鋏使いのトレイター

Den

鬼ヶ島討伐篇

第一話 柿太郎、フルボッコにされる。

ふと目が覚めた。


見上げればいつもの天井。いつもの部屋。


深夜3時、普段起きない時間に目が覚めてしまった俺はどこか違和感があった。


スマホの位置もパジャマも変わっていない。


気のせいだと思い、俺はもう少し夢の中に戻ることにした。



明くる日の朝、朝食の用意をしながらラジオの電源を入れる。


ニュースを聞きながら2人分のトーストを焼き、コーヒーを入れるのが俺の朝の日課だ。


-阿倍野首相が被災地へおもむき避難住民の方とコミュニケーションをとり…


-2020年の東京五輪へ向け各企業は…


-ウクライナ西部よりカームネイタール人の化石が発掘され…


-PTAS細胞は本当にあったと訴えは続き…


ニュースを聞きながら、俺はつい呟いた。


「…ここは、どこだ?」


ガチャ


「ふぅ、うちの庭もそろそろ手入れをせんといかんな。柿太郎、手伝えよ。」


庭から帰ってきたじいちゃんが俺に語りかけてきて少しほっとする。


「あぁ、じいちゃん。変なこと聞いていいか?」


「なんじゃ。」


「今って西暦何年だっけ?」


「西暦?まだ寝ぼけとるのか。今は東暦2014年じゃろ。」


やはり違う。根本的にはいつも通りなんだが昨日と今日では大きな違いがある。


まず、今は西暦2014年だ。東暦とやらには聞き覚えがなく首相の名前も微妙に違う。


だが、変わりない点もある。というか変わらない点の方が多い。


俺の名前は鋏屋柿太郎はさみやかきたろう。田舎高校の3年生で祖父と二人暮らしをしている。


俺の祖父は庭師の仕事をしている鋏屋源太郎はさみやげんたろう。俺はいつも祖父の手伝いで庭師の手伝いをしている。


ここまでは俺がいた世界となんら変わりがないようだ。いわゆるパラレルワールドというやつか?それとも転生というやつか?


「まぁ根本的に変わらねぇならなんでも良いか。」


能天気な俺は気にしないという方法をとることにした。


私生活はほとんど変わらないだろうし、問題が起こった時だけ祖父か友人に聞けば済む話だろう。


ピンポーン


「柿太郎、おはよー。」


「おう、雛。お前も変わりねぇな。」


こいつは白鳥雛乃進しらとりひなのしん俺の親友で都市は1つ下だ。県内一の秀才である特進高校に通っており、親と同じ医者になることが夢だ。


「ん?昨日の今日で何も変わらないでしょ?」


「そりゃごもっともだ。お前もコーヒー飲んでくか?」


「いただきまーす。」


変わらない友人に安堵しつつ、いつもと少し違うニュースを聞きながら俺は食事をとった。



「暇だね、柿太郎。今日はどこ行く?」


幼馴染が俺に声をかけてくる。


「あん?そんなのゲーセンに決まってんだろ?」


「ぴよ!」


「ピヨ吉はゲーセン飽きたって言ってるよ。」


こいつはピヨ吉。いつもは雛乃進のカバンの中に隠れている雛乃進の相棒だ。


「なんだー?嫌なら帰って勉強でもしてろよ。特高の優等生さんは医大を目指してるんだろ?」


「僕は別に勉強苦手じゃないから、そんな無理しなくても大丈夫だよ。」


ちくりと嫌味を言ってきやがる。


「いいか、雛。Fラン大学生に必要なのはどうやらコミュ力とゲーム力らしい。つまり来年からFラン大学に通う俺は友達とゲームが両立できるゲーセンに行かないといけない訳だ。」


「ふふ、もういいよ。ゲームがしたいんでしょー。僕はどこへでも付いて行くよ。」


そんなお決まりの話をして俺たちが向かった先は地元のゲームセンターだ。ここで人気ゲーム「銀拳」をやるなら俺たちに勝てる奴はいない。


俺はあっという間に10連勝を達成していた。


「ほい、10連勝!雛、ちょっとトイレ行ってくるから変わってくんね?」


「はーい。」


雛乃進も俺に次いでこのゲームは上手い。


俺が用を足して戻る頃には15連勝くらいに伸ばして…


20WIN!


「腕上げてんなぁ…」


連勝を続けていると反対側から大柄な男がこっちへ歩いて来た。


「てんめぇ!クソガキ!あんま調子こいてっとブチ回すぞ!」


これがこのゲーセンの名物、リアルファイトだ。連コインして勝てねぇ相手には己の腕力でぶっ倒すって寸法だ。


もちろん雛乃進はリアルファイトなんてできない。つまりここからは俺の出番って訳だ。


「悪いなぁデカブツ。もっと早く止まると思ってたんだが、あんたがあまりに弱くてうちの弟分が連勝しちまったみたいだ。」


「なんだ貴様ぁ!俺に喧嘩を売ってタダで帰れると思うなよ!」


そう言ってこっちに拳を振って来た。


ボコォ!


勢いよく巨体に殴られる。


が、俺は殴られた勢いでしっかり体を捻り、反動で相手の顎を目掛けて殴りつける。


ドゴォッ!


「うぬぅっ?!」


想定していなかった拳に巨体は対応できず、後方に倒れこんだ。


「うう、確かに殴ったはず…。ガハッ。」


「あぁ、殴られたよ。だが、そんなへなちょこパンチが俺に通用するかよ!」


そこらへんのチンピラじゃ俺の相手にはならない。つまりゲームでもリアルファイトでもここじゃ俺が王者って事だ。


「…ほう。」


巨体のザコの後ろからもう一回りデカい男が出てきた。


「その頑丈さ…お前、もしかして柿太郎か?」


「ん、なんだ?俺のこと知ってんのか?」


男はニヤリと笑った。


「そうか、お前が柿太郎か!探す手間が省けたぜ!」


ゴゴゴゴォーーーーッ!


「?!」


デカブツの背後に黒いオーラが出現し、ビリビリと振動が伝わって来る。


いや待て、オーラってなんだ。空想上の物じゃなかったのか。


「か、柿太郎!こいつ、きっとトレイターだ!」


「トレイター?!なんだそりゃあ!!」


「いや、なんでトレイターを知らないの?!」


トレイター〈裏切者〉とは異形の能力を持った人間の総称のこと。


すさまじい力を所持しており、腕力や瞬発力が数十倍にはね上がる。また、人間の力とはかけ離れた特殊な能力を持つものも多く“人ならざるもの"と呼ばれることもあり、一部の人間からは平凡な人類を裏切った存在として〈裏切者トレイター〉と忌み嫌われている。


世にはばかると非常に危険な存在なので、トレイター判定を受けた者は国家が管理している。それに伴い、国民には年一回のトレイター判定診断を受ける義務があるのだ。


「なるほどな!そんな化け物がこの世にはいるんだな!で、そのトレイター様がなんでこんなとこにいるんだよ!国が管理してるんじゃねぇのか?!」


「噂では国内一の極悪校、鬼ヶ島高校では判定前のトレイターを集めて何かたくらんでいるって聞いたことがあるよ!」


「国!仕事しろぉー!」


黒いオーラが収束しデカブツの体の中に入っていく。


「…いくぞ。」


ヒュン!


デカブツが俺の方に飛んできた。


体感したことがないスピードでまっすぐに。これは間違いない、体当たりだ。


ヒューン!


グシャッ!!!!!


違った。ドロップキックだった。


みぞおちにクリーンヒットを貰った俺はそのまま壁まで吹っ飛ばされた。


ドカァァァァン!


「柿太郎!大丈夫?!」


全然大丈夫じゃないが、ここで虚勢を張るのが俺である。


「じぇ、じぇんじぇんだいじょーぶ。」


「血吐いてる上に顔真っ青だよ?」


「貴様、世間話をしてる場合はないぞ。」


ヒュン!


ドゴォッ!


再度デカブツが俺にドロップキックをかましてきた。


「…に、2度もくらう訳にはいかないねぇ。」


手をクロスしてなんとか受け止める。だが腕がミシミシ言ってやがる。


「よくガードしたな。だが顔がひきつってるぞ!」


ヒュン、ヒュヒュン!


一度飛び退いて再度飛んでくる。連続ドロップキックだ。


「…なんてこった。常識ってもんが全くねぇ。」


ドドドドドドドドドド!


計10発、凄まじい攻撃をまともに食らうことになった。



「ふん、所詮無能力者。この程度か。次は…貴様だな。」


「ひ、ひぃ…。」


デカブツが雛乃進の方を向く。


「…おい…待てよ…。」


「ほう、まだ立てるか。」


「俺がまだギブしてねぇんだからよぉ…そいつ狙うのはナシにしようぜ。」


「最もだ。」


デカブツはこちらを向きしっかりとかまえた。


ドドドドドドドドドドドド…!




プシューーーーー


「ふん、今日はこのくらいにしておいてやる。おい、お前ら行くぞ。」


「鬼怒さんぱねぇっす!あの忌々しい柿太郎をフルボッコじゃないですか!」


長い事王者として君臨してた俺を倒せたのがよっぽどうれしかったのか。下っ端どもは意気揚々としている。


手下達を引き連れ、鬼怒と呼ばれるデカブツは去っていった。


「柿太郎!大丈夫?!」


雛乃進が俺に近寄ってくる。良かったこいつは無傷のようだ。


「いやー、なんてこった。かなわねぇ。」


人生初の大敗北。確信していた自信の喪失。親友に見せた不甲斐ない姿。


悔し涙がほんのり溢れてくるのを感じた。


だが、雛乃進は見逃していなかった。


トレイターの蹴りを受け続けた俺の腕がに…。

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