『魁偉と矮躯』
閃光が走る。
空から大地へ堕ちる雷とは反対に、空色の光線——眩く柱が大地から空へと昇る。
光は風に流され、景色の中に呑まれ——そして、それは現れた。
跳躍などはせずとも、直立するだけで窓を粉砕する程の突風を起こす——銀と金が入り交じり、空色に輝くラインを走らす巨体が——
ヴィータマンが、現る。
「——ゼルァ」
ヴィータマンは微かに唸り声のような音を起こし——対峙する怪獣を見据える。
怪獣は未だ動こうとはしない、ヴィータマンから動き出すのを待っているらしい。
続いて、付近に居るであろう弟切紡を探す——足元の人間を探すだなんて、殆どした事無かったのだが、探し人は案外すぐに見つかった。
横転した電車の窓に人影がある。
一人は背を向け、
一人は見つめる。
背を向けているのは弟切紡、
見つめているのは最蘭和苗のようである。
——死なす訳にはいかない。
ヴィータマンは怪獣に視線を戻し、両の拳を握り締め、跳ぶ。
あくまで跳ぶ——跳躍である。
飛ぶ——飛行ではないから大地を切らざるを得ない。大地に亀裂を作り、地上に在る物々を吹き飛ばしてしまう。
延命菠希は理解している。
今の動作により多くの人が傷つき——死んでいるであろう、なんて事は分かっている。
それでも戦わなければ、己と相対する敵を打ち倒さねば被害が増えてしまう。
だから仕方がない。
これは必要な犠牲——なのだと菠希は半ば諦めている。
それもやはり弱さなのではないかと考えている内にヴィータマンは怪獣の背後に着地する。
「ゼェルッ——アァ!」
着地と共に曲げられた両の足を伸ばし、宙で回転しながら怪獣の頭部に飛び蹴りを放つ。
当たった。
確実に当たった。
先手を取ったのはヴィータマンだった——はずである。だが、蹴りの衝撃によりその長く……大きな首で弧を描いた直後、鮮血のように赤を灯す目を向けられた時——である。
「ッ——!?」
ヴィータマンの肉体は動かなくなる。
飛び蹴りの体勢のまま……棚から落ちるフィギュアみたいに地上に墜落、陥没する地面に半身が埋まってしまう。
身動きの取らぬ状態はほんの僅か、瞬きもすれば過ぎるような時間の間に限る事であった。しかし、怪獣にすれば十分な時間稼ぎになったらしく、
「ゼルァッ……!?」
立ち上がろうとするヴィータマンを鞭のように振るわれた尾が叩き落とす。
当然、攻撃はそれだけでは終わらない。
怪物は積雪に飛び込んだ後のように大地に埋もれたヴィータマンの頭部を鷲掴みにし、持ち上げる。
そのまま癇癪を起こした——晴らせぬ怒りを玩具にぶつける幼児のように——ヴィータマンの巨体を大地に叩き付ける。
何度も、
幾度も、
飽きること無く——ヴィータマンの身を包む装甲が砕け散るまで——繰り返した。
怪獣はようやく頭部を手放す。
ヴィータマンの首は座っていない風に珍妙な方に向けられていた——無数回も頭を力点にされたが為に首の所がお釈迦になったのだろうか——ともかく、この状況は怪獣にとっては絶好の機会である。
逃すはずがない。
逃していいはずがない——ここで勝負を決するべきはずなのだが……
怪獣は攻撃しない。
それどころかヴィータマンが遠ざかる。
周辺の何かを壊しも、殺しもせず、仰向けのヴィータマンに視線を向けたままで後退したのだ。
——何故だ? 何故そんな事をする。
菠希には分からなかった。
理解は出来ないが——このタイミングを狙わねばならないのだろう。
「ゼルッ——ァァア!」
ヴィータマンは立ち上がる。
鎧を無くし、空色の傷に塗れたゴールドとシルバーのボディーを震わしながら——拳を構え、両足を折り曲げる。
これから、跳躍する。
その後には飛び蹴りをする。
先と一寸違わぬ行動、失敗に終わった手段であるのだ。
しかしながら他に手は無い。
正面切ろうが背後に回ろうが、
拳をぶつけようが頭突きをしようが——結果は変わらないのだろう。こちらがどう出ようと先程のように身動きを奪われ——石のようにされ、叩きのめされる事は間違いない。
だからと言って撤退する訳にはいかぬだろう。
立ち向かわなければならない。
何度打ちのめされようとも——怪獣を殺す時まで立ち上がれば良い。
「ゼルッ——」
怪獣に向かい跳躍する。
「アァァッ!」
怪獣の頭部に蹴りを放つ。
そして当然の如く怪獣に睨まれ、石となる。
何一つとして問題無い——想定通りである。
いや……怪獣の肉体に蹴りを衝突させる前に睨まれ、動けなくなる事だけは想定外だが——やはり当たるまで繰り返せば良いだけの事だ。
しかし——怪獣の次の行動は想定外の物であった。
怪獣はヴィータマンとの衝突を避けるように右に逸れる。
ヴィータマンは依然飛び蹴りの体勢のままである。
そして巨像となったヴィータマンが宙に描く放物線の軌道線上には——
電車があった。
紡と和苗の居る——車両があった。
ヴィータマンは動けない。
動けない為、これから辿る軌道を変える事は出来ない。
迫る。
迫り行く。
ヴィータマンの足裏が——かつて弟切夫妻を踏み殺した足が——紡の元へ迫る。
——嗚呼
嗚咽が漏れる。
——また殺した
ヴィータマンは畢竟軌道を変えれなどしなかった。
——十年前と……あの時と、どの時からも変われちゃいない。
ヴィータマンは——
——俺は
弟切紡を踏み潰した。
殺した——のである。
もう、それが街であるとは到底言える荒野にヴィータマンの声が響く。
声が、
絶叫が、
慟哭が、
号哭が——反響するのであった。
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