絶対アカンやつ


 トリオンさんに創造魔法をもらった俺たち一行は、とある建物の前にいた。


「……思った以上にでっかいな」


 俺は目の前にある、ツタに覆われたレンガの壁を見上げる。


 この空き家は、かつては誰かの豪華な住まいだったのだろう。

 良く言えば荘重。悪くいえば廃墟一歩手前だ。


「おぉ、なんとこれは、うーむ、あぁ……すごい」


 感嘆の声を何度も上げるママの目は、宝石のようにキラキラしている。

 歴史が好きな彼にとって、この建物は宝物なんだろうな。


 建物を囲んでいる塀には、古ぼけた鉄の門扉があり、怪物をかたどった鍵穴がある。俺はそいつの口に預かったカギを突っ込んで回すと、錆だらけの鉄の門を押した。すると錆びついた門扉は、怪鳥の絶叫のような音を立てて開いた。


「まう~!! ゾワゾワまう!!」


 門が発した怪音波を聞いたマウマウの尻尾がピンと跳ね、毛が逆立った。

 彼女は俺の背中に登ると、俺の肩越しに館の中を覗く。


「おっきい建物まう~!」

「だね、こんな大きいとは思わなかった」


 塀の内側に入った俺たちは、建物の様子をもっとよく見てみる。


 このお屋敷はまず一番大きな建物、母屋がデンとあって、それを支えるように、いくつもの小さな家が寄り添っている。


 そして、それぞれの小さな建物は、屋根の付いた廊下で母屋とつながっていた。

 これを一言で表現するなら――


「うん。……こりゃ屋根の付いた町だよ」


「町の中に町があるまう!」


 さて、何でこんな立派お屋敷に俺たちが入ろうとしているかというと、ダメ元で「この世界で活動する拠点が欲しいです」と、俺がトリオンさんに求めた為だ。


 彼は俺の求めに「よかろう」と言い、使っていない建物を俺たちに貸してくれた。だからこうしてココにいるというわけだ。


 とくに条件もなく、気前よく貸してくれたトリオンさんに俺は驚いた。

 これには彼の性格もあるだろうが、それだけではない。


 トリオンさんが俺たちに気前よく援助してくれるのは、「デュナミス」がこの世界の問題を解決してくれると期待しているからだ。


 もし「あれ……こいつらじゃ解決出来ないんじゃね?」と、彼が思ったら、俺たちは即座にこの家――いや、それどころか、町から叩き出されるかもしれない。


 なんせ、俺たちはこの世界では「よそ者」だ。


 彼が俺たちをこれだけ丁寧に扱ってくれるのは、俺たちに期待しているからだ。

 この家は、俺たちにかかった期待の大きさを物語っている。


(――といっても、これじゃぁなぁ……!!)


 この家は長いこと使われていなかったのだろう。歩くたびに部屋の中を舞う埃が、窓の格子から差し込んでいる幾条かの陽の光の中を昇って光っていた。


「借りたのは良いけど、これじゃ深呼吸も出来ないね」


 鼻先にマスクがわりの布をゆるく巻き付け、ママは片っ端から窓を開く。


 バンバンと窓が開かれ、新鮮な空気が埃と入れ替わりに入ってくる。

 すると、少し息をするのが楽になった。


「ママ、ちょっと奥を見に行かない?」


「ああ、いいよ」


 屋敷の奥へ進むが、中は暗くてほとんど何も見えない。

 俺は外から光を取り込むため、窓を開け放ちながら進むことにした。


「あれ……これってどうやって開けるんだ?」


 窓には固定用の金具が見当たらないが、ガッチリと閉まっている。

 どうしたらいいか分らずまごついていると、ママが窓に手をかけた。


「これはこうするんだ」


 ママは窓の鎧戸の外枠を持って持ち上げると、軽々と窓を開いた。

 事もなげにしているが、それが俺には魔法みたいに見えた。


「昔の建物はあっちこっちに金具を使えない。だからこうしてテコで開けるのさ」


「へー……さすがママ。詳しいなぁ」


「ハハ、現代じゃまるで役に立たない知識だけどね」


 差し込んだ陽の中に、部屋の様子が浮かび上がる。


 屋敷の部屋はどれも同じように古びていて、家具や絵画や、飾り物がホコリを被って雪が積もったように白くなっていた。


「全部の部屋を掃除してたら、キリがなさそうだ」


「ここを管理するには、相当な数のメイドが必要だね。だからトリオンさんもここを手放したのかな?」


 ただ住んでいるだけでも、人件費がやばそうだもんなぁ。あり得そうな話だ。


 さて、そろそろママに「創造魔法」の件を切り出すとするか。


 俺がママを屋敷の奥を見に行こうと誘ったのは、屋敷の探検や掃除のためだけじゃない。創造魔法が現実でも使えることについて、俺はママにこっそり相談したかったからだ。


 創造魔法が現実世界でも使える。これは明らかに大問題だ。


 このことについては、「デュナミス」の一般メンバーに知らせる前に、彼に話を通した方がいい。彼なら冷静に受け止めて判断してくれるはずだから。


  とくに今回トリオンさんからもらった創造魔法は宝石ジェム武器ウェポンという、明らかにヤバそうな魔法なのだから。


「でも、この大きさなら『クランハウス』として使う分には問題なさそうだね」


「ところで……創造魔法について、話がある、ママ」


「うん? どうしたの」


「それが――」



「って言うことなんだ」


「待て、待て、待て、それ本気で言ってる!?」


 俺は彼に「現実世界でも創造魔法が使える」事を説明した。

 そうすると、ママはラーメンを出した俺とまったく同じ反応をした。


「うん。俺が現実世界で『クリエイト・フード』を使ったら、湯気を上げるラーメンが出てきた。冗談やウソなんかじゃないぞ」


「疑ってるわけじゃないけど……そうなるとトリオンさんからもらった創造魔法は、大問題になるね」


「だよなぁ……異世界でマフィンやガチョウの丸焼きが出て、現実世界だとラーメンが出たっていう事は、その世界の常識に引っ張られてるんだと思う。だから――」


「手榴弾やピストル、いや、それどころか……マシンガンやロケットランチャーが出てきても、まったく不思議じゃないね」


「だから、これをデュナミスの一般メンバーに知らせるかどうか迷ってるんだよ」


「……ユウが先に僕に話してくれてよかった。慎重に話し方を考えないと、これってみんなに大混乱を引き起こしちゃうよ」


「……あとさ、これって政府に知られたら、逮捕とかされちゃう?」


「うーん……僕らが黙っていても、エネルケイアがハチャメチャな動きをしているからなぁ……いつか必ずバレるだろうね。それならいっそ――」


「いっそ?」


「僕らの方から知らせるんだ。ゲームが異世界に繋がっている。そして、その世界のものが手に入ると」


「――ッ!!!」


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