創造研究所(1)


 俺達は今、荷馬車に乗せられて創造魔法の研究所――

 創造研究所へ向かっている。


 古ぼけた荷馬車の荷台には干し草の匂いが残っていて畑の中にいるみたいだ。


 そう荷馬車だ。

 現代ではもはや見ることすら難しい、馬やロバでひくアレだ。


 俺たちはファンタジーな乗り物にテンション高めに乗り込んだ。

 だが――


 荷馬車は荷物を乗せる道具だ。そう、乗り物ではない。

 なので当然、手すりやベンチみたいな腰かけるものは無い。


 硬い木板の上に直に乗った俺たちは、骨がきしむような痛みにさらされた。


 荷馬車は本当に道かどうか怪しいレベルの道を進んでいく。

 道っていうか、ザ・土だ。

 荷馬車が何かにつまづくと、山羊のように跳ね上がって俺達の尻を叩く。 


 そのたびに俺たちは「うお」とか「きゃぁ」とか悲鳴を上げることになった。

 座っているだけでも尻が痛いのに、殴打が加わるのだ。

 足も尻もビリビリにしびれて感覚がない。

 

 これは荷馬車の形をした、ちょっとした拷問器具だな。


 なんでこんな荷馬車でドナドナされているのかというと、トリオンさんに移動手段の相談をしたら、荷馬車を薦められたからだ。


 というか、それ以外に大人数を移動させる手段がなかったというのが正しい。

 荷馬車を操っているのは、メイム村で出会ったリリカだ。


 彼女はメイム村、そしてノトスの町を救った俺たちを乗せたことで張り切った。

 いや、張り切りすぎてしまった。


 彼女は悪路の上にも関わらず、強引に荷馬車を進ませる。

 そのため荷馬車は上下左右に揺れ、俺たちをいじめ抜いたのだ。


「皆さん、もう少しで見えてくるはずですよ!」


「「…………」」


「あ、あれ?」


 リリカの弾んだ声が飛んできたが、俺は返事を返す気力もなかった。


「荷馬車がこんなにキツイとは……」


「そ、想像以上だったね……」


「あ、見えてきたまう!」


「なんでマウマウは平気なんだろう」


「マウマウのアバターはネコだからかなぁ?」


「あー……納得」


 マウマウのアバターは二足歩行するネコだ。

 そのしなやかさで、この拷問器具の魔の手から逃れたのだろう。


「あれが創造研究所か……思ったよりは普通だな」


「うん。もっと奇怪な建物を想像してたけど意外だね」


 魔法を研究する関係か、研究所は人里から少し離れた場所にあった。


 建物は石造りの城の上に、金属製のドームが乗っている。

 見ようによっては、天文台のようにも見えるな。


 リリカは荷馬車を建物の全面にある広場につける。

 するとそこでは、学者風の男たちと兵士たちが待ち受けていた。


 そういや研究所ってくらいだから、当然護衛もいるよな。


 兵士たちは金属製のよろいを身に着け、剣と斧槍を持っている。

 結構な重武装だ。

 よっぽど大事なものをここに置いているんだろう。


 そして学者たちの格好だが、こちらは少し独特だ。

 黒に近いこん色のガウンに、幅広の尻尾がついた帽子をかぶっている。


 なんだか……ホから始まるどこかの魔法学校にでも出てきそうな格好だなぁ。

 

 俺がトリオンさんの書状を掲げると、一人の学者がそれを受け取った。

 彼は印象を手でさすって入念に中を確認すると、何度もうなずいた。


「お待ちしておりました。異世界の魔術師殿、どうぞこちらへ」



 研究所に通された俺は、意外と建物の中が明るいことに驚いた。

 これまでこの世界で入った建物は、どれも薄暗かったからだ。


 それはママも同じなようで、感嘆の声を上げていた。


「あのドームは採光も兼ねているんだね。それに天井がとても高い」


「何か他の建物に比べて、開放感があるよな」


「そうだね。研究所になる前は、何かの宗教施設だったのかも」


 言われてみると確かに雰囲気が違う。


 壁を支える柱や廊下のアーチには、未知の草花や動物をかたどった装飾がある。

 これを見ると、研究所って言うよりは教会って言われたほうがしっくり来る。


「わかりますか。この建物は古代人の礼拝堂チャペルを流用したものなのです」


 言葉を発したのは、俺たちを案内して前を進んでいる年かさの学者だ。

 ママの推測はズバリだったらしい。


 しかし、彼の発言にはひとつ気になる部分があった。


「古代人……ですか? この建物はあなた達が作ったものではないと?」


「左様。実のところ、我々は彼らの遺産を使い潰しているに過ぎないのです」


「遺産を使い潰す……? まさか創造魔法って――」


「はい。創造魔法も古代人が残したものです」


「では、あなた方はそれを見つけて使っているだけだと?」


「恥ずかしながら、そのとおりです」


 学者は口惜しそうにそう言った。


 彼の髪は白く、額と鼻の横には深いしわが刻まれている。

 きっと、この場所でずっと創造魔法の研究していたのだろう。


 魔法の研究に何年も費やしたが、それでも何もつかめていない。

 彼の言い方からは、そんな感じがした。


(なるほど……。ユウ、これは思ったより難しそうだね)


(だなぁ。これって……使えるけど理屈は知らない。ってことだよね)


(そうだね。僕らはNRデバイスを使えるけど、原理の説明はできない)


(うん。もし壊れたら、自分で修理するとか絶対無理!)


(コンセントやケーブルが抜けてた程度ならわかるけどね……)


 この世界における創造魔法は、貴重で重要なものだ。

 もちろん、出せるモノによるだろうが、それは疑いようがない。


 トリオンさんは、隠し部屋に創造魔法を隠していた。

 そしてこの研究所にいた、臨戦態勢の護衛たち。

 この厳重さを見れば、魔法がどれだけ大事に扱われているのかわかる。


 なのに、彼ら研究者は俺たちを招き入れた。

 何のためらいもなくだ。


 ここは研究所だ。

 トリオンさんの隠し部屋とは比べ物にならない数の魔法があるはずだ。


 俺が思った以上に、この世界は追い詰められているのかもしれない。



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