第4話 晩餐会、そしてトレントの騎士の差

 着替える終わるとセインは美人メイドさんに大きなホールに連れて行かれた。

貴族が近隣の貴族を呼んで晩餐会を開くというあのホールだ。


「おお! 見違えるようだな」


 伯爵の遠慮のないご意見が響く。決して貶したいのではないのだろう。

確かにセインは汚かった。まあ村を出てから、いや生まれてからもまともに風呂に入ったことが無かったからだ。

水浴びや身体をお湯で拭くなどのことは当然している。

しかし村を追い出され、放浪の旅に出ているセインがずっと綺麗なままでいるなど不可能だった。

まだオーツ川沿いを旅して来たから水浴びぐらいはしていたが、街での綺麗と言えるレベルではなかったのは事実だった。

そして美人メイドが選んでくれた騎士装束。

それだけで馬子にも衣装でそれらしく見えてしまうから不思議だ。


「ささ、こちらへ参られよ」


 ホール一番奥の上座に陣取る伯爵に向かって右手に伯爵夫人、長女、次女が並び、左手には長男、次男が並んでいた。

ホールの中にはテーブルが置かれセインには見たこともない(実は前世で見慣れた)高級料理が並んでいた。

晩餐会には何故か下級貴族とその令嬢と思しき15から16の女性が十数人出席していた。

セインが伯爵に呼ばれて上座へ向かうと令嬢達から熱い視線が注がれた。

村では貧乏な猟師の息子で種が着かない種なしと呼ばれていたセインには有り得ない光景だった。


「皆の者、彼がこの街を救ったトレントの騎士セイン殿である。今日は彼の偉業を讃える会を儲けた。存分に楽しんでもらいたい」


 セインはどうしていいのかわからず、固まってしまっていた。

そこへ15か16の女性が群がっていく。

伯爵の思惑通り、セインをこの街に縛り付けるための道具として、セインを射止めよと厳命されているのだ。

だが伯爵自身は娘をセインにやるつもりはない。

伯爵にとってセインはその程度の扱いだった。



◇◇◇◇◆



 恐獣の襲撃という一報を受け、近隣有力諸侯がカシーヴァの街に援軍を出してくれていた。

首都に近くカシーヴァの街よりも栄えていると言われているマッドシティもその一つだった。

マッドシティにはトレントの騎士が4騎もいた。

マッドシティのマッド伯爵は、そのうちの2騎をカシーヴァの街へと派遣してくれていた。

カシーヴァが抜かれればマッドシティも危ない。それは当然の選択であった。

その2騎がカシーヴァの街の西門に到着した。


「マッドシティのトレントの騎士である。開門願う!」


 もう既に日は暮れている時間、隣街のカシーヴァに来るにしてはあまりに遅い到着だったが、これでも実は速い方だったのだ。

本来、トレントの騎士の移動速度はさほど早くない。

歩く木を想像してみて欲しい。RPGに出てくるトレントの動きでもいい。

動けないか、動くとしてもゆっくりである。

巨大故に人よりは早く移動出来るだけなのだ。

門番の1人が伝令に走り領主館から文官がやって来て騎士を領主館へと案内する。

マッドシティのトレントの騎士を領主館の広場に駐騎させると騎士が降りてくる。


「これはこれはマッドシティのトレントの騎士殿、援軍感謝いたします。ですが、恐獣は既に倒されました」

「なんだと! そんなバカな。恐獣はトレントの騎士かゴーレムの騎士でしか倒せんはずだ!」

「はい。ですからトレントの騎士が倒しました」

「他の街のトレントの騎士がそんなに早く到着したのか!?」


 文官の言葉を聞いて、マッドシティの騎士が不思議がるのは仕方がない。

カシーヴァの街に一番近い、トレントの騎士を保有する街はマッドシティだからだ。


「偶然、旅のトレントの騎士が駆けつけてくれたのです。彼が恐獣を4体倒して街を救ってくださいました」

「バカな4体だと!」

「明日になればその恐獣の死骸が見れるでしょう。それまで部屋をご用意いたしますので、お身体をお休めください」

「わかった。そうしよう」



◇◇◇◆◇



「なんだこれは!」


 マッドシティの騎士がトレントの騎士を駐騎させた広場に行くと、隣に同じぐらいの大きさの植木が生えていた。

いや、昨夜からずっと植木だと思っていたものはトレントの騎士だった。

古い鎧に生え放題の枝。どう見てもまともなトレントの騎士ではなかった。


「我らの樹騎とは比べ物にならない野生騎士ではないかw」


 彼らは嘲笑を込めて吐き捨てた。

この野生騎士が活躍して恐獣を4体も倒したとは、とても信じられなかった。


「現場に向かうぞ! 恐獣の死骸を確かめる」

「ああ、恐獣と言っていたものがただの魔物だった可能性もあるからな」


 彼らは侮りまくっていた。

自らのトレントの騎士に乗ると歩を進めた。

その動きはノロノロとしていて緩慢だった。

逆に巨大な騎士が動くだけで奇跡なのだ。

領主館に一番近い恐獣まで2騎のトレントの騎士が歩いていく。

するとその横を高速で駆け抜ける物体があった。

それこそセインが乗ったトレントの騎士だった。

その動きは滑らかで人の動き、いやそれよりも速い動作を楽々としていた。


「「なんだあれはーーーーーーー!!」」


 マッドシティの騎士は呆然として開いた口が塞がらなかった。

セインは恐獣に近付くと徐ろに後ろ足を掴むと引き摺り始めた。

伯爵に恐獣を1カ所に集めるように頼まれたのだ。

そのパワーにもマッドシティの騎士は驚いていた。


「あのパワー。それにあれは間違いなく恐獣じゃないか。ガエラタイプ。あんなの俺達じゃ倒せなかったぞ!」


 マッドシティの騎士はマッド伯爵に報告しなければと考えていた。

セイン獲得にマッド伯爵も参戦しそうな予感だった。



◇◇◇◆◆



 セインは恐獣の足を掴んで引き摺ると伯爵に指定された空き地に集めた。

剣で切り裂いた恐獣、頭に石を撃ち込んだ恐獣、その身体は解体され素材として使用されるという。

その代金は恐獣を倒したセインに支払われると伯爵は言っていた。

討伐の報奨金も一緒に払われるという。

旅にはお金がいる。この街で情報収集とお金を稼ごうとセインは決意していた。

それに領主館に泊めてもらえるのは宿代がかからなくて好都合だった。


「とりあえずお金は稼げそうだ。後は情報収集だ。

街が復興し正常化すれば図書館も開く。

そこでエルフの住むという森の位置を確認しよう」


 セインはカシーヴァの街に住み着くなんてこれっぽっちも思っていなかった。

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