第12話 百毒舌鳥と解析呪文

 納得いかない点はあれど、素体となりそうな魔獣を探す点については同意をいただけるようで、そこは一歩前進だろう。

 そうなれば次は必要な素体に合う魔獣探しだ。当然ながら、魔獣ならなんでも良いわけではない。


「使える可能性が高い魔獣の条件は大きく三つ。魔獣自体が毒をもっていること……麻痺毒ならなお良し。二つ目、同種同士での戦いが多いこと。そして三つ目、ある程度領内に数がいることです。」


 本当は持っている毒の種類や性質によっても変わってくるのだけれど、詳細は話が長くなりますから。簡潔にその三つを伝えながら、昼食として用意されたサンドイッチを一口頬張る。

 私の言葉に該当しそうな魔獣がいるかを考えているのだろう、衛士の皆は鋭い顔つきになった。


「麻痺毒、領内に多く、といえば……。」

「真っ先に浮かぶのは百毒舌鳥シュドクライクでしょうか。毒性は高くありませんが、獲物を捕らえる時に麻痺毒を使用します。時には群れで狼や鹿なども狙うほど、狂暴なやつですよ。」

「実際に毒を採取しないと確かなことは言えないですけれど、可能性は高いかと。この領土に多く生息している魔獣なのですか?」

「多くも何も、うちの天敵ですよ。」


 ユナイド衛士長が頭をかいて苦言を呈する。衛士ではないニールも後ろで重くうなずいているのが見えた。


「何せやつらときたら、家畜であろうと遠慮なく襲うんです。通常の鳥除けも通用しないし、時には作物の畑も荒らすし。領で農牧をしている民で、百毒舌鳥シュドクライクの被害に悩まされてないやつはいません。」

「……いくらか衛士を出して討伐に回っているが、空中に逃げられてしまえば対応の仕様もない。その点では対応が限られるのは事実だ。」


 普段は寡黙なオスカーさまも補足をする。……想像以上に厄介なようね。


「魔法を使って撃退するという手は取られないのですか?」

「我が領土で実戦闘に魔法を活用できるほどに熟達しているものは、限られている。女神ルナイアの膝元にいる身の上で恥ずかしい限りだがな。」

「そういうものなのですね……。」

「カナンは王都の学院出身だったか。あいにくこのような地方では魔法は実践的なものを口伝で知るだけだ。貴殿が学んだような体系的な学問からは程遠い。」


 恵まれている身の上を歓ぶべきか、魔法国と評しながらも知識が特権階級に限られている現状を憂うべきか。

 ……ただ一つ分かることがあった。つまりここにいる中で最も魔法についての知識を持つのは、学院出身の私なのだろう。ならば。


「分かりました。……オスカーさま。この後準備を整えて、魔獣の生息域に向かう予定でしたね?」

「ああ。その通りだ。貴殿は来ずとも構わないが……。」


 ぶっきらぼうな言葉に首を横に振る。気遣いなのか邪魔だと言いたいのかは分からないが、どちらにしてもしがみついてでもついていくつもりだ。

 ただし、準備を整えてから。


「御心配には及びません。私も連れて行ってくださいませ。ただ、向かう前に一つお願いが。」

「願い?」

「ええ。……羽でもくちばしでも骨でも何でも構いません。百毒舌鳥シュドクライクの素体を何かくださいませ。」

「………………。」


「………カナン様ってば、ひょっとして随分肝っ玉が座ってらっしゃいますね?」

 うちの嫁さんと良い勝負だと、ユナイト衛士長が余計な一言を口にした。



 ◆ ◇ ◆



 学院で学ぶ魔法といっても、実のところ多岐にわたる。

 私の専門は魔道具の開発・研究だが、その他にも人気の学問としては古代呪文学や魔法石学、出身の家によっては実践魔法学や生理的変質魔法学なども多くの人が学んでいた。

 無論、単独ではあまり効果を発揮しないため人気ではないが、特有の分野を深堀するために必要となる魔法学も中には見られた。


 そのうちの一つ、魔法解析学は対象に残る魔力の残滓からその持ち主について解析を行うものだ。


「その魔法解析学は魔力的解析と物理的解析にあたるのですが、今回使用する予定なのは物理的解析呪文です。」

「ほぉぉ……何言ってるかさっぱりだ!」


 分からん!と元気よく宣言をするユナイト衛士長。

 ……マルゥも最終的にはこんな反応をしていましたっけ。若干の懐かしさを覚えて彼女の方を見れば、よそ行きの笑みをにこにこと貼り付けている彼女がいた。


「簡単に言えば、魔力主について物理的な特徴が分かる呪文ですね。私は魔力量が高くないのですべてが分かるわけではありませんが、おおよその特長については分かります。実際に魔獣を見る前に知っておければ、対応もしやすいと思いまして」


 もう一段高等な呪文なら魔力がない通常の物質でもそのすべてを詳らかにするらしいが、あいにくそちらの呪文に特化しているわけではないので分からない。……が、今回はこれで十分だ。

 目の前にあるのは百毒舌鳥シュドクライクの翼。骨が折れることなく綺麗に切断したものを、はく製もどきとして残しておいたらしい。


 その上に手をかざし、瞳を閉じる。唱えるのは解析呪文のうち、物理的な構造を調べるもの。


我が手中の獣アヤディラス、片鱗を視せよ《フーディラアス》」


 ほんのりと灯る光に部屋の隅から声が上がる。とはいえ私に反応を返す余裕はない。

 魔力を介し脳に流れ込んできた情報を、人の身で読みほどくには負担が大きいのだ。


「ッ……、」


 ぐらり、と傾きかけた身体が途中で止まる。背中にはぬくもりだが、これはマルゥのものではなくて……。


「大丈夫か、カナン。」


 無理をさせた、と呟く重低音。まごうことなきオスカーさまの声だ。


「負担が大きいのならこのまま詰所で休むといい。見学は後日に改めて……。」

「いいえ、オスカーさま。心配は不要です。」


 後日にするなんて勿体ない。今理解した知識を、今活用せずしてどうしろというのだ。


「すぐに向かいましょう。百毒舌鳥シュドクライクの縄張りへ。私、とても良い策を思いつきましたの。」

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