第14話
「淳史ー、ジュース買ってきてー」
「淳史、俺メロンパン」
「淳史、俺コンドーム」
「淳史、俺良い女」
「淳史、スクーター」
「淳史、金属バット」
「淳史、特攻服」
「淳史、他校の中学生」
夏休みが終わって2学期が始まった。
相変わらず虐めは続いている。卒業するまでこれは続くのだろうか。彼らが飽きるか、別の虐める対象が現れるか。それがこの虐めが終わるルールだった。だが、前者は望めそうにない。何故なら今の僕は使い勝手の良いパシリだからだ。
流石にお金は貰えるようになったが、パシリを含めた虐めという意味では、以前より酷くなっている。悠人は塾で僕を虐められない分を、学校で発散しようとしているようだ。塾では虐めをしないという約束を、一応は守ってくれているようだ。何故そんな所だけ律儀なのか。だからといって絶対に感謝はしてやらないが。
僕の昼休みは大体パシリで終わる。というより、パシリで終わるように計算している。それが一番安全だからだ。彼らに時間に持たせると、ロクなことが無い。それは既に実証済みだ。暇だから僕を的にした人間ダーツをしたり、女子生徒のスカートを捲らせたり、急に職員室に突入して走り回らせたり、で僕が校舎の外周を何分で走れるかで賭けをしたり。
だから僕は極力時間を使ってパシリを遂行する。ゆっくりしているのがバレない程度に、時間を使って。
生憎弁当は食べられず、次の休み時間に食べることになるが、それはもう受け入れた。悠人達に何を言っても、虐めが無くなったりはしないからだ。殴られたり、皆の前で貶されたりするよりよっぽどマシだからだ。
「サンキュー。お前にもちょっとやるよ」
と言って、1人の不良がパンの耳をちぎった。
「あ、ありがとう」
と、僕が受け取ろうとする。トサカ頭が時代外れの不良は、僕が掴む直前にパンの切れ端を水溜まりに落とした。不良達は下衆な笑いを浮かべた。
「悪い落としちまった。スマン」
「でも食えるだろ。拾って食えよ」
「ほら。食え、ポチ。勿体ねえだろ」
「早く食えよポチ。食糧を無駄にすんじぇねえよ」
「あっ、ちょっと待て! その前にお座りとお手をさせないといけねえんじゃねえか?」
「ポチっ、お座り! お手!」
ぎゃはははは。
その日から僕の仇名は「ポチ」に変更された。
塾では、僕は以前より皆と過ごす時間が増えた。休みの日も何人かで集まって勉強している。場所は図書館か誰かの家だ。集まった方がちゃんと勉強するし、分からない所があれば聞ける。時間が余ったらアニメやドラマ、映画を見たりした。
僕達はちゃんとした「友達」になっていた。
「悪い。その日は俺達行けないんだ」
「そうそう。ごめん。前から2人で行こうって約束してたから」
嬉しい報告が1つ。大友と朱里ちゃんが、付き始めていた。
夏休みの最終週に僕と良樹が大友に相談され、「どう思う?」と聞かれた。僕達の答えは明快だった。「絶対に成功するよ」。
僕らの相談を受け、大友は朱里ちゃんを塾終わりに呼び出した。僕と良樹と由美ちゃんは塾を出た所で待っていた。
塾を出て来た2人は、手を繋いで現れた。「見せ付けてくれるねえ」と良樹が言うと、2人は顔を赤らめていた。
彼らは今度の日曜日、2人でテーマパークに行くと言う。
「涼子ってどんな男がタイプなの」
「私? そうだなあ。経済力があって大人で、悠人とは真逆のタイプかな」
「はあ? 強がんなって。お前俺に惚れてるだろ」
「ふふふ。中学生に惚れるなんて無いから。さ、勉強するよ」
反対に悪い報告がある。涼ちゃんと悠人の距離は、日に日に縮まっている。
悠人は勉強を使って涼ちゃんに色々と難題を押し付けていた。名前の呼び方から始まり、服装の指定。75点取れたら、俺の指示する服装で来て。授業中の振る舞い。80点取れたら19時ピッタリに俺の方を見て。85点取れたら20時に俺の肩を叩いて。など。
僕は悠人がテストの点数が上がる度に嫉妬の炎を燃やす羽目になった。悠人が時間を指定したのは、別の教室に居る僕の嫉妬心を煽る為ではないだろうか。本当は涼ちゃんのことなんて好きじゃないんじゃないか?
悠人はわざわざ僕の前で言う。「涼子さ、触り方がなんかこそばゆいんだって。わざとしてんの?」
涼ちゃんは笑いながら返す。
「違うよ。あんまり他の生徒にバレないようにしようとしたらそうなるのっ。そんなこと言ってたらもうやらないよ?」
心なしか涼ちゃんは楽しんでいるように見える。それに賭けの提案を中止しようともしない。
涼ちゃんは講師で、生徒の成績を上げるのが仕事だ。だからそういったやり方でも成績を上げられれば良いと思っているのだろうか。もしかしたらインセンティブ的なものがあるのかもしれない。と僕は考えようとする。
ここ最近の2人の会話は、最早同級生の友達と変わらない。それに引き換え僕と涼ちゃんは未だに敬語だ。距離感という意味で僕が悠人に負けているのは疑いようがなかった。
僕はもう居残り勉強を止めようかと思った。もう僕は悠人に勝てないそうにないし、それだったら嫌な思いをしてまで残る必要が無い。最近では涼ちゃんは悠人に付きっ切りで、僕にしたって涼ちゃんに尋ねることは殆どない。理解が出来ないのではなく、文法や単語を忘れているだけだからだ。
「淳史、お前は俺に付き合って残ってくれよ。お前が居た方が集中出来るんだ」
僕が居残りを止めようかと思った矢先、悠人はそんなことを言い出した。悠人は何が何でも僕に嫌な思いをさせたいようだ。
更に要求は増えた。
「月曜日は俺より10分先に帰れ」
「明日涼子の前で筆箱の中身を撒き散らせ」
「涼子が言うことに歯向かえ」
その全てが「やらなかったら虐めをばらし、此処でもやる」の1点で押し通される。弱みを握られるというのは最悪だ。それだけで誰かの奴隷に成り下がってしまう。だから人は弱みを隠そうとするのだろう。
特に思春期の中学生にとって、虐められているというのはこの上ない悩みで、絶対に知られたくない事実だ。というより、こうして何かと注文されている時点で虐めに該当するとは言うのではないか。みたいなことを以前口にしたら、またあの公園に連れて行かれた。もう二度とそんなことは言うまいと誓った僕だった。
秋になって、受験の空気が色濃くなってきた。この頃から学校や各家庭では特にピリピリし始める。とりわけ偏差値の高い高校に受験する生徒が居る所ではそうだ。誰が受験しても受かるような高校に行こうとする者は無関係だが。
悠人はスポーツ推薦での合格がほぼ決まっている為、受験への緊張感は無い。が、その事実を塾や涼ちゃんに隠している。涼ちゃんの意識を自分から離させず、尚且つ涼ちゃんとの賭けを速攻する為だ。受験が近付くにつれ悠人の涼ちゃんに対する要求はエスカレートしていた。
「涼子、頼む。受験が心配で最近眠れないんだ。今度のテスト手良い天点取ったら手を握ってくれ」
涼ちゃんと悠人の関係は気になったが、僕も受験に気を取られるようになっていった。僕は県内3番目の高校への受験を決め、塾だけでなく学校や家からのプレッシャーを感じるようになっていた。
母さんは「ちゃんと勉強はしたの?」と無暗に聞いてくるようになったし、学校の先生は「期待しているぞ」と言ってくるようになった。今だって虐めのことは見て見ぬ振りをしているくせに。大人とはなんとゲンキンな生き物なのだろうか。長く生きるだけ大人への幻想が壊れていく。
塾の子達と集まる頻度も増え、僕の脳は受験へとシフトし始めていた。だから初めは気付かなかったのだが、悠人の僕に対する虐めは少しずつ和らいでいった。いや、正確に言えば塾での嫌がらせや要求は落ち着いていったのだ。未だに居残り勉強は3人でしているけど、涼ちゃん云々の話は前より聞かなくなり、何より悠人の涼ちゃんに対する興味が弱くなった気がする。
そんなこんなで秋は瞬く間に過ぎ、冬に突入した。12月に入ろうという頃、僕は悠人に聞いてみた。
「悠人、涼ちゃんとはどうなの。上手くいったの」
悠人は問題を解きながら答える。
「……。ああー、別に? 何もねえよ。それよりこの前水上高の3年の女とヤったんだよ。アイツは良かった。あの女ならもう一回ヤってやっても良いな」
「そうなんだ」
「……何だよ。お前なんか笑ってね?」
「いやいや、悠人はいつもモテモテで羨ましいなと思ってさ。1人ぐらい紹介して欲しいよ」
「バカか。お前なんか相手にされねえよ」
「だよね。ごめん」
「……」
僕は心の中で笑った。悠人は涼ちゃんに対する興味を失くしている。時間が経てばもっと2人の関係は薄れていくだろう。今年が受験で気を取られるのも都合が良い。
やっと、やっと僕に運が向いて来たのだ。虐めが始まってから地獄の日々が続いていた。毎日吐きそうだったし、数週間に一度は実際に吐いていた。同じ中学の生徒からは学年関係無く虐められっ子として見られ、移動教室やイベントを1人で行動していた。
これは僕にとって大きな変化だった。中学での虐めは継続するだろうが、塾では嫌な思いをする確率が減る。
考えれば中学を卒業するまではあと半年程度だ。高校に入れば虐めから解放される。高校に入学すれば僕が虐められていたことを知る人間は数える程度になるし、高校の人間関係を構築するのに気を取られる。悠人達馬鹿の中から僕が受験する高校を受ける奴なんて居る訳ない。
それまで耐えろ。耐えるんだ。そこから新しい人生を歩むのだ。
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