逆巻く怒涛 11/突入(1)
射撃場を囲むアルカナ・シャドウズはジリジリと前進する。
見晴らしのよい平地に立つ射撃場には遮蔽物はなく、山崎の作り出した岩柱、土壁を利用して慎重にかつ素早く移動する。
部隊の後方、敵から死角になる位置にてエヴリンは協力者から入手した敷地内の地図を手にしていた。
その地図をなぞりながらアンソニーとデビットたちへ行動を指示する。
「このまま包囲を狭め、アンソニーたちは待機し脱走者、もしくは駆けつけてきた帝国兵の排除。デビットは…… こちら側、左扉から侵入、私の隊は右側から突入する」
「エヴリン、外から魔法で攻撃して炙り出したらどうだ?」
見取り図から視線を上げて疑問を口にしたアンソニーの瞳を見ながら頷く。
「ええ、通常ならそれが一番楽ね。でもここは魔法士たちの使う射撃場。分厚い対魔法レンガで覆われ、建物自体にも魔法結界が張られているでしょう。私たちの訓練場と同じように」
「なるほど…… 破れるのは戦車の砲弾くらい威力が高い武器じゃないと無理だな。厄介な建物に逃げ込まれたな」
「そう、広さといい堅牢さといい少し厄介ね……」
「一気に突入して制圧しちまえばいいじゃねぇか」
デビットの提案にエヴリンは山崎たちが乗ってきた建物前のジープを一瞥してため息を吐く。
「乱入してきた帝国兵、相当の手練れよ。防御壁をターゲットへの射線上へ的確に作り上げ、訓練兵を回収。間髪入れずに土魔法で私たちの行く手を阻んだ。状況判断といい魔法といい修羅場をくぐってきた強者と考えて間違いない。彼らなら既にトラップを張り巡らせているに違いない。慎重に行かざるを得ないわ」
エヴリンの考えに2人は納得し頷く。
もともと彼女の考えに意義を唱える気はなく、気になった点を聞いただけであった。
「了解した。では…… エヴリン、隊長が心配か?」
エヴリンの視線が暗闇の中、爆音と閃光が走る地点を凝視しているのをアンソニーが気付く。
「……心配はしていないわ。ただ、やり過ぎないでと思っただけよ」
「ハハハ、違いねぇ! ジェイコブ隊長は加減を知らないところもあるからな」
エヴリンの言葉にデビットが軽口て乗っかると、3人は軽く笑った。
「さあ、作戦開始よ。これからは彼らの抹殺を第一目的へと移行する。邪魔する者は全て排除せよ!」
エヴリンの命令へ頷くとアンソニーとデビットは息を潜めてその場を離れる。
鋭い眼光が闇夜へ線を引きながら流れていき、獰猛な肉食動物が獲物を狩る準備に入った。
◇
音も無く扉を慎重に開けると、その身を場内に滑り込ませる。
すぐに状況を理解したエヴリンは軽い舌打ちをした。
目の前には複雑な土壁の数々。まるで無数の迷宮が立ちはだかり、進むべき道すら分からない。
(どこもかしこも土壁だらけ…… 乱入してきたヤツの魔法ね。これじゃぁまるで
目の前に
(厄介ね…… とても硬いわ。崩さずのに時間もかかるか…… 慎重に進むしかない……)
エヴリンは後方の3名へ手で合図を送ると場内へ招き入れた。
最後の一人が入るのを確認するとさらに手で先導する。
(デビットの隊と完全に分断されてしまったわね。必ずどこかにトラップが仕掛けられているはず)
細長く狭い通路を身を屈めながら進んでいく。
途中に迷路差ながらの分かれ道があったが、隊を分けることなく一体となって進んだ。
暗闇の中、前後左右そして上下と気配を探りながら進んでいくと少しだけ通路の幅が広い場所に行き当たった。
エヴリンは後ろの3人を手で制して、壁際にもたれかかりながら体を低くし前方を探る。
(妙ね…… 微妙な幅の通路、少し先はさらに広がってる?)
待ち伏せを考え前方を慎重に探索するが、敵兵の影はない。
ハンドサインで後方の3名を呼び寄せると、その先へ進ませる。
彼らを守る壁際に体を密着し、前方の暗闇を小銃にて狙うエヴリンの頬にサラサラと砂が触った。
「――っ⁈」
心臓が爆発的に高鳴った。全身の毛が逆立ち、鳥肌が広がる。
危険だと体が脳より早く反応した。
「回避! 上から――」
「風よ、我が脚に刃を纏わせ、敵を両断せよ。【風刃脚】!」
エブリンの声を断ち切りながら響く風切り音、続けて悲鳴がこだまする。
「グァァッ⁈」
「ぎゃっ⁈」
「クッ!」
上方の土壁の中から柳田と五十鈴が飛び出すと勢いよく落下。
五十鈴は抜刀し、銀色の刃を上段から振り下ろすが小銃にて防御される。
柳田は落下しながら詠唱すると、体に魔法の風を纏わせてアルカナ・シャドウズの2名を土壁共々、刃と化した足で切り裂いた。
血飛沫をあげながら倒れゆく同僚に瞠目すると、彼女の目の前には柳田が迫る。
「もう一発!」
胴回し回転蹴り、エヴリンの頭部目掛けて蹴り足が飛んでくる。
小銃の射線には仲間がいるために引き金を引けない。
「もらった!」
「時の砂を束ね、刹那を我が物とせん【タイム・コンプレッション】!」
柳田の刃物と化した右足がエヴリンの肩口へ吸い込まれ、彼女の細い首を両断する――
「――⁈」
しかし、柳田の足には何の感触もない。
彼女の残像がぼやけ、真空波と化した衝撃が後方の土壁を両断した。
エヴリンは1メートルほど後方から柳田を狙って小銃の引き金を引きしぼる。
弾丸が乱舞する中、柳田は地面へ飛び込み回転をしながらエヴリンへ距離を詰め、再び蹴りを見舞うが彼女は小銃の背にて防御。
小銃を両断されると腰からコンバットナイフを引き抜き、柳田の首を目がけてコマ落としさながらの速さで襲いかかった。
間一髪のタイミングで体を引いて避けた柳田であったが、防御した左腕を切られ、指先から血が滴る。
一瞬のうちに距離を取り睨み合う両者。
不意に柳田が笑いながら問いかけた。
「おいおい、自己加速魔法だと…… それにその赤髪。まさかお前、タイムウィスパーか?」
「…………」
肯定も否定もしない目の前の女性は緑色の瞳を冷たく光らせながらナイフを構えている。
タイムウィスパー。エヴリン・スカーレットの通り名。
アルカナ・シャドウズの副隊長であり、時間魔法のスペシャリストとして一部の人間には有名な存在であった。
「マジか…… ノヴス・オルド・セクロールムが派遣されただけで驚いていたが、まさか精鋭部隊アルカナ・シャドウズとは流石に思わなかったぜ……」
ジリジリと間合いを詰める両者。
柳田の額から汗が流れ落ちる。
エヴリンの腕には未だ鳥肌が経ち続けている。
お互いの実力を肌で感じ、凄まじい緊張感がその場を支配した。
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