第6話 樹木医

 カシーヴァ領内にいる樹木医が呼ばれた。

かつてはカシーヴァにもトレントの騎士が存在していた。

その名残で、領内に樹木医の老人が住んでいたのだ。

老人は隠居の身だったため、他の領地に流れて行かなかったのだ。


 カシーヴァ伯爵も、セインのトレントの騎士を有効利用したかった。

そのための労は惜しまなかったのだ。


「これはまた……。

しつの悪い騎士が乗り込んだんじゃろ?」


 枯れかけたトレントの騎士を一目見て、老いた樹木医が呆れ声で指摘した。


「質の悪い騎士?」


 カシーヴァ伯爵含めて、周囲の者たちが一斉にセインを見る。

セインは居た堪れない気持ちになる。

自分がその質の悪い騎士だと皆が思ったのだ。

セイン自身も含めて。


「拒否反応じゃな。

しかも、この老木・・は寿命じゃ」


「寿命!」


 それを聞いたセインには思い当たることがあった。

トレントの騎士は、森の奥でひっそりと朽ちようとしていた。

森に飲み込まれようとするかのように。

それをセインが無理やり旅に連れ出したのだ。

セインは、やっと手に入れた生きるための力が、指の間からすり抜けて行ってしまうように感じた。


「どうにか治せないんですか?」


 樹木医の老人にセインは必死に治療を頼み込む。


「無駄じゃな。

バカが乗り込んだせいで、寿命が縮んだのじゃ」


「そうだったのか、僕が乗らなければ……」


 そのバカが自分のことだろうとセインが落ち込む。


「お前さんじゃないぞ。

乗ったバカは、ほれ、あのミイラじゃ」


 樹木医の老人が指差したのは、謎のミイラ遺体だった。

それがトレントの騎士を枯らす原因となった質の悪い騎士


「なんだと!

では、あの放火も、このトレントの騎士が枯れるのも、このミイラのせいか!」


 カシーヴァ伯爵が激怒する。

せっかく手に入ったと思った戦力が失われるのだ。

寄子の貴族令嬢をセインに宛がってまで懐柔しようとしたことが無駄となったのだ。

歓迎パーティーにも相応の金を使っている。


「そういえば、マッドシティの連中がさっさと帰りおったな」


 救援に来たということで歓待までしたのに、それが盗人の正体だったのだ。

だが、カシーヴァ伯爵には、それ以上に憎しみの目を向ける対象があった。


「(あんな小僧を懐柔しようとしたのが間違いだったのだ。貧乏くじを引かせおって!)」


 カシーヴァ伯爵は、セインを追い出すことに決めた。

役立たずに金をかけるなど無駄だったからだ。


「おい、治療はもう良い。

寿命ならば無駄だ」


 カシーヴァ伯爵が樹木医に治療は必要ないと告げる。


「そんな……」


 どうしたら良いのか判らないセインは、途方に暮れる。


「エルフならば多少はなんとかなるやもしれん」


 樹木医の老人が呟く。

自分ではお手上げだと言いながら。


「ここから東にエルフの森がある。

そこに行くが良い」


 そんな打ちひしがれたセインにカシーヴァ伯爵が耳打ちする。

それは親切心ではない。

役に立たないと判断したセインを厄介払いするつもりなのだ。


「その方がええじゃろう。

直ぐに発つと良い」


 樹木医の老人も同意する。


「お世話になりました」


 セインはたった一晩でカシーヴァ伯爵領を追い出されることになった。


「帰り道が同じじゃ。

小僧、儂を運べ」


 樹木医の老人が同行を希望する。

セインとトレントの騎士を駅馬車代わりに使おうというのだろう。


「わかりました」


 セインはトレントの騎士に乗り込むと立ち上がらせ、その手に樹木医の老人を乗せた。

そのままカシーヴァの街の東門に向かう。

その後ろ姿を見送る者は誰も居なかった。

先日、街を助けたのがセインだったにも関わらず。

利用価値がないと見做されての掌返しだった。


 東門へと向かう道すがら、樹木医の老人が口を開いた。


「あの伯爵は強欲じゃ。

やつに仕官するんじゃない」


「え?」


「このトレントはまだ少しは生きられる。

尤も、エルフに手入れをしてもらう必要があるがの」


 樹木医の老人は、セインを助けるためにカシーヴァ伯爵に若干の嘘をついていたのだ。

しかし、”少しは生きられる”と言った。


「やはり少しなんですね」


 寿命なのは嘘ではないのだ。

だが、樹木医の老人は、セインの額を見つめて言葉を繋ぐ。


「その額の種、トレントの騎士の種ぞ。

そこから新たな騎士を育てるのじゃ」


「ええっ!」


 セインには新たな希望が残っていた。


 

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