創造魔法の問題



「難しい……ですか? なにか問題があるのでしょうか」


「――実は、創造魔法の力が次第に弱まっているのだ。」


「威力が弱まっている、ですか?」


「そうなのだ。古文書の記録によれば、以前の創造魔法はもっと強力なものだったらしい。最近になってわかったことだがな……」


「……研究しているために、創造魔法を教えられない、と?」


「うむ。」


 もっともな言い分に聞こえるが、どこか変だ。

 まるで創造魔法について知ってほしくないみたいな――


 よし、いったん整理しよう。


 この世界では創造魔法の威力が弱まっていて、今それを研究している。

 しかしそれなら、資料としてこちらに創造魔法を提供しても良さそうなものだ。


 研究に参加してくれる者が増える。しかもそれが異世界の魔術師ともなれば、これまでにない視点を得られる。研究者としては願ったり叶ったりのはず。


 それをしないということは……視点はもう必要ないということ。

 創造魔法の威力が弱まった理由について、大体の目星がついているんだろう。


 そしてそれは、できるだけ教えたくない内容みたいだ。

 なるほど……だとすると、あり得そうなのは――


「弱体化の理由は、創造魔法の乱用にある。あなた方はそう考えているのでは?」


「……まさにその通りだ」


 トリオンさんは深く息を吐き、うなだれる。

 この様子を見ると、まだ何か知っていそうだな。


「『エネルケイア』に渡さなかったのは、それが理由のひとつ・・・ですね?」


「鋭いな。さすがは魔術師といったところか」


「はい」


「……創造魔法を使い続けることで、この世界だけでなく、人や獣にも変化が起きていたらしい。しかし、それがどういう変化なのかは……秘密にされている」


「なるほど。世間の人々の混乱を防ぐために、その情報を封じているのですね?」


「…………」


 トリオンさんは答えない。

 だがそれがもう答えになっている。


 そういえば、メイム村では飢饉から村人を守るために創造魔法で食べ物を出しているんだったな。それがもし使えなくなったら――


 リリカたちやゼペットさんたちは間違いなくえ死にしてしまうだろう。


 しかも、使い続けることで人にも何か異変が起きるとなると、そのまま使い続けるわけにも行かない。これは厄介だぞ。


 創造魔法は彼らの心の拠り所でもある。


 メイム村で守られていた創造魔法「クリエイトフード」は厳しい冬から彼らの命を守ってきた。言い換えれば、彼らの未来を保証してきた存在だ。


 それが使えなくなってしまうとなれば、大きな不安を呼び覚ますだろう。


 これまで頼ってきたものが使えなくなる。


 不安は混乱をよび、大きな争いが発生するかもしれない。

 なるほど。だからトリオンさんたちはこれを秘密にしているのか。


 ……なら、「アレ」の話を切り出してみるか。


「トリオンさん。創造魔法の問題についてはわかりました。そこで提案なのですが」


「ぬ?」


「驚かないでほしいんですが、俺たちの世界では魔法を使っていません」


「何……お前たちが使っているのは魔法ではないか?」


 ここでママが動いた。

 彼は慎重に言葉を選びながら、トリオンさんに俺たちの世界の事を伝える。


「ユウが言っていることは本当です。魔法は便利なことには違いありません。ですが私たちの世界では、すでに時代遅れの技術なのです」


「なん……だと? あ、あれが時代遅れだと?」


「はい。私たちの世界が本気になれば、世界は数日のうちに灰になります。もっとも、その逆をするのに大変に苦労しているのですが」


「…………」


 トリオンさんはあんぐりと口を開け、あっけにとられた様子だ。


 まぁ、気持ちはわかる。町をボコボコにした魔法、あれ以上のモノがあるって言われたらそうなるよな……。


「私たちが使っているのは、この世界の原理を模倣して再現する技術です。その名前は『科学』といいます」


「カガク……たしか聞いたことがあるな。古の言葉で『知る』という意味だ。そちらの世界でも同じようなものがあったのだな」


「はい、そのとおりです。」


 ママはトリオンさんに続けて説明する。科学や歴史についてのアレコレは、俺よりもウルバンのほうがちゃんと説明できる。ここは彼に甘えるとしよう。


「私たちの祖先は世界の現象、火や水を魔法で理解しようとしました。しかし、それだけでは足らないことに気づきました」


「と、いうと?」


「目に見えない、聞こえない、応えない。そもそも形を持たない、それ自体では意味を持たない存在が、この世界には無数に存在する。それに気づいたのです」


「……目に見えない存在か」


「例えば、農業であれば正しい肥料のやり方、時期の選び方、育て方、そういったものがありますが、それはそうした目に見えない存在の役割が大きいのです」


「それらに意味を与え、役割を理解する。それが科学です。トリオンさんが望むのであれば、もしもの時のために、それを伝えたいと思うのですが……」


 トリオンさんは押し黙って腕を組み、考え込むような仕草をとった。

 ママがいま話したことは、ちょっと難しい。


 きっとトリオンさんの理解出来る範囲を越えてしまったのかも知れない。

 俺はママの話にフォローを入れることにした。


「僕らの世界の知識を使えば、創造魔法を使わなくても厳しい冬を――飢饉ききんを乗り越えられるかも知れません」


「……! そうだな。難しいことを考える前に、何よりもそれが重要なのだ。ユウどの、私たちにカガクを教えて欲しい。その見返りは……」


「――創造魔法について」


「あいわかった。私から研究者たちに取り次ごう」


「ありがとうございます」


 ほっ。どうやらなんとかなりそうだ。


 しかし、あれだなぁ。創造魔法も考えものだ。


 言葉を唱えると『そのもの』が出てくる。考える必要も何もあったものじゃない。


 だからこの世界では、科学技術が発展しなかったのかも知れないな。

 知らずとも使えるわけだから、それ以上「知りたい」と思わなかったのだろう。


「お前たちがこの世界に来たのは、ただの偶然ではないのだろう。屋敷の図書室には、いくつか創造魔法がある。持っていくが良かろう」


「良いんですか?」


「お前たちに賭けてみるのも、一興だと思ってな」


 おぉ! 思っていた成り行きとは違うけど、トリオンさんは自分が持っている創造魔法を、俺たちに教えてくれるらしい。


 やったぜ!


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