではいられない。

 いや、例え冷静で居続けたとしても犯人が誰かなんてただの人間に分かるはずがないのだ。


「僕…じゃないんだ!信じてくれ!」

「うるさい!どうせ私も殺す気だろう!!そうはいかぬぞ化け物が!」

 宇治治はよろりと立ち上がると因崎を睨み付けた。


「宇治治…落ち着けよ…」

「うっざ。あんた、さっき六角から鍵束もらったんでしょ?私の部屋のマスターキーよこしなさいよ!!」

 耳を塞ぎたくなるような金切り声で、宇治治は手を延ばしてくる。

 一人で自分の部屋に籠城することにしたらしい。

 確かに宇治治も鍵は持ってるだろうが、俺がマスターキーを持ってたら意味がないからな…。

 だけど、殺人犯がどこにいるのかも、誰かも分からないのに一人でいるなんて怖くはないのだろうか。

 それに宇治治の隣の部屋では蛇九が死んでいるのに…。

 …まぁ、どうでも良いか…。

 今は俺も、この女とはいたくない。


「ほら、この鍵だろ…、何かあったら連絡しろよ」

 一応、社交辞令的にそうは言ってみたが、連絡なんて来てほしくなかった。


「偽善者…あんたのそーいうところが本当にイヤ」

 どうやら顔に出てしまっていたらしい。

 宇治治は俺の手から乱暴に鍵をぶん取っていくと、そのまま自室へ籠ってしまった。


「ふぅ…」

 俺は本日、何回目か分からない溜め息をついて気を落ち着かせる。


 このまま一日を何とかやり過ごせば、俺たちは元の関係に戻れるのだろうか。

 二人も死んでしまった。何者かの手によって。

 そして、危うく友達が友達を殺すところだった。

 ほんの数時間前までは、今日のハロウィンパーティを楽しみにしているだけだったのに。


「晴岩君…僕のせいで、ごめん」

 因崎がぐすっと鼻を鳴らし、申し訳なさそうに近寄ってくる。


「いや、お前のせいじゃないだろ…、まぁこんな状況だったら気も狂うよな」

 階段下を覗くと、やはり六角の死体があった。

 頭と背中が一緒に天井を見ていて、抉られたような傷跡からは内臓がぶちまけられている。

 そして先程よりも血だまりが大きくなっていた。

 階段も俺と宇治治の靴跡で赤黒く汚れている。


 …これは夢じゃない。


「ふう」

 俺はまた溜め息をつくと、因崎と3度めの、応接室へ戻るのだった。

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