時縄勇太は悪女の秘密を知ってしまう

第6話

 予備校生活は、予備校に来るまでが一番辛い。

 特に乗車率が激しいバスに揺られるときが、最もストレス負荷が掛かる。それ以外に関しては、意外と快適な生活だ。

 というのも、授業は教え手の能力で左右されるからだ。一度受けてみれば分かるのだが、予備校の授業は楽しすぎる。


 少子高齢化が囁かれる昨今では、予備校の講師はお互いに牌の取り合いをしているのだ。それ故に、教え方が上手く、尚且つ、喋りが立つ面白い講師じゃないと生き残れないのだ。


 生徒たちからの信頼を勝ち取れない講師は、首を切られてしまう。そんな残酷な競争社会を生き残るために、講師陣は必死に授業に取り組むのだ。面白くないはずがない。


 一方では、講師陣は変なひとが多い。狙ってやっているのか、それとも素を出しているのか分からないが、クセが強くて、少々近寄りがたい方々である。

 それでも分からないところを聞きに行くと、快く引き受けてくれ、更には丁寧な解説を踏まえてくれるのだ。


 正直言って、講師陣たちには、感謝の意しかない。


◇◆◇◆◇◆


 周りの奴等は群れを作り、ピクニック気分で楽しそうに弁当を食べている昼休み。

 ガリ勉の異名を持つ俺は弁当を持って、自習室へと向かうのであった。


 俺が通う予備校には、自習室が二種類存在する。

 一つが、大広間型の自習室。もう一つが、個人スペース用の自習室。


 で、俺が向かうのは、後者だ。


 完全な仕切り板が設置されており、集中するにはもってこいの場所なのである。

 実際、生徒たちからの人気は高く、自習時間の利用者は極めて多い。

 だが、現在は殆どの生徒たちが教室でお友達と時間を共有する時間帯。

 だからこそ、絶好の穴場となっているのである。


 集中したい。

 その一心もあるのだが、それよりも俺にはここを使う理由がある。

 自分は他の奴等とは違うんだ。俺は他のひとよりも努力している。

 そう自分に思い聞かせることができるからだ。

 というわけで、俺は個人スペース用の自習室に向かったわけだが——。


「はむはむはむはむ」


 壁側の一番目立たない場所に、彩心真優と思しき姿があった。

 俺と同じく、彼女もこの個人用スペースを昼休みに利用しているのだ。

 彼女も、医学部を志す敵だ。少しでも周りとの差を引き離そうと考えているのだろう。


 実際、今も昼食を取りながら、勉学に励んでいるようだ。

 でも、さっさと食べ終わってしまったのか、彼女はカバンの中にコンビニ弁当を仕舞った。

 これから本格的に勉強するつもりなのだろう。

 そう思っていたのだが、彩心真優は新たな弁当を取り出した。


「二個目だと……?」


 思わず、声を出してしまったのが仇になってしまった。

 彩心真優が振り返ったのだ。俺の顔を見るなり、急激に顔を赤くさせてしまう。

 それから彼女は俯いたままに、悔しそうに言うのであった。


「……見たでしょ?」

「見た? 何のこと?」


 冷静に疑問を呈す俺に対して、彩心真優が涙目で迫ってきた。

 俺は両手を上げて、観念しましたというポーズを取るのだが。


「見たか見てないかを聞いてるの。教えなさい!」


 彩心真優は容赦がない。

 俺を壁際まで引き寄せると、俺の胸ぐらを掴んできたのだ。


「いや、だからさ、何を言っているのか、俺にはさっぱりで」

「だ、だから、そ、その私が……あんな量の昼食を取っていることよ!!」


 彩心真優は顔を真っ赤にして人差し指を向ける。

 その先には、机の上に一個のデカイ弁当箱が。

 それから、カバンの中には、空になったコンビニの弁当箱が数個あった。

 他にも、ポテトチップスやチョコレート。菓子パンなども入っていた。

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